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<団長と説得力>2
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半年前チビの転校初日は担任が名前を言い、一礼するだけのチビをクラスメートが無視する程ではなかった。
だが日が経つにつれて、先生の質問に返答しない事や、クラスメートが話し掛けても話せない事が積み重なり、クラスメート達は光久をからかうようになり始めていた。
そんな鬱屈した生活が続く中、ただ一人話し掛けてくれる女の子がナナだった。
「早く光久君、試合始まっちゃう」
チビ宅の玄関先で急かすナナに駆け寄るチビ。
「ナナちゃん今日はお願いね」
申し訳なさそうに頼むチビの母に、社交的な笑顔で応対するナナ。
二人は球場に向かうが、嬉しそうに先を歩くナナとは対照的に、チビは行き先に興味が無さそうにキョロキョロとよそ見をしている。
「お兄ちゃんが4番なの、すごいでしょ!」
自慢げに話すナナに、チビは無言のまま愛想笑いと会釈を繰り返していた。
「ほら~、見えてきた!」
ナナが指差した先の川原にはフェンスの無いグラウンドが広がっていて、今にも野球の試合が始まろうとしている。
嬉しそうにナナは川原を駆け降りて行くが、チビの足取りは重いままだった。
「お母さん~連れて来たよ」
応援席で待っていた母親にナナが駆け寄ると、チビは遠慮気味に離れた所に立っている。
「光久君も応援ヨロシクね!息子のチーム余り強くないから」
気兼ねして後列に座るチビにナナの母が笑顔でメガホンを手渡すと、チビは静かに会釈した。
この家族とチビは家が近所なだけの間柄だが、母親の人柄はそう感じさせない程親切だったからか、ナナもチビに優しかった。
「ほら試合始まるよ」
お茶を飲みくつろぐナナに母親が促すと「お兄ちゃん頑張れ~!」とナナは待ってましたと言わんばかりに声援を送る。
試合が始まり盛り上がり始める家族をチビは横目に見ながら、退屈そうに少ない観客達を眺めていた。
何故ならチビにとって試合の応援に参加しているのは、自分の状況で家族に心配を掛けない為だった。
試合は序盤から相手チームの猛攻撃が続き、攻撃が移っても応援席は静まり返っていたが「まだ始まったばっかりや!いけるぞ~!打て~!」とそれでも一人だけ諦めず応援をしていたのが、まだ知り合う前の健太だった。
前列で座る健太の隣りにはハカセが座っていて、この頃も変わらずノートにデータ取りをしている。
「ゴメンね、せっかく応援来てくれたのに」
母親は笑顔でチビを気遣うが、チビは何故か健太から視線を逸らせずにいる。
上手く話せなくなってクラスで孤立し始めていたチビには、誰かの為に叫び続ける健太の姿は聖人のように思えたのかもしれない。
試合は中盤に差し掛かり「まだまだ、ここから逆転や!打て~!」と変わらず健太が声を張り上げる度に、チビのメガホンを持つ手が期待で震えた。
だが無情にも試合は大差のまま後半に突入する。
「そろそろ終わる頃だから片付け始めるわね」
荷物を鞄に詰める母親の言葉同様、負けチームの応援席は一様に帰り支度を始めている。
もう勝ちを確信した相手チームが、健太の声援を失笑するとチビは自分の事のように睨みつけていた。
そんな出来事が有った事にも気付かない程に、健太は必死な応援を続けているが形勢は変わらず。
良く晴れた青空にゲームセットの声が響き、この日の試合は終わった。
「やはり、ほぼデータ通りの結果ですね」
一仕事終えたサラリーマンのように、ハカセがノートを閉じると「イヤ今日は前回より良く走ってた!」と健太が負け惜しみを言う。
そんな二人の会話を聞こうと、チビは後列から顔を寄せて聞き耳をたてている。
「塁に出た数は前回と余り変わらないですけどね」
ノートを開き確認するハカセに「そういう意味じゃなくて~」と健太は不満そうに口を尖らす。
「ニュースでも言ってるように結果は雄弁ですからね」
ハカセがスコアボードを指差すと「説得力って意味か~?」と健太はため息混じりにうなだれる。
反論出来ずに健太が落ち込んでいると「そんな事ないよ!」と今にも声を掛けたそうに、チビは更に前のめりになっていく。
そんなチビの気も知らず健太は「ヨッシャ、今から基地で反省会や!」とすでに立ち直っている。
「試合も終わったし帰ろうか、今日は本当にありがとうね」
ナナの母親がチビに声を掛けると、チビは心残りな表情で健太の後ろ姿を見ていた。
「お兄ちゃんだけヒットだよ、すごいでしょう」
ナナに背を押され、驚き立ち上がるチビ。
そんなやり取りをしている間に、健太とハカセは自転車で走り去って行った。
チビはまばらになった観客席を寂し気に見つめている。
この日声を掛ける事は出来なかったが、チビにとって健太が特別な存在になっていた事は明らかだった。
