9 / 39
可哀想の続き
しおりを挟む「ボク、両親がいないんです」
「え」
「親戚とかもいません。十年前、親戚一同揃った時に事故で全員亡くなりました。ボクだけ、インフルエンザで行けなくて。家に残っていたんです」
「だから、あなたの言う『つつじ』とは無関係かと。ただ、名字が似てますねって言いたかっただけなんです。」
驚かせてしまってごめんなさい。
ハの字に下がった眉と柔らかな口調でチャロアが紡いだ言葉に、オニキスの首が無意識に縦に動く。僅かすぎるくらいの動作で頷いたオニキスの足元。
マグカップとマットはチャロアに手早く回収され、洗濯機行きだ。マグカップはもちろんシンクであるが。初めて見るフローリングが剥き出しの床に、茫洋と目を向けていた。あのマットはオニキスがここに来た時にはもう敷かれていたものだったからだ。
遠くでごうんごうんと洗濯機が動き始めた音がする。
考えが纏まらないなんて初めてで、無意識下に思考が巡り続けるオニキスの頭を、温かい何かが触れた。
頭を上げるのが怖かった。[[rb:それ > ・・]]がなにかわからなくて、見上げたらなくなってしまう気がして。それでも、この温かさの理由を知りたくて。
オニキスはそろりと目線だけを上に向けた。
人は、感情は、言葉は。
これをなんと言うのだろう。
「優しさ」である気がする。「安心」である気がする。「悲しい」であるような気がした。
すべてを混ぜたら、「同情」という感情になる気がした。
その答えにたどり着いた途端、身体は何故か反応して。ぱしり、頭をなでていたチャロアの手を弾いていた。ほんのり赤くなった手の甲を押さえ、目を瞬かせるチャロアと同じに。オニキスの大きな青い目が揺れる。なぜ、叩いたのか……拒絶したのかわからなかった。
同情など、この家に放り込まれる前、使用人たちに。保存食を届けに来る老婆に散々された、されている。口に出して「可哀想」だとも言われたこともある。なのに、なぜ、チャロアには許せないのか反応してしまうのか。そこがうまくわからない。
オニキスが何も言えないまま、チャロアが何も言わないまま。時計の針の音だけがやけに大きく聞こえる。
「青は藍より出でて藍より青し」
「知って」
「それを、こう言い換えた人がいたそうですよ。『愛は哀より出でて哀より愛し』と。哀れでも、同情でもなんでもいいんです。ただ、愛というものはいろんなきっかけで生まれるものだということを、覚えていてくださいね」
ぬるい温度を宿した細い指が、オニキスの頬に触れる。
チャロアが何を言っているのか、今のオニキスにはわからない。ただわかるのは、あの使用人たちも老婆も「アイ」ではなかったのだと薄っすら思った。「可哀想に」と言って満足していなくなる。
オニキスの反応も返事も気にしていない。何も返ってこない。
けれどチャロアは、内緒話をするように、大切な秘密を分けるように。今のオニキスにはわからないことでも、それをわかった上でちゃんと教えてくれるから。
「……わかった」
「オニキスさんはいい子ですね! ぎゅーってしちゃいましょう!」
抱きしめてくれるこの腕があるから。ちゃんと返ってくることがわかったから。何でも良い、今はただそれだけでいい。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
暗闇の中の囁き
葉羽
ミステリー
名門の作家、黒崎一郎が自らの死を予感し、最後の作品『囁く影』を執筆する。その作品には、彼の過去や周囲の人間関係が暗号のように隠されている。彼の死後、古びた洋館で起きた不可解な殺人事件。被害者は、彼の作品の熱心なファンであり、館の中で自殺したかのように見せかけられていた。しかし、その背後には、作家の遺作に仕込まれた恐ろしいトリックと、館に潜む恐怖が待ち受けていた。探偵の名探偵、青木は、暗号を解読しながら事件の真相に迫っていくが、次第に彼自身も館の恐怖に飲み込まれていく。果たして、彼は真実を見つけ出し、恐怖から逃れることができるのか?
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
古書屋を営む私と、変人作家探偵 ―抜刀島連続殺人事件―
如月あこ
キャラ文芸
死者から、抜刀島という孤島への招待状が届いた。
招待状の送り主は、八年前に暴行の末に殺害された「緑川桜子」――彼女の事件は、現在も未解決のまま。
招待状の受け取り主である、友人小奈津の代わりに、リンコと作家先生は、抜刀島へと向かうことになるが――。
死者からの招待状。孤島で過ごす二泊三日。
集められた人々の共通点。
そして、リンコの過去――。
閉鎖された島で起こる、連続殺人事件の目的とは。
古書屋を営む主人公リンコと、同居人の作家先生(偏屈)のお話。
※Rは殺人事件のため
※こちら、他サイト様にも掲載しております
失踪した悪役令嬢の奇妙な置き土産
柚木崎 史乃
ミステリー
『探偵侯爵』の二つ名を持つギルフォードは、その優れた推理力で数々の難事件を解決してきた。
そんなギルフォードのもとに、従姉の伯爵令嬢・エルシーが失踪したという知らせが舞い込んでくる。
エルシーは、一度は婚約者に婚約を破棄されたものの、諸事情で呼び戻され復縁・結婚したという特殊な経歴を持つ女性だ。
そして、後日。彼女の夫から失踪事件についての調査依頼を受けたギルフォードは、邸の庭で謎の人形を複数発見する。
怪訝に思いつつも調査を進めた結果、ギルフォードはある『真相』にたどり着くが──。
悪役令嬢の従弟である若き侯爵ギルフォードが謎解きに奮闘する、ゴシックファンタジーミステリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる