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雨実 和兎

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<友情と約束>2

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「待っとけよハッピー、すぐに着くからな!」

健太はケージの中に居るハッピーに話し掛けるが
「すぐには着かないですよ」とハッピーの代わりに、呆れた表情でハカセが答える。
三人が自転車で走り続けて数十分経つと「腹減ったな~、休憩しよう!」と立ち止まった健太はリュックからパンを取り出す。

「もう休憩ですか?帰るの遅くなりますよ」

ハカセは心配そうに時計を見つめているが「大丈夫やって、アリバイ工作もしてるし!」と健太は気にもせず、チビにパンを分け与えている。

「仕方ないですね‥‥」

渋々と自転車を降りたハカセは、通路の隅に座りスポーツドリンクを口に含む。
休憩から数時間後、自転車で走り続けた三人は口数も少なくなり始めていた。

「熱っち~!てるてる坊主デカすぎるんかな~!」

まだ愚痴をこぼす元気が有る健太とは対象的に、ハカセとチビが乗る自転車の足取りは重い。

「本当に着けるのか先が思いやられますね‥‥」

息を切らし呟くハカセの心配とは裏腹に、数時間後三人は目的地に辿り着いていた。

「よっしゃ!ハッピー着いたぞ~!」

目の前に広がる森林に癒されてか、疲れきっているはずの三人の表情は明るい。

「では放してあげますか‥‥」

ハカセが名残惜しそうにハッピーを見つめていると「その前に応援したらな!」と健太は太鼓を指差す。
「やっと太鼓の出番ですね」
顔を見合わせた三人が厳かに立ち並ぶと、ハカセが叩く太鼓の音が響き始める。

「ハッピーの新たなる旅立ちと成功を願いまして~!三々七拍~子!」

いつものように健太の大きな声が、七桜山のふもとに響き渡る。
応援を終えた三人は、全員笑顔で木魂する声援の余韻に浸っていた。

「いよいよ、お別れの時が来たな!」

そう言って健太がケージの蓋に手を掛けると「無事に生きていけたら良いですけどね‥‥」とハカセはまだ心配そうな表情をしている。

「じゃあ‥‥開けるで」

緊張した面持ちで健太が視線を送ると、ハカセとチビは静かに頷く。
蓋を開けたと同時にハッピーはケージから飛び立ち、立ち止まる事も無く羽ばたき去って行く。

「た~まや~!元気でな~!」

健太の嬉しそうな声が響く中、三人はずっと七桜山を見上げていた。

「あの状況で、たまや~は変ですよ!」

座り込み一息入れる健太に、ハカセは駄目出しを言い始めるが「景気良いやろ!?」と健太は誉め言葉と勘違いしている。

「新しい仲間が見つかると良いですね」
「そうやな、俺達みたいに良い仲間やったら良いな‥‥」

感傷に浸り森林を見つめる三人の上空では、小鳥達が仲良さそうに空を飛び回っていた。

「そうや!約束しよう!」

健太の突然な提案にハカセは「‥‥何の約束ですか?」と不可思議な表情を返す。

「中学生になっても三人で一緒に応援団やる約束!」

期待で瞳を輝かす健太にハカセは「そういう事ですか、僕は良いですよ!他にやりたい事も無いので」と大して考えた様子も無く即答する。
健太とハカセの期待する眼差しがチビに移ると、チビは聞かれるのを待っていたかのように笑顔で頷き返した。

「よっしゃ!決まりや!」

健太が笑顔で差し出した小指に、笑顔を返す二人も小指を絡め三人は指切りする。

「その頃までにチビも喋れるようになると良いよな!」

悪気も裏表も無い健太が言ったからか、チビは少しも嫌そうな顔をせず笑顔で頷く。
三人の眼前に悠然とそびえ立つ七桜山の姿は、まるで三人の約束を見守っているかのようだった。

「アカン‥‥、やっぱりパンだけでは力が出んな‥‥」
「準備が悪いからですよ、やはり米を食べないと駄目ですよ」

帰り道を走り始めて数時間、こずかいを使い切った健太はジュースを買う事すら出来なくなっている。

「法律で一回応援すると百円貰えるとかにならへんかな~」
「そんな法律有り得ないですよ」
「それやったら大金持ちやねんけどな~」

健太は羨ましそうに自動販売機を見つめている。
それから三人は更に数時間走り続け、いつの間にか辺りは暗くなり始めていた。

「アカン‥‥水飲みすぎて気持ち悪い‥‥」
「まだ太鼓が無いだけでも、良い方ですよ‥‥」

運悪く坂道に差し掛かかった三人の雰囲気は暗く重い。

「そろそろ親が心配し始める頃ですかね‥‥」

ハカセが不安そうに陽の落ちた空を眺めていると「それどころちゃうな!ペダル踏むと腹がタプンタプンしてる」と相変わらず健太は無関心を貫く。

「お腹空いたからって水ばかり、がぶ飲みするからですよ」
「水は身体に良いん‥‥やぞ!ウップ‥‥」
「言いきれてませんよ!」

長々と続く坂道で息を切らしながらも、三人の笑い声が絶える事は無かった。

そんな三人の友情と約束に影が差すように、チビの家では母親が深刻な表情で話し込んでいた。
ため息混じりに電話を切った母親は、まるで深呼吸するかのように深く深く息を吐く。
そんな室内の照度すら変えてしまう程、重い空気にしていた母親の話し相手はチビの担任だった。
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