雨のバンドネオン

雨実 和兎

文字の大きさ
上 下
7 / 29

〈嘘と夢〉2

しおりを挟む
「もしも~し‥‥、虎太郎君?」

悪気無く虎太郎の目の前で手を振る秋人に気付いた虎太郎は「オッ‥‥、オウ!」と辛うじて男らしく返事を返すが、まだ様子はおかしい。

「あっ‥‥、そうだ紹介するよ千夏ちゃん、僕と同じ病室の虎太郎君」

虎太郎の見た目が余りにも別世界なせいか、千夏は控え目に会釈する。

「オ‥‥、オウ‥‥!ヨロシク‥‥」

たどたどしく何とか笑顔を返す虎太郎と、一般的な千夏との距離は簡単には縮まりそうにない。

「何か‥‥、恐そうな人ですね‥‥」

冗談っぽく千夏が告げると「え~?そんな事ないよ!優しいよ~!」と秋人は大袈裟に手を振り否定する。

「何やって‥‥?」

二人だけの会話を気にした虎太郎は、秋人に小声で聞き直す。

「何か恐そうだって‥‥」

「ボクシングとかバイクの乗り方教えた事言え‥‥」

ヒソヒソと小声での会話が続く。

「虎君にはボクシングとか、バイクの乗り方教えてもらったんだよ!」

通販の宣伝する店員みたいに、秋人は威勢良く声を張る。

「へー?そうなんだ」

「そうだよ~」

好感触な返事を聞いた秋人は、安心した様子で頷くが「でも‥‥、悪い事沢山してそう‥‥」と千夏には興味よりも恐怖が勝っている。

「オイ‥‥、何やって‥‥」

肘で押し小声で確認する虎太郎に「悪い事してそうだって‥‥」と秋人は思わず吹き出す。

「アホか!良い人や俺は!」

「良い人は自分で良い人って言わないよ~」

秋人が笑いだすと、千夏も話しやすくなったのか「良い人って例えば?」と初めて虎太郎に話し掛ける。

「‥‥、募金に五百円入れた事有るな間違えて‥‥」

「間違えてなら良い人じゃないよ~」

「アホ~!冗談や!他にも有るわ!」

やっと笑い合えた三人は、秋人を間に挟み伝言ゲームのような状態からも解放される。

「他って例えば‥‥?」

からかうような笑顔で千夏が聞くと「ちょっと‥‥、多過ぎて思い出せれんわ‥‥」と虎太郎は嬉しそうに笑ってごまかす。

病院内では珍しく年齢の近い三人が打ち解けるのに、そう時間は掛からなさそうだった。

「そうだ!せっかく来たんだし虎君もリハビリやってみたら?」

秋人の提案を軽く聞き流した虎太郎は「そんな事よりも‥‥、好きなタイプ聞いてくれ‥‥」と再び耳打ちして頼む。

「どうしたの‥‥?」

聞き取れなかった千夏が明るく聞き直すと「千夏ちゃんの好きなタイプってどんな人?」と秋人は臆する事無く尋ね。

千夏は少し困ったように考えると、照れながら「夢の有る人かな‥‥」と自信無さそうに答える。

「じゃあ嫌いなタイプは?」

「嘘つく人とケンカする人かな‥‥」

納得した様子で秋人が頷く。

「夢か~!それが中々見つからないんだよ~」

秋人が頭を抱えていると「そうでもないやろ!俺達にはバンドで売れるようになる夢が有るやろ!」と虎太郎は秋人の肩を軽く叩く。

「そうか~!そうだよね!ちなみに千夏ちゃんは何か夢って有る?」

「私は‥‥、詩を書くのが好きで‥‥、詩集を出すのが夢かな‥‥」

気恥ずかしいのか答えにくそうに千夏が答えると「スゴイやん!」と虎太郎は初めて千夏と直接話した。

「どんな感じ?それ読んでみたいな~!」

遠慮しない秋人の一言に千夏は少し躊躇う様子で考えていたが、意を決して鞄から小さなノートを取り出す。

「へ~、いっぱい書いてるね、ノート一杯だよ~」

受け取ったノートを読みながら秋人が呟くと、隣で黙っていた虎太郎がノートを取り上げる。

無言のまま真剣な表情で読む虎太郎の感想を、千夏は不安そうに見つめ待っている。

「良いやん!俺が曲にしたろか!」

曲作るどころかまだ少しも弾けるようになっていないのに、虎太郎は出来て当然のように言い切る。

「本当に‥‥?」

褒められたのが余程嬉しかったのか、聞き直す千夏の表情には一点の曇りも無い。

「だったら新しく曲用に歌詞作ってみるね」

「オウ!いつでも良いで待っとるわ」

共通の目的が出来たからか、最初に怖がっていた千夏も嘘みたいに打ち解けている。

「詩か‥‥、賞とか送ってみるのも良いかも‥‥」

「賞にはもう送ってて結果待ちなの‥‥」

期待で瞳を輝かす千夏に二人は「受賞すると良いな」「絶対大丈夫だよ~!」と笑顔で励ます。

千夏は嬉しそうに小さく頷くと、受け取ったノートを大事に鞄の中へしまった。

「曲作る為にも、そろそろ練習した方が良いよ~」

「お‥‥、オウ!そうやな‥‥」

秋人の一言で仕方なさそうに千夏と別れた虎太郎は、いつものように屋上で練習を始めるが「千夏ちゃんって入院してるんか?何の病気か聞いたか?」と練習そっちのけで千夏の事ばかり聞き、秋人を困らせる。

「そんなの聞けないよ~、今度会った時自分で聞いてみてよ~」

「今度逢えるかどうか解らんやろが、しまった‥‥連絡先聞いてない」

頭を抱える虎太郎に「リハビリ室に行くと会えると思うよ~」と秋人は何の心配もしていない。

「それ何時や?」

かぶりつくように質問する虎太郎とは対称的に「いつも昼位だったかな~」と秋人は適当な返事を返し。

「そういえばビックリしたよ~!さっき時間が止まったみたいだったよ~!」と虎太郎の恋心を見抜けない秋人は、無神経に話しを振り返る。

「何がや?普通やろシバくぞ!」

精一杯強がる虎太郎は、ごまかすようにギターを強く弾き鳴らす。

「それにしてもこのギター、コード押さえにくいな壊すぞ!」

話しを逸らし八つ当たりする虎太郎を「壊したら駄目だよ~」と理由も解らないまま秋人は宥めるが、気が静まらない虎太郎は更に強く叩き弾く。

それでも千夏との出会いでやる気は有るのか、虎太郎は一向に練習を辞めようとはしない。

「それよりも曲作れるなんて嘘ついちゃマズイよ~、まだ全然弾けないのに」

弱気な秋人の発言と同時に虎太郎は鋭い視線を返し、秋人は思わず口をつぐむ。

「アホか!出来るようになれば嘘ちゃうやろ!」

そう言い切る虎太郎の言葉に迷いは無かった。

そのせいか秋人は反論する事も無く、静かに頷き返す。

「まあバンドで売れるようになるは少し嘘になるかもな、俺の夢はビックマネーやからな!」

夢を叶える為には根拠無き自信が大事だというが、その自信が虎太郎に備わっているのは間違いなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

【R18】ドS上司とヤンデレイケメンに毎晩種付けされた結果、泥沼三角関係に堕ちました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向けランキング31位、人気ランキング132位の記録達成※雪村里帆、性欲旺盛なアラサーOL。ブラック企業から転職した先の会社でドS歳下上司の宮野孝司と出会い、彼の事を考えながら毎晩自慰に耽る。ある日、中学時代に里帆に告白してきた同級生のイケメン・桜庭亮が里帆の部署に異動してきて…⁉︎ドキドキハラハラ淫猥不埒な雪村里帆のめまぐるしい二重恋愛生活が始まる…!優柔不断でドMな里帆は、ドS上司とヤンデレイケメンのどちらを選ぶのか…⁉︎ ——もしも恋愛ドラマの濡れ場シーンがカット無しで放映されたら?という妄想も込めて執筆しました。長編です。 ※連載当時のものです。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

処理中です...