雨のバンドネオン

雨実 和兎

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〈愛の力〉2

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 あれから数日が経ち千夏の手術日に神社でお守りを買った虎太郎は、バイクで病院に向かっていた。

 まるで試合後のボクサーのように顔を腫らした虎太郎は、信号待ちするたびに他人の視線を集めているが当人は気付いてもいない。

「ちょっと顔貸してんか~」

横付けされた車の助手席に乗った男から、いらつく声を掛けられたのは其の時だった。

顔のせいで脱退する前よりも他人から避けられる事が増えていた虎太郎は一瞬驚くが、怯えるでもなく其の車の後を追う。

経験上逃げてもその場凌ぎにしかならない事を、虎太郎には解っているようだった。

人通りの少ない空き地に乗り物を停めると、向かい合う互いは言葉も無く睨み合う。

暫しの静寂を切り裂くように、最初に口を開いたのは虎太郎だった。

「またお前達か懲りひんな~、忙しいから今度にしてくれるか」

見覚えの有る三人に気付き、噂の真相を理解した虎太郎は思わず吹き出す。

虎太郎を狙い嗅ぎ回っていたのは、あの時殴り飛ばした秋人の悪友達だった。

「今度って何~?ほんまはビビってんのちゃ~う」

「バックもおらんようなったし~」

人数が一人増え武器も持っているからか、舐めた口調で虎太郎に近寄る。

「はぁ~?」

今にも殴り掛かりそうな虎太郎を警戒して、相手も簡単には手を出せない。

武器を持っている相手に四対一だというのに、虎太郎の不敵さは普段と何ら変わりなかった。

 千夏の手術日に狙われるとは偶然にしては出来過ぎているが、逸れも当然の事で。

何故なら秋人からリサーチしていた彼等は、わざとこの日を選び待ち伏せしていたからだった。

「もうええからやっちまおうぜ!」

一人の言葉に呼応するようにニヤつく相手は、それぞれ手に持った武器を振り上げ殴り掛かる。

千夏との約束を守り、手を出さないで無事に済むような状況ではなかった。

 それでも虎太郎は殴り返そうとはせず、振り払うだけで相手を薙ぎ倒していく。

だがいつまでも逸れで持つはずがなく、防戦一方となり殴られ続ける虎太郎の顔は血だらけになっている。

明らかに違法改造されたバイクの爆音が、ゆっくりと近づいて来たのは其の時だった。

「ノーマルに戻してなくて良かったわ、すぐ場所解ったで」

単車から降りた竜也は、まるで友達の家にでも尋ねて来たかのように飄々と語りかける。

予想もしていなかったであろう状況に、四人は萎縮して身動き一つ出来ない。

「お前達鉄鬼の特攻隊長に手ぇ出してどうなるか解ってるんやろな」

単車から取り出した鉄パイプを手に取り、竜也はゆっくりと四人に詰め寄っていく。

武器を投げ棄てた相手の一人が駆けだすと、逸れを追うように二人も逃げだし。

一人取り残された車の持ち主だけが、オロオロと立ち尽くしている。

「しばくぞ、元特攻隊長や」

全身の痛みに耐え兼ねた虎太郎は、座り込み竜也に笑い掛ける。

「ほんまに手出さへんって?どうしたんや虎?」

竜也は笑顔で会話を続けながら、鉄パイプを指揮棒のように操り取り残された一人に正座を強要している。

「愛の力や!」

「あの虎がな~」

面白がる竜也はまじまじと虎太郎を見つめるが、睨みつけられ茶化した表情を返す。

「時間が無いから行くわ」

立ち上がる虎太郎は、ヨロヨロとふらつきながらも何とか単車に跨がる。

「じゃあ、こいつの仲間は俺がシメとくわ」

取り残された一人の頬を、竜也はペチペチと鉄パイプで叩く。

だが虎太郎は仕返しの事なんて考えてもいなかったのか「任せるわ」と適当な返事を返し、気にもしていない。

「そうや、用事忘れるとこやった!コレ返すわ!」

腕に巻いていた特攻隊長の腕章を外した竜也は「俺達の代の特攻隊長は虎だけや!俺は代理でええわ」と笑顔で虎太郎に投げ渡す。

「ありがとな代理」

照れ臭そうに冗談付くと、虎太郎は急いで走り去る。

事故った時の事なんて考えるほど、時間に余裕は無かった。

信号なんて守る訳も無く、稲妻のように走り抜けていた。



「遅いよ~、もう始まるとこだったよ~」

息を切らし病室に駆け付けた虎太郎の下に、秋人が駆け寄る。

「顔どうしたの?傷だらけ‥‥」

千夏は心配そうに手を差し出し、顔中血だらけの虎太郎を見つめるが「気にすんな!約束は守ったぞ」と虎太郎は不器用な造り笑顔を返す。

「お医者さん誰の手術するか解らなくなっちゃうね」

吹き出す千夏を見て、少し安心した様子の二人はいつものように笑い。

そんな三人のやり取りを、千夏の両親は静かに見守っている。

勿論いつまでも笑い合える訳も無く、病室では千夏を搬送する準備が慌ただしく進められ。

運ばれる間ずっと両親の手を繋いでいた千夏は、否応なく手術室に入って行った。

 ただ待つ事しか出来ない虎太郎が逸れでも間に合って良かったと思えるのはきっと、少しでも千夏が笑ってくれたからだった。

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