12 / 32
<団長と説得力>2
しおりを挟む
半年前チビの転校初日は担任が名前を言い、一礼するだけのチビをクラスメートが無視する程ではなかった。
だが日が経つにつれて、先生の質問に返答しない事や、クラスメートが話し掛けても話せない事が積み重なり、クラスメート達は光久をからかうようになり始めていた。
そんな鬱屈した生活が続く中、ただ一人話し掛けてくれる女の子がナナだった。
「早く光久君、試合始まっちゃう」
チビ宅の玄関先で急かすナナに駆け寄るチビ。
「ナナちゃん今日はお願いね」
申し訳なさそうに頼むチビの母に、社交的な笑顔で応対するナナ。
二人は球場に向かうが、嬉しそうに先を歩くナナとは対照的に、チビは行き先に興味が無さそうにキョロキョロとよそ見をしている。
「お兄ちゃんが4番なの、すごいでしょ!」
自慢げに話すナナに、チビは無言のまま愛想笑いと会釈を繰り返していた。
「ほら~、見えてきた!」
ナナが指差した先の川原にはフェンスの無いグラウンドが広がっていて、今にも野球の試合が始まろうとしている。
嬉しそうにナナは川原を駆け降りて行くが、チビの足取りは重いままだった。
「お母さん~連れて来たよ」
応援席で待っていた母親にナナが駆け寄ると、チビは遠慮気味に離れた所に立っている。
「光久君も応援ヨロシクね!息子のチーム余り強くないから」
気兼ねして後列に座るチビにナナの母が笑顔でメガホンを手渡すと、チビは静かに会釈した。
この家族とチビは家が近所なだけの間柄だが、母親の人柄はそう感じさせない程親切だったからか、ナナもチビに優しかった。
「ほら試合始まるよ」
お茶を飲みくつろぐナナに母親が促すと「お兄ちゃん頑張れ~!」とナナは待ってましたと言わんばかりに声援を送る。
試合が始まり盛り上がり始める家族をチビは横目に見ながら、退屈そうに少ない観客達を眺めていた。
何故ならチビにとって試合の応援に参加しているのは、自分の状況で家族に心配を掛けない為だった。
試合は序盤から相手チームの猛攻撃が続き、攻撃が移っても応援席は静まり返っていたが「まだ始まったばっかりや!いけるぞ~!打て~!」とそれでも一人だけ諦めず応援をしていたのが、まだ知り合う前の健太だった。
前列で座る健太の隣りにはハカセが座っていて、この頃も変わらずノートにデータ取りをしている。
「ゴメンね、せっかく応援来てくれたのに」
母親は笑顔でチビを気遣うが、チビは何故か健太から視線を逸らせずにいる。
上手く話せなくなってクラスで孤立し始めていたチビには、誰かの為に叫び続ける健太の姿は聖人のように思えたのかもしれない。
試合は中盤に差し掛かり「まだまだ、ここから逆転や!打て~!」と変わらず健太が声を張り上げる度に、チビのメガホンを持つ手が期待で震えた。
だが無情にも試合は大差のまま後半に突入する。
「そろそろ終わる頃だから片付け始めるわね」
荷物を鞄に詰める母親の言葉同様、負けチームの応援席は一様に帰り支度を始めている。
もう勝ちを確信した相手チームが、健太の声援を失笑するとチビは自分の事のように睨みつけていた。
そんな出来事が有った事にも気付かない程に、健太は必死な応援を続けているが形勢は変わらず。
良く晴れた青空にゲームセットの声が響き、この日の試合は終わった。
「やはり、ほぼデータ通りの結果ですね」
一仕事終えたサラリーマンのように、ハカセがノートを閉じると「イヤ今日は前回より良く走ってた!」と健太が負け惜しみを言う。
そんな二人の会話を聞こうと、チビは後列から顔を寄せて聞き耳をたてている。
「塁に出た数は前回と余り変わらないですけどね」
ノートを開き確認するハカセに「そういう意味じゃなくて~」と健太は不満そうに口を尖らす。
「ニュースでも言ってるように結果は雄弁ですからね」
ハカセがスコアボードを指差すと「説得力って意味か~?」と健太はため息混じりにうなだれる。
