薬師と悪魔と

nano ひにゃ

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第一章

10 訓練と日常

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「どうして!!」

 当然の雄叫びにもカジュは驚くこともなく薬を煎じる手を止めアオと向き合う。

「なんだ」
「クロにはちゃんとできたのに! どうして火は点かないの!」

 イライラしているアオなど初めてのことだったが、カジュは特に気にした素振りも見せなかった。
 時々助言のようなことを言うだけで直接指導するようなことはしなかったカジュにその苛つきをぶつけることでアオは焦りを紛らわせようとしていた。

「お前の場合は感情が大事だ。ただ集中するだけじゃダメだ」

 いずに座っているアオの目がウルウルとし始める。

「じゃあどうすればいいの!! 分かんないッ」

 アオの目の前のローソクをカジュは手に取る。

「お前は何を思って火を点けようとしてる?」
「点け点けって思ってるよ」
「それ以外は?」
「早く点けって」

 カジュは手首だけで振り回すローソクをアオが目で追うのを笑いながら、つっとローソクをアオの前に差し出した。

「どうして早くなんだ?」
「だってアオがこれできないとクロが大変なままなんでしょ? だから早く上手にならないと」
「おしいな」
「え?」

 腕を組んで首をひねったカジュに、アオは目を丸くした。
 そしてカジュは、しっかりとその目を見て言った。

「その先を考えろ」
「……先って何?」
「先は先だ」
「……えーーん、わかんないよー」
「おい! 泣かすな!」

 家の外にいたはずのクロがすぐに飛び込んできて、アオの頭をよしよしと撫で慰める。
 やれやれと溜息をつくのはカジュの唯一のリアクションと化していた。

「お前は本当にアオに甘いな……、じゃあお前も一緒に考えてやれば」

 アオはカジュに言われたことをクロに説明した。

「……先か、将来像ということじゃないか」
「なに? しょうらいぞう?」
「未来どうなりたいかってことだ」
「仲良く楽しく暮らしたい」
「それをイメージしたら良いんじゃないか?」
「やってみる!」

 しかし火は点かなかった。

「えーーん」
「おい、カジュ! どうなってる」
「間違ってるから点かないだけだろ」
「早く正解を言え」
「火を点けたいんじゃなくて、火は点くんだ」

 カジュは手もかざさず、視線だけでローソクに火をつけて見せた。

「今のは俺が点けたわけじゃないぞ。アオがイメージして集中させていた力に俺の力を乗せただけ」
「どうやったの?」

 アオの瞳は縋るようなものだった。
 カジュは自分が点けた炎を吹き消すとアオからわざと視線を外した。だが口調はそのままにアオに教える。

「今まで垂れ流しだったお前の力はさっきローソクの芯に集中することでそこに集められてる。イメージもちょうどいい具合だったみたいだな、燃えすぎずに点いた。あとは点いたときのことを思えばいいだけだ」
「点いたとき?」
「お前どうだ、自分で点けられたら?」
「嬉しい」
「じゃあそう思ってやれ」

 するとあっさり火は点いた。

「わあーーー、点いたよ!」
「最初からそう言え」

 クロが抱きつくアオを撫ぜながら、カジュに冷たい視線を向ける。
 そんな簡単なことじゃないと、カジュは首を振る。

「それじゃできないからだろ」
「何が違う」
「魔道士は自分のエネルギーを炎のエネルギーに変換して術を使いこなすが、アオはそうじゃないてことだ」
「わからん」
「アオのエネルギーは人に作用するものだ。今だと俺に火炎の術を使わせるってことだ。並みの夢魔なら点いた様に思い込ませる術になる。でもな、普通の夢魔なら誰に教わらずともできるもんなんだがな」
「できなものは仕方が無いだろう」

 カジュも呆れることすら面倒になり、話を続けた。

「アオは実際にロウソクに作用する力ではなくてオレやお前に術を使わなくてはならないということだ。つまり今のはアオ自身が火を点けたわけではなく、俺に力を使わせてた。まぁ、そうなるようにこのローソクにもともと俺の力が乗せてあっから、俺がアオの術に掛かったわけじゃねーけど」
「ローソクに細工で訓練になるのか?」

 カジュは、当たり前だと頷いた。

「アオの問題は常に力が垂れ流しってところだ。それがフェロモンにもなってるから、いらんもんが寄ってくる。まずは力を集中することを覚えて、今度はそれを自分の中に留めるように訓練する」

 その集中を今やってるんだとカジュは、説明した。
 今まで点かないと嘆いていた時間は無駄ではなく、力を集中させるために必要なことだった。

「あとは切っ掛けだけ。クロに火が点いたところを見せたい、見せれたら嬉しいという動機がアオのコントロールの本質だ。アオは自分の感情が高まるほど力が集中する。特に歓喜の感情は顕著だ。で、アオの喜びはお前を喜ばせること、それが現実になると思えば術は完成だ」
「……なるほどな」
「ついでに言っておくと、アオは相手を幻覚の中に落とすだけじゃなくもっと高度な相手を操ることもできる。クロが、それを望めばたけどな。けど、使いこなそうと思ってもアオにできるかどうかはまた別の話だけどな。とりあえずこれからどういう訓練が良いか分かった」
「何をすればいいの?」

 アオは真剣に、そして本能で小首を傾げて小動物のように可愛く尋ねる。
 クロが通常通りアオの頭を優しく撫でれば、カジュも通常通りスルーで話を続ける。

「アオとクロとそれぞれやることがある」
「俺もか?」
「一番アオがしなければならないことは、無駄にフェロモンを出さないってことだ。異常に消費してるエネルギーを結果クロから奪うことになっている。奪うことはもう淫魔としての本能だ。だからアオはクロのためにも放出を最大限止めて自分の中に留めることがクロを助けることになる、分かるな?」

 アオはコクコクと首を動かす。クロもそれには言わずもがなだと頷くことすらしない。
 分かってるならお前がしろと言いたいカジュだったが、返ってくる言葉が分かっていたので、その想いを飲み込んで話を続けることにした。

「さらにだ、クロの力が尋常じゃないくらいあってアオの新陳代謝以上もらえるもんだから余ったエネルギーはアオからフェロモンという形で流れ出る。それも淫魔としての本能。普通淫魔に貞操観念なんてないからな、もらえる相手は多いほうがいい。だから当然それに群がってくる奴らが現れるわけだ」
「アオはクロ以外はイヤだ」

 アオは言われただけで涙目になっている、当然クロの睨みがカジュに当たる。
 呆れることすら面倒になって、薬を処方するときのように診断を下す要領になった。

「だからお前は珍しいタイプなんだってこと」

 すると焦れたクロが急かしだす。

「そんなことは分かってるんだ、それをどうするかを聞いてるんだ」
「一番単純なのはエネルギーを与えないって事だが、それはダメなんだろ。それ以外となると、オレが考えるに二つ方法がある。一つはアオの内に貯めておくことだ。だがこれだと匂い立つよなフェロモンは減らせるが、アオの見た目の美しさが増す可能性がある。なんていうか光って見える的な感じになんじゃねーか、わかんないけど」
「それでは意味がないだろう」
「となるともう一つ。クロに還元する方法だ。ただこれは簡単じゃない。アオが習得するには時間が掛かると思って間違いない。貰うことが本能のアオがそれを与えようってんだから大変さ分かるだろ。しかもクロにも受け入れる能力が低い、大体本来なら必要ないほど自分から溢れてるんだからこれもまた仕方ないことだ」
「訓練すればできるようになるものか?」
「できる。要はお前らに魔道士になるための訓練をしろってことだ」
「は? 分かるように言え」
「魔道士ってのはさっきも言ったが自分のエネルギーを違うものに変換して術を使う、だが人間が本来持ってるエネルギーなんて高が知れてる。それなら他から補うしかない、つまり魔道士は大きな術を行うためにも、自然界からとかエネルギーを置換したり変換したりして自分のものに変える方法を身につけるんだ。な、お前らがやろうとしてることと一緒だろ」
「やればできるんだな」
「世の中にあんなに魔道士がいるんだ、高位なお前らができないわけないだろう。ただコツと根気の問題。コツのほうはオレが教えるから、あとはお前らで頑張れ」

 そうして二人の悪魔はカジュの手伝いをしながら生き延びるだめの訓練を開始した。実際に魔道学校などで習う方法ではないカジュ独自の訓練だったが、悪魔にはそんなことは分からないし、実際成果が出てきたので二人からは文句はでなかった。
 カジュが二人に出す課題はいつも単純でクロはすぐできるようになったが、アオはなかなかクリアしていくことができない。アオのほうが身につけることも覚えることも多かったので尚更だった。
 クロが先にできるようになると、今度はアオの訓練方法をクロに教えた。

 クロの傷は完全に癒えたがアオはまだまだ訓練の途中の頃、悪魔が来てからまったく姿を見せなかった精霊たちが家にやってきた。
 二人が森に来るまでは度々カジュのもとを訪れていたが、魔力の強い悪魔が二人もいてはさすがに近寄りがたかったようだった。
 それなのに、やってきたということはそれなりの用事があるということだと家にいたカジュもクロも察しがついた。そしての用事がどういった内容なのかも分かっていた。

「そろそろ限界が来たということか」

 クロの言葉にカジュが無意識に渋い顔で頷いていた。

「……そうだな」

 クロとアオを二階にやって、カジュは精霊達を家に招き入れ話しを聞いた。
 予想通り森の異変を知らせるもので、遠巻きに悪魔達の影響が出始めたので森から離れて欲しいというクレームに近い要望だった。
 精霊が足早に帰った後、クロはカジュから何も聞かずとも切り出した。

「今夜にも発つ」
「お前達には都合が良いんだろうが、こっちにも都合がある。大地の術を解くには太陽が出ていたほうがいい。だからお互いの利をとって明日の夕方だ」

 今度はカジュも止めはしなかった。

「この辺りの状況を知っておきたい、森からでなければ問題はないな」
「ああ、体感で出られないギリギリは分かるはずだからその範囲で好きなようにしろ」

 クロは早々に出かけて行った。
 最後の夕飯の準備をカジュとアオとてしているときだった。
 アオは少し躊躇いがちに聞いてきた。

「カジュは使い魔持ってないんだね、どうして?」
「疲れるだろ、それに別にいなくてもこの森で暮らしてる俺に必要ないし不便もない」
「そうなんだ、マクリル・トトティルもそうなのかな」
「ああ、大魔道士の使役魔になりたいのか?」

 アオは頷きはしないが、弱弱しい声で呟いた。

「マクリル・トトティル優しいかなぁ」
「優しいって言ったのはお前だろ?」

 カジュはあえていつも通りの口調で言った。アオはまっすぐカジュを見て無理やり笑顔を作って似合わない顔になっている。

「本当は嫌な人だったらどうしようと思って」
「噂ではお人好しで、人助けが生きがいだって言われてるから大丈夫じゃないか」
「そうだよね、アオ達のこと助けてくれるよね!」

 誰が聞いても強がりだった。さすがのカジュも背中を押してそうだそうだとは言ってやれなかった。

「いやーそれはどうだかわかねぇけど……」

 アオは暫くその変な笑顔で料理を頑張っていたが、次第に動きが緩慢になりそしていよいよ止まってしまった。
 カジュはあえてそれをそ知らぬふりをしてやり過ごす。

「…………ホントはね、」

 俯いたアオから雫か落ちる。

「…………」
「本当はカジュに、」

 最後までカジュは言わせなかった。

「俺には無理だぞ、クロに言われたんじゃないか?」
「うん、カジュにはクロとアオの面倒を見ていくのは無理だって。カジュの力じゃダメだって……」

 クロはアオに、二人まとめて使役できるほどの能力はないと説明していた。

「じゃあダメだな」
「どうしようもないの?」

 見つめる顔は涙で濡れている。
 それでもカジュは受け入れるわけにはいかなかった。

「クロがそう言うだからそうなんだろう」

 暫くしてアオは涙を拭いてまた変な笑顔だったが務めて明るく言い放った。

「アオたちね、マクリル・トトティルにね、お願いするつもりなんだ」
「……何を?」
「クロとアオを使役してくださいって」
「無理だ……と思うぞ、あいつが使役魔や召喚獣を従えてないのは理由があるって聞いたことがある」
「知ってるよ、どんな理由かは分かんないけど」
「……大魔道士になら使われてもいいのか?」
「二人で一緒にいられるなら手を貸すってクロは言ってた。クロとアオを二人一緒に使い魔にできるほどの魔力があるのはマクリル・トトティルしかいないんだよ」
「そう……だろうな…………大魔道士ならお前の色香なんか使わなくても大丈夫そうだしな。噂で聞く限りでは聖者の様な奴だって言うし、お前が嫌がることもきっとしないさ」
「お願い聞いてもらえるかな」
「それは……俺には分からんよ」
「そうだよね」
「いい奴に出会えればもしかしたらな……」

 クロはいつも夕飯の時間には戻ってきたが、食べるとすぐまた出掛けて行った。
 翌朝、三人ともこれまでと変わらぬ時間に起きてきた。
 しかしその後は長旅になるだろう悪魔二人の支度に時間をかける。
 アオには最後の訓練をして、これからの自己訓練の復習もした。荷物にカジュが調合した薬も含めていろいろと用意していると、あっという間に日は傾いていった。

「じゃあ解くぞ」
「ああ」

 魔方陣の上に立つ二人に向かいカジュは呪文を唱え始めた。
 赤く染まった太陽の日の光を集めるかのように魔方陣は輝き、二人をその熱で包む。熱の温度は徐々に上がり、心地良さを少し越えた辺りで一気に下がり足元だけが熱源となる。
 二人の足は大地に惹かれるような感覚に襲われていた。
 しかし、カジュが呪文を唱え終えた瞬間弾かれたように足が軽くなった。
 解き放たれた、悪魔にしてみればそう感じるのが正しい。

「なんだか変な感じ、少し不安……」

 アオの感想は少し違っていた。

「開放感と言え、本来の姿なんだからな」
「……うん」

 クロは何も言わなかった。
 魔方陣から出ると、その感覚はより強く感じられたがクロに促されアオも今度は何も言わず素早く身支度を整えた。

「世話になったな」
「悪魔に礼など言われると不吉に感じるぞ」
「カジュ……」
「上手くやれよ」
「うん、カジュに教えてもらったこと忘れないよ」
「ああ、そうしろ」
「じゃあな」
「バイバイ」

 二人はその瞬間、姿を消した。

「…………本当に上手くやれよ……」

 カジュは本物のいつもの日常を取り戻した。


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