それは健太がぼやいていた団長としての説得力や試合の結果なんて関係無い程、憧れという存在だった。
だが日が経つにつれて、先生の質問に返答しない事や、クラスメートが話し掛けても話せない事が積み重なり、クラスメート達は光久をからかうようになり始めていた。
そんな鬱屈した生活が続く中、ただ一人話し掛けてくれる女の子がナナだった。
「早く光久君、試合始まっちゃう」
チビ宅の玄関先で急かすナナに駆け寄るチビ。
「ナナちゃん今日はお願いね」
申し訳なさそうに頼むチビの母に、社交的な笑顔で応対するナナ。
二人は球場に向かうが、嬉しそうに先を歩くナナとは対照的に、チビは行き先に興味が無さそうにキョロキョロとよそ見をしている。
「お兄ちゃんが4番なの、すごいでしょ!」
自慢げに話すナナに、チビは無言のまま愛想笑いと会釈を繰り返していた。
「ほら~、見えてきた!」
ナナが指差した先の川原にはフェンスの無いグラウンドが広がっていて、今にも野球の試合が始まろうとしている。
嬉しそうにナナは川原を駆け降りて行くが、チビの足取りは重いままだった。
「お母さん~連れて来たよ」
応援席で待っていた母親にナナが駆け寄ると、チビは遠慮気味に離れた所に立っている。
「光久君も応援ヨロシクね!息子のチーム余り強くないから」
気兼ねして後列に座るチビにナナの母が笑顔でメガホンを手渡すと、チビは静かに会釈した。
この家族とチビは家が近所なだけの間柄だが、母親の人柄はそう感じさせない程親切だったからか、ナナもチビに優しかった。
「ほら試合始まるよ」
お茶を飲みくつろぐナナに母親が促すと「お兄ちゃん頑張れ~!」とナナは待ってましたと言わんばかりに声援を送る。
試合が始まり盛り上がり始める家族をチビは横目に見ながら、退屈そうに少ない観客達を眺めていた。
何故ならチビにとって試合の応援に参加しているのは、自分の状況で家族に心配を掛けない為だった。
試合は序盤から相手チームの猛攻撃が続き、攻撃が移っても応援席は静まり返っていたが「まだ始まったばっかりや!いけるぞ~!打て~!」とそれでも一人だけ諦めず応援をしていたのが、まだ知り合う前の健太だった。
前列で座る健太の隣りにはハカセが座っていて、この頃も変わらずノートにデータ取りをしている。
「ゴメンね、せっかく応援来てくれたのに」
母親は笑顔でチビを気遣うが、チビは何故か健太から視線を逸らせずにいる。
上手く話せなくなってクラスで孤立し始めていたチビには、誰かの為に叫び続ける健太の姿は聖人のように思えたのかもしれない。
試合は中盤に差し掛かり「まだまだ、ここから逆転や!打て~!」と変わらず健太が声を張り上げる度に、チビのメガホンを持つ手が期待で震えた。
だが無情にも試合は大差のまま後半に突入する。
「そろそろ終わる頃だから片付け始めるわね」
荷物を鞄に詰める母親の言葉同様、負けチームの応援席は一様に帰り支度を始めている。
もう勝ちを確信した相手チームが、健太の声援を失笑するとチビは自分の事のように睨みつけていた。
そんな出来事が有った事にも気付かない程に、健太は必死な応援を続けているが形勢は変わらず。
良く晴れた青空にゲームセットの声が響き、この日の試合は終わった。
「やはり、ほぼデータ通りの結果ですね」
一仕事終えたサラリーマンのように、ハカセがノートを閉じると「イヤ今日は前回より良く走ってた!」と健太が負け惜しみを言う。
そんな二人の会話を聞こうと、チビは後列から顔を寄せて聞き耳をたてている。
「塁に出た数は前回と余り変わらないですけどね」
ノートを開き確認するハカセに「そういう意味じゃなくて~」と健太は不満そうに口を尖らす。
「ニュースでも言ってるように結果は雄弁ですからね」
ハカセがスコアボードを指差すと「説得力って意味か~?」と健太はため息混じりにうなだれる。
反論出来ずに健太が落ち込んでいると「そんな事ないよ!」と今にも声を掛けたそうに、チビは更に前のめりになっていく。
そんなチビの気も知らず健太は「ヨッシャ、今から基地で反省会や!」とすでに立ち直っている。
「試合も終わったし帰ろうか、今日は本当にありがとうね」
ナナの母親がチビに声を掛けると、チビは心残りな表情で健太の後ろ姿を見ていた。
「お兄ちゃんだけヒットだよ、すごいでしょう」
ナナに背を押され、驚き立ち上がるチビ。
そんなやり取りをしている間に、健太とハカセは自転車で走り去って行った。
チビはまばらになった観客席を寂し気に見つめている。
この日声を掛ける事は出来なかったが、チビにとって健太が特別な存在になっていた事は明らかだった。
それは健太がぼやいていた団長としての説得力や試合の結果なんて関係無い程、憧れという存在だった。
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