反論出来ずに健太が落ち込んでいると「そんな事ないよ!」と今にも声を掛けたそうに、チビは更に前のめりになっていく。
そんなチビの気も知らず健太は「ヨッシャ、今から基地で反省会や!」とすでに立ち直っている。
「試合も終わったし帰ろうか、今日は本当にありがとうね」
ナナの母親がチビに声を掛けると、チビは心残りな表情で健太の後ろ姿を見ていた。
「お兄ちゃんだけヒットだよ、すごいでしょう」
ナナに背を押され、驚き立ち上がるチビ。
そんなやり取りをしている間に、健太とハカセは自転車で走り去って行った。
チビはまばらになった観客席を寂し気に見つめている。
この日声を掛ける事は出来なかったが、チビにとって健太が特別な存在になっていた事は明らかだった。
それは健太がぼやいていた団長としての説得力や試合の結果なんて関係無い程、憧れという存在だった。
だが日が経つにつれて、先生の質問に返答しない事や、クラスメートが話し掛けても話せない事が積み重なり、クラスメート達は光久をからかうようになり始めていた。
そんな鬱屈した生活が続く中、ただ一人話し掛けてくれる女の子がナナだった。
「早く光久君、試合始まっちゃう」
チビ宅の玄関先で急かすナナに駆け寄るチビ。
「ナナちゃん今日はお願いね」
申し訳なさそうに頼むチビの母に、社交的な笑顔で応対するナナ。
二人は球場に向かうが、嬉しそうに先を歩くナナとは対照的に、チビは行き先に興味が無さそうにキョロキョロとよそ見をしている。
「お兄ちゃんが4番なの、すごいでしょ!」
自慢げに話すナナに、チビは無言のまま愛想笑いと会釈を繰り返していた。
「ほら~、見えてきた!」
ナナが指差した先の川原にはフェンスの無いグラウンドが広がっていて、今にも野球の試合が始まろうとしている。
嬉しそうにナナは川原を駆け降りて行くが、チビの足取りは重いままだった。
「お母さん~連れて来たよ」
応援席で待っていた母親にナナが駆け寄ると、チビは遠慮気味に離れた所に立っている。
「光久君も応援ヨロシクね!息子のチーム余り強くないから」
気兼ねして後列に座るチビにナナの母が笑顔でメガホンを手渡すと、チビは静かに会釈した。
この家族とチビは家が近所なだけの間柄だが、母親の人柄はそう感じさせない程親切だったからか、ナナもチビに優しかった。
「ほら試合始まるよ」
お茶を飲みくつろぐナナに母親が促すと「お兄ちゃん頑張れ~!」とナナは待ってましたと言わんばかりに声援を送る。
試合が始まり盛り上がり始める家族をチビは横目に見ながら、退屈そうに少ない観客達を眺めていた。
何故ならチビにとって試合の応援に参加しているのは、自分の状況で家族に心配を掛けない為だった。
試合は序盤から相手チームの猛攻撃が続き、攻撃が移っても応援席は静まり返っていたが「まだ始まったばっかりや!いけるぞ~!打て~!」とそれでも一人だけ諦めず応援をしていたのが、まだ知り合う前の健太だった。
前列で座る健太の隣りにはハカセが座っていて、この頃も変わらずノートにデータ取りをしている。
「ゴメンね、せっかく応援来てくれたのに」
母親は笑顔でチビを気遣うが、チビは何故か健太から視線を逸らせずにいる。
上手く話せなくなってクラスで孤立し始めていたチビには、誰かの為に叫び続ける健太の姿は聖人のように思えたのかもしれない。
試合は中盤に差し掛かり「まだまだ、ここから逆転や!打て~!」と変わらず健太が声を張り上げる度に、チビのメガホンを持つ手が期待で震えた。
だが無情にも試合は大差のまま後半に突入する。
「そろそろ終わる頃だから片付け始めるわね」
荷物を鞄に詰める母親の言葉同様、負けチームの応援席は一様に帰り支度を始めている。
もう勝ちを確信した相手チームが、健太の声援を失笑するとチビは自分の事のように睨みつけていた。
そんな出来事が有った事にも気付かない程に、健太は必死な応援を続けているが形勢は変わらず。
良く晴れた青空にゲームセットの声が響き、この日の試合は終わった。
