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雨実 和兎

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<握り拳と掲示板>2

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1時限目終了後休み時間

「やはり誰も見ていませんね」

データ取りするつもりだったのか、ノートとペンを持ち通行人をチェックするハカセ。

「あれっ、おかしいな~」

掲示板に見向きもしない同級生達を、不思議そうに首を傾げて見つめる健太。
約束どうり集まった二人は階段の隅に隠れて様子見しているが、チャイムが鳴る迄の間状況は何一つ変わらないままだった。

「まだ朝やからかな!?」

幸せな勘違いに浸る健太を傍目にハカセは「時間の問題ではないと思いますけどね」と冷たくあしらう。

「次の休み時間かな~!」

2時限目休み時間

「おかしいな~!」

不満そうに健太は掲示板の四隅に張り付けてあったリボンを、団員募集の張り紙に付け替えた。

「そんな事しても無駄だと思いますよ」

呆れた様子で不必要になったノートを閉じるハカセ。
3時限目休み時間

「なんでや!」

壁を叩き始める健太をハカセは「まだ初日ですからね‥‥」と慰めるが健太は変わらず壁を叩き続けている。

4時限目休み時間

「‥‥」
「‥‥」

意気消沈して身動き一つしない健太とは裏腹に、冷静なハカセは眼鏡の汚れを拭き取っている。
もう階段の隅に隠れる事もなく、二人は無言で掲示板の前に立ち尽くしていた。
放課後になっても健太の甘い予想は全く当たる事無く、掲示板を見ている同級生は誰もいなかった。

「なんでやろう~、みんな授業中に来てるんかな~?」

まだ微かな期待を口にする健太にハカセは「常識的に授業中は無いと思いますよ」と呆れ顔で笑い、健太は「やっぱり無いか~!」と笑い飛ばした。

「目立つ募集用紙でも考えましょうか?」

すかさずハカセはノートを取り出すが「イヤ、直接頼もう!今からスカウトや!!」と突然走りだす健太。

「ちょっ、ちょっとドコに行くんですか‥‥」

慌てて後を追うハカセに健太は「職員室!先生に聞いてみよう!」と走りながら振り向き答えた。

「なるほどリサーチですね」

職員室に向かって二人が廊下を駆け抜けていると「コラッ!廊下を走るな!」と担任の怒声が廊下に響いた。

「あっ丁度良かった、先生!」

立ち止まり振り向き様に呟く健太に先生は「何が丁度良かったや、廊下は走ったらアカンぞ!」と呆れ顔で窘めるが、少しも気にしてない様子の健太は「他のクラスで声の大きい奴って知らないですか」と質問を始めてしまっている。

担任はまるで諦めたかのような小さなため息を吐いた後「声が大きいといえば1組の野村優かな‥‥」と素気なく答えた。

「ありがとうございます!!」

今にもまた駆け出しそうな健太とは対照的に、ハカセは静かに一礼して二人はその場を去った。

「女子か~」

残念そうに舌打ちをする健太にハカセは「たしかバレー部だったと思いますよ」と思い出したように答える。

「声が大きいって事は喜んで入ってくれるやろ~」

相変わらず幸せな勘違いを繰り広げる健太にハカセは「すでにバレー部なので無理だと思いますけどね」と容赦無く冷静な言葉を投げかける。

「バレー部って事は体育館やな」

応援団結成に都合の悪そうな部分を聞き流す健太に、ハカセは驚き顔のまま頷く。
早足で体育館に着いた二人は「野村優呼んでほしいんだけど」と玉拾いをしている低学年に声を掛けた。

「野村先輩!」

後輩の呼び掛けと、突然の訪問者に体育館内の女子達はざわついていたが健太は気にもしてない様子で「あの子も声けっこう大きいな」と一端のスカウトマンぶっている。

先生の了承を得て駆け付けた優は期待どうりの大きな声で「私に用って何?」と笑顔で聞いた。

「もちろんグッドニュースやで!」

入団を前提に自信満々な笑顔を反す健太に、ハカセは「そうとは限りませんが‥‥」と遠慮気味に会釈した。

「俺達応援団を結成したから!」

健太の一言を優が理解出来ず固まっていると「これなんですが」とハカセがノートを取り出し団員募集の下書きを見せる。

「声の大きい人を探していたら先生から奨められまして」と営業マンのような口調で説明を続けるハカセ。

「ゴメン!私バレー部で忙しいから他の人探して」
「そうですよね、では失礼しました」

優が断るのを解っていたかのように、スムーズにハカセの交渉は終わり。
走り去り部活に戻る優の後ろ姿を、健太は大口を開けたまま見送っていた。

「行きましょうか」

呆然と立ち尽くす健太の背をハカセが押し、二人はその場から逃げるように移動した。

「なんでやろ‥‥」

まだ勧誘失敗のショックから立ち直れない健太は
、口数も少なくなりグラウンドを見つめている。

「まだ他に居るかも知れないじゃないですか」

足取りの重い健太に、歩調を合わせて慰めるハカセ。

「そうやと良いけど‥‥」
「とりあえず基地で作戦を練り直しますか」

ふて腐れる健太をハカセはなだめるが「なんでやろ‥‥」と健太は同じ言葉を繰り返し呟いている。
二人が基地に向かいトボトボと歩いていた頃、新任女教師に呼びだされていた光久は職員室に入って行った。

無言で新任の前に立ち尽くす光久に、気付いていない新任は深いため息をついている。
振り返り光久に気付いた新任は慌てて「どうだった?健太君と話せれた?」と明らかな作り笑顔で尋ねるが、光久は返事を返さずに首を横に振った。

「そっか‥‥、でも健太君じゃなくても、他の子と友達になれるかもしれないしね」

無理に元気づけようとする新任の話しは聞くが、小さな手の平を握り締め頷かない健太。
続かない会話の雰囲気を察してか、一礼して光久は職員室を出て行くが、新任は口をつぐんだままだった。

重い足取りで家に帰ろうと光久が歩いていると「ダッセ~!今時応援団って!」と掲示板の団員募集に気付いた上級生二人組が、掲示板を指差し笑っている。

二人組が走り去った後、ほとんど誰も見る事の無かった掲示板の前には光久が立ち止まっていた。
まるでまだ諦めた訳じゃないと自分に示すように、光久は強く拳を握っていた。
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