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「がむしゃら」2

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「練習しないと乗れるようになれないよ・・・」

 もっともな君の正論は相手が大人なら通じるかも知れないが、息子は子供。

「ヘルメット被るのイヤ・・・」とか「暑いからしたくない」という無理やりな理由で一向に乗ろうとはしない。

 息子がやる気を出す迄待つ君との静かな押し問答で、二十分は過ぎようとしていた。

  もしも自分が生きていたら「レースを始めるか!」とか言って誘い込むけど、其れが成功するとは限らない。

 何故なら子供は親が思うようには育たないのは実証済みだから、待つのも一つの方法だろう。

「あそこの線の所迄で良いから一回乗ってみよう、後ろ掴んでるから」

 やっと納得した息子は自転車に跨がり、君との練習は何とか始まった。

「もっとハンドルしっかり持って!ペダル踏んで!」

 左右にぐらつくハンドルが恐怖感を感じさせるのか、其の度に足を止め。
 安定しないまま着地しようとするが、其れもペダルが邪魔なのかおぼつかない。

 君の助言を聞く余裕なんて無いのは言うまでもなかった。

 補助輪付きの娘は楽しそうに走り回っているが、息子は転びそうになっては
「グラグラして出来ない!」とか「手が痛い!」と文句を言い簡単には上達しそうにない。

 君は其の度に「チョットずつ上手くなってきてるよ」とか
「さっきより長く進めてる」と誉めたりして息子のやる気を促す。

 もう何度転んだか解らない位に挑戦していた。
 疲れはてた息子の表情も険しくなっているが、それでも練習は続けられる。

「後一回だけ練習しよ・・・」

 強い陽射しの中で息を切らしながら、自転車の後ろを掴んで走り追いかける君も限界だったのだろう。
 二人共が諦めかけていた。

 また何日後かに練習するしかないな。
 俺もそう思っていた。

 そんな雰囲気での最後の一走。
 息子は意外な程に上手かった。

 それこそ今までの走りが嘘だったかのように。
 思わず君は掴んでいた手を放して見届ける。

 多少ぐらつきはするが何とかバランスを保ち、息子は倒れる事なく進んで行く。

「そうや!そのまま走れ!」

 思わず声を張る。
 届かないのは解っていた。

 意味も無く大袈裟かも知れないが、それでも親なんだ。
 きっと君も同じような気持ちだっただろう。

 止まり方も悪くはなかった。
 三十メートルは進んだだろう。

 自分でも驚いたような表情で振り返る息子に、駆け寄る君は誉め過ぎな位に誉め讃える。
 息子は何だか照れくさそうな笑顔を返すが、それでも素直に嬉しそうだ。

「もう少しだけ練習してみる?」

 君の言葉に力強く頷き返す息子は、自転車に跨がり再び走り始める。
 最初だけ君は後ろで支えていたが、もう一度試すように掴んでいた両手を離した。

 同じように上手く走れるとは限らない。
 其れでも一度成功してコツを掴んだからか、其処からは早かった。

 力強く風を切り。
 転けても泣くことなく自ら立ち上がり、再び追いかけ合うように走りだす。

 子供の成長は早い。
 時には親が寂しく感じ予想も追い付かない位に。

 いつの間にか自分で歯磨きが出来るようになり。
 いつの間にか一人で風呂に入れるようになり、親とは入りたがらないようになる。

 死んでも尚子供には学ばされる。
 こんな姿になったからといって、いつまでもへこんでいる場合じゃなかった。

 どんな姿でも自分は父親なのだから。
 そんな事を考えていた時だった。

「そろそろ帰りましょう、今日は何時迄に帰らないと」

 せっかく上手くなり始めていたのに、何故か君は帰り支度を始め二人を急かす。
 だが子供達も疲れていたのか、静かに車へ乗り込む。

 まだ夕飯の準備をするには早い気がするが、他にも家事は沢山有る。
 きっと自転車の練習に時間を使い過ぎたのだろう。
 そう思っていた。

 慌ただしく家に帰り着くと、君は直ぐにTVの電源を入れてチャンネルを合わせる。
 それほどTV好きではない君には珍しく。
 余程見たい番組でも有ったのかなと思いながら自分もTVを眺めると、
 画面に映し出されたのはワールドカップだった。

 やはり君には敵わない。
 すっかり忘れていた。
 あれほど大事にしていたのに。

「え~?おもしろくないから観たくない~」

 あからさまに子供達は嫌がるが
「お父さんが見たがるから」と笑顔で答える君はチャンネルを変えようとはしない。

「え~?お父さん帰って来てないよ~」

「だから代わりに観てるの」

 自分が生きていた頃は君も子供達と同じように嫌がっていたのに
「何が面白いんだろうね」と何故か笑って観ている。

 TVの画面越しに響く歓声が自分を奮い立たせ気付かせる。
 子供にばかり成長や努力を求めてはいられない。

 姿なんて関係ない。
 明日から頑張ろう。

 今の自分に何が出来るか解らなくても。
 それこそ画面に映し出される、がむしゃらに走り回る選手達のように。
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