「やはり、ほぼデータ通りの結果ですね」
一仕事終えたサラリーマンのように、ハカセがノートを閉じると「イヤ今日は前回より良く走ってた!」と健太が負け惜しみを言う。
そんな二人の会話を聞こうと、チビは後列から顔を寄せて聞き耳をたてている。
「塁に出た数は前回と余り変わらないですけどね」
ノートを開き確認するハカセに「そういう意味じゃなくて~」と健太は不満そうに口を尖らす。
「ニュースでも言ってるように結果は雄弁ですからね」
ハカセがスコアボードを指差すと「説得力って意味か~?」と健太はため息混じりにうなだれる。
反論出来ずに健太が落ち込んでいると「そんな事ないよ!」と今にも声を掛けたそうに、チビは更に前のめりになっていく。
そんなチビの気も知らず健太は「ヨッシャ、今から基地で反省会や!」とすでに立ち直っている。
「試合も終わったし帰ろうか、今日は本当にありがとうね」
ナナの母親がチビに声を掛けると、チビは心残りな表情で健太の後ろ姿を見ていた。
「お兄ちゃんだけヒットだよ、すごいでしょう」
ナナに背を押され、驚き立ち上がるチビ。
そんなやり取りをしている間に、健太とハカセは自転車で走り去って行った。
チビはまばらになった観客席を寂し気に見つめている。
この日声を掛ける事は出来なかったが、チビにとって健太が特別な存在になっていた事は明らかだった。
それは健太がぼやいていた団長としての説得力や試合の結果なんて関係無い程、憧れという存在だった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
So long! さようなら!
設樂理沙
ライト文芸
思春期に入ってから、付き合う男子が途切れた事がなく異性に対して
気負いがなく、ニュートラルでいられる女性です。
そして、美人じゃないけれど仕草や性格がものすごくチャーミング
おまけに聡明さも兼ね備えています。
なのに・・なのに・・夫は不倫し、しかも本気なんだとか、のたまって
遥の元からいなくなってしまいます。
理不尽な事をされながらも、人生を丁寧に誠実に歩む遥の事を
応援しつつ読んでいただければ、幸いです。
*・:+.。oOo+.:・*.oOo。+.:・。*・:+.。oOo+.:・*.o
❦イラストはイラストAC様内ILLUSTRATION STORE様フリー素材
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
チェイス★ザ★フェイス!
松穂
ライト文芸
他人の顔を瞬間的に記憶できる能力を持つ陽乃子。ある日、彼女が偶然ぶつかったのは派手な夜のお仕事系男女。そのまま記憶の奥にしまわれるはずだった思いがけないこの出会いは、陽乃子の人生を大きく軌道転換させることとなり――……騒がしくて自由奔放、風変わりで自分勝手な仲間たちが営む探偵事務所で、陽乃子が得るものは何か。陽乃子が捜し求める “顔” は、どこにあるのか。
※この作品は完全なフィクションです。
※他サイトにも掲載しております。
※第1部、完結いたしました。
形而上の愛
羽衣石ゐお
ライト文芸
『高専共通システムに登録されているパスワードの有効期限が近づいています。パスワードを変更してください。』
そんなメールを無視し続けていたある日、高専生の東雲秀一は結瀬山を散歩していると驟雨に遭い、通りかかった四阿で雨止みを待っていると、ひとりの女性に出会う。
「私を……見たことはありませんか」
そんな奇怪なことを言い出した女性の美貌に、東雲は心を確かに惹かれてゆく。しかしそれが原因で、彼が持ち前の虚言癖によって遁走してきたものたちと、再び向かい合うことになるのだった。
ある梅雨を境に始まった物語は、無事エンドロールに向かうのだろうか。心苦しい、ひと夏の青春文学。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる