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「仲田さんだって過去から学んでるって、何したら相手に嫌がられるか分かってるから」
鷹名瀬のその希望的推測をあっさり受け入れる二人ではない。
「学んでるからって嫉妬しないわけじゃないだろ、言わなくてもイライラされたら好一朗が嫌な思いするだろ! それで俺たちと会うの遠慮するようじゃ飼い殺されるのと一緒だろうが」
飼い殺されるってなんですかねー、それって恋愛では使わない言葉じゃないですか。
窪内の発言に胸の中だけで突っ込んて、三人の会話を肴に俺は一人で飲み食いを楽しんでいる。
俺の悩みは関係あるようなないような話で、不幸なのか幸いなのか、どう口をはさんでいいかも俺には分からない。蚊帳の外でもとりあえず聞くだけでも参考になるくらいには思っている。
「俺が思う仲田さんの重たさって、束縛きついとかじゃないと思ってるんだ」
鷹名瀬は落ち着いて、二人の怒りに乗せられてはいないようだ。
「なんだよ、重たいってそれ以外の何があるんだよ」
その冷静さにとりあえず一触即発の危機はないらしいと分かる。
「仲田さんの完璧さだよ」
「「は?」」
これには二人とも驚きを隠さなかった。
「完璧が重いって、なに?」
窪内はさっぱり分からんと、佐藤に助けを求める。
「たぶんだけど、さっき好一朗が言ってたみたいに不安になるってこと? そこまで凄い人間がどうして自分を好きでいてくれているのか心配したり、相手に釣り合うように努力するのに疲れるとか、そういうこと?」
答えを求めて当然鷹名瀬に視線がよる。
俺は枝豆を頬張りながら聞く。それを別に誰も咎めたりしない。
「半分正解で半分不正解ってとこだな。仲田さんのお兄さんの話には続きがあって、仲田さんは想像通りめっちゃモテる。適当に付き合ってる相手の中には、向こうの方が本気になる場合だってあったわけだ。そういう相手は佐藤が言ったみたいなことで悩むらしい」
「じゃあ仲田さんが本気の相手は違うことを思って?」
「仲田さんはとことん尽くすタイプらしくてさ、とてつもなく甘やかしなんだとさ」
それはなんか自覚あるなーと勝手に注文して今やってきたばかりのフライドポテトを摘まむ。
佐藤と窪内が顔を見合わせたと互いに難しそうな顔で悩みだす。
「甘やかすことが重たいって、何したらそうなるんだ?」
「学生の頃だからまだマシだったろうけど、送り迎えは当たり前、記念日のお祝いとか欠かさない、頼み事は大体何でも聞く、でも相手のためにならないと思うことは丁寧に説得する。当然いつも優しいし、不満をつけるところがない」
「それの何か問題? 相手が天狗になっていきそうだけど別れる原因にはならないだろう」
「お姫様待遇に最初は良い、それが当たり前になれば天狗にもなるだろうけど、完璧な彼氏はそこも矯正してく。自然と品行方正になっていく。それが窮屈になってきて別れることになった。これが答え」
「清く正しく生きていかされるのが嫌になるってことか、まあ、分からんでもないけど、強制されるわけじゃないんだろ?」
「そこがミソだな、正論ばかり並べられるとイラついてくる感じは俺にも分かる。仲田は自分の理想を作り上げるのが上手いってことだな、それに相手が耐えられない」
窪内が結論付けるように言ったが、鷹名瀬が否定した。
「それが違うってその話をしてるときに本人が言ってた」
「違う?」
「仲田さんがあえて理想を言うならって話してくれたのは、揺るがない自分を持っている人だって」
「甘やかす癖に。それってある意味ひどくない?」
佐藤はかなり和寿に不審感を持ったらしく、厳しい言い方になっている。それを鷹名瀬がくみ取るように話を続ける。
「俺もそれは聞いたよ、甘やかすってのは相手が堕落する可能性だってあるのに、それに甘えるなって言うのは相反するだろう」
「その通り!」
窪内が合いの手のように言う。
「仲田さん的には堕落してもらっても構わないらしい、自分なしじゃ生きられないなんて最高のシチュエーションだって」
「うわっ、そういうのヤンデレとかって言うんじゃないの」
佐藤は完全にドン引きだった。
一方窪内は佐藤の言葉の意味が分からなかったらしい。
「なんだ? やん、でれ?」
「病むほど愛してるって意味だよ。好きがいき過ぎて、監禁したりとかさ、刺しちゃったり。あくまでマンガとかゲームの中で属性だけど」
「好一朗ヤバイじゃん! おい、鷹名瀬!!」
窪内はもう感情のふり幅がバカになっている。
それにも真面目に応える鷹名瀬が面白くなってきた。
「そこまでじゃないよ、ニート状態になったとしても養っていけるってくらいに考えろって」
「それでも十分ヤバイよ」
佐藤は冷ややかだ。
「それならそうで、揺るぎないってのはどこにくるのさ」
「それはもう、あくまでも理想の話さ。自分がどんなに尽くしてもいつまでも変わりなくいてくれる人がいるなら最高だって。そんな人はそもそも尽くされることを嫌うだろうし、いざ付き合ってやっぱり違ったなんて失礼極まりないって仲田さん自身が」
「わかってんじゃ~ん」
窪内は酔っていても酔っていなくても気分が高揚すると、言動が軽くなる。決していい加減なわけじゃないことはこの場にいる者ならばちゃんと理解している。
「でもなんかわかったわ、鷹名瀬が好一朗にそいつを合わせた理由」
「俺も」
俺はさっぱりですよ、まったく。
〆の茶漬けでも頼もうかな。
メニューを開いて思案していると、さっとそれを奪われた。
佐藤だ。
「コウちゃん」
「そう呼ぶのはやめたんじゃなかったのか?」
学生時代はみんなにそう呼ばれていたが、就職が決まった時にこれからは”好一朗”と呼ぶと変な宣言を受けたのだ。
大学は街から離れていたから、地元に残っていた三人と心の距離もできたのかと思ったが、名前を呼ぶのはこれからは厳しくいくためだとこれまた謎だった。
しかも何を厳しくされているのか一年以上経っても分からずにいる。
大体柿本と言う苗字で呼ばれないのだって、一つ上の姉が学校で有名人だったせいで、柿本=姉で、その姉がコウちゃんと呼ぶからそれが浸透したせいだ。
コウちゃんと呼ぶことを甘やかしだと言うならば、もっと早くにやめてくれても良かったのだ。今更幼馴染にどう呼ばれるかなんて気にもしていなかったのが悔やまれるくらいに。
それなのにまた戻す気なのか。
「別に好一朗でいいんだけど」
「ヤだ、俺は本当はコウちゃんって呼びたかったんだから」
佐藤よ~、さっきまで真っ当に見えていたのに、しっかり酔ってやがる。
「なんて呼んでくれても構わんが、厳しくするとかなんとかどうなったんだ?」
「コウちゃんそんなの関係ないじゃん!」
「……そっちが勝手に言い出したんだろう」
俺がぼやくと窪内が笑いだした。
「厳しくするってのは俺たちがお前を連れまわしたりしないようにするための口実だ。こっちに就職するって聞いて嬉しくなって昔みたいに毎日会うようになったら駄目だからな」
そんなこと気にしてたのか。
「ダメってことないだろ、どうせみんな仕事忙しくて頻繁になんて会えないんだから」
「いや駄目だ」
やたらきっぱりした声で言ったのは鷹名瀬だった。そして他の二人も頷いている。
「俺たちは、お前が大学行ったら向こうで男作ってこっちには帰ってこないって思ってた。そりゃ休みになればよく帰ってきてたし、俺たちに何かあればすぐ戻ってきてくれたしてたけど、だからこそそういう距離にいることをお前は選んだんだって」
「それは受かったのが家から通うのが少しツラいところだからって説明しただろ、俺の頭がイマイチだったのが原因でそれ以外理由ないって納得してたんじゃなかったのか」
本当にそれが地元を離れた理由だ。
地元だって田舎ってほどじゃない中堅都市だから探そうとすれば出会いの場くらいある。それは俺よりもなぜかみんなの方が知ってくるくらいだ。
「そうかもしれないけど、ここより少しは都会だし、他人ばっかりの方が恋人作りやすかと思ったんだよ」
佐藤は俺にもたれるように座って視線の合わない方を向いている。
「でも結局誰とも付き合わなままこっちに戻ってきた。俺ははじめ嘘ついてるんだと思ってたよ。気恥ずかしいのか、言えないほどひどい恋愛したのかってな。でもマジで違うし、モテないとか平気で言うしな」
窪内はそんなことを言うが、そこを責められても俺にはどうすることもできない。
「実際そうだからしかたないだろ」
ダサいってほどのセンスはしてないつもりだし、甲斐性があるほどではないにしてもしっかり働いている。好きな相手には誠実なつもりだし、片思い中に他に目移りしたことはない。間抜けな顔だけど、良い意味でも十人並みで、太ってもなければガリガリでもない。料理はできないまでも自分でおにぎりくらい握れるし、一人暮らしができるくらいには掃除も洗濯もできる。
でも結局そういうことではモテたりしない。モテたいわけでもないからいいんだけど。
一人でも好きな相手と付き合えればそれでいいし、その結末が別れであっても構わない。一生のうちにそう言う恋愛が一回できればそのほかずっと独りでも贅沢は言わない。
「モテないと思ってるはお前だけだから、男は知らんが女子には密かに人気あったんだぞ」
「本当なら嬉しいけど、女子にモテてもさ」
可愛い生き物だとは思うが、それがときめきに変わることはない。女子たちの恋愛話や、ダイエットや美容や食べ物に関する話はいくら聞いても楽しめるが、たぶん自分に降りかかることではないと心のどこかで思ってるからだろう。
でも楽しい。今の職場でも女子のランチタイムに混ぜてくれることがある。良いカフェを見つけると連れて行ってくれるのだ。そういうところは間違いなく美味しいし、きっちり割り勘。多少の見返りに、目当ての男性社員と話す機会をちょっと作るくらいは容易い御用だった。
そういう強かなところも逆に付き合いやすかったりする。
男でも仕事が絡めば範疇外に自然になる。
そもそも俺のストライクゾーンが激狭なのか?
「たぶん言わないだけで男でもお前に惚れてたやつはいるはずだ」
「変な確信持つな、ないからそれ」
「俺もいたと思う、俺もコウちゃんとなら付き合えるって思ったし」
佐藤の言葉に鳥肌ものだ。
「やめろよー、気持ちわるいー」
不思議なことに友人はもう男と言うジャンルでもなくなっている。
「二人にも止められた、結局コウちゃんのこと傷つけるだけだって言われた」
「そうだ、それにお前彼女いるだろ。そろそろ結婚するんだろ」
そもそも三人は俺と真逆でなかなかドラマティックに恋愛している。佐藤は平均的に、鷹名瀬はいちずに、窪内は波瀾万丈に。
就職の早かった佐藤は二十歳前後に出会った彼女と結婚話がある。
鷹名瀬は高校時代から付き合っている相手がいて、でも結婚はまだまだ先らしい。
窪内は今はフリー。過去の恋愛は壮絶なものもあったから、フリーの状態を楽しんでいる。
「結婚しても俺と遊んでくれる?」
佐藤が酔いで潤んだ目で見つめながら聞いてくる。
平均的な身長でも、子犬のような可愛さがある佐藤はそういう表情も違和感がない。
「それはこっちのセリフだと思うけど」
俺はもうただ苦笑いするだけだ。
そもそもなんの話だったかも分からないくらいに酔いが回ってきたので、そろそろお開きにすることにした。
強めに言われたのか、鷹名瀬が和寿を呼んでそう待つことなくいつもの車がやってきた。
「おかえり。鷹名瀬君以外は初めましてだね」
車から降りてきて、中に誘導してくれる。
俺はどこに乗るべきかと考えていると、全員に助手席に押し込まれた。
「みんなで集まるのは久しぶりってコウから聞いてたんだけど、どうだった?」
出発した後目的地を確認すると、和寿が後ろの三人に話しかけた。
「楽しかったですよ、少し話足りないくらいなんですが、飲み過ぎでこれ以上はまともに話せないんで」
鷹名瀬の答えに和寿は笑った。
「楽しかったなら良かった」
「半分くらいは仲田さんの話だったけどな」
「コウが愚痴でも言ってたかな」
窪内の言葉に和寿は冗談めかして言うが、俺は慌てた。
「愚痴るようなことないから」
「そう? 友達との飲み会に迎えにくるってうざいとか言わなかった?」
和寿は楽しそうの笑いながら言うが、さっきの三人の会話を聞いてりるだけにどういうつもりで聞いているのか困る。
「コウちゃんは何も言ってなかったですよ」
「そうそう、普通に飲んで飯食ってたな」
佐藤はさすがのフォローだが、窪内の追加はいるか疑問だ。事実なだけに否定もできないし。
「そっかぁ、それはそれで少しさみしいなー」
「全くしてないわけじゃないから、良くしてもらってるって話したんだよ」
普通の人はこんな場面を何度も乗り越えてるのか。
機嫌取りをしたいわけじゃないけど、切なそうにされると居たたまれなくなる。
「ありがと。実はね、コウの友達に会っておきたい下心もあったんだ」
「俺たちにですか?」
「鷹名瀬君が君たちが必死にコウの恋人探してるって教えてくれてたから、そのお眼鏡に敵うようになっていきたいと思ってるんだ」
「俺らがコウちゃんにふさわしくないって言ったら自分を変えるってこと?」
佐藤はやや前のめりに言う。
「変えられるところはいくらでも。できれば応援してもらって、コウの大事な人は俺にとっても大事にしたい。それにその方が安心もできる」
「安心?」
俺はなにが不安なのか分からなくて、思わず聞いていた。
「あんな奴とは別れた方がいいって言われたら、コウが離れていくかもしれないでしょ?」
「そこまで短絡的なつもりはないけど」
「コウちゃんを泣かすようなことしたら意地でも別れさせる」
「俺も~」
「それは俺もです」
冗談か本気が、酔ってる人間の発言だ。
佐藤はなんかは酔ってるからこそ本気そうで怖いけど。
「別れるかどうかは俺が決めるから」
軽く言ったつもりなのに、車内は静かになってしまった。
「え? なんで」
「和寿さんって名前だっけ? これからそう呼んでもいいか?」
俺の動揺をよそに唐突に窪内が話し出した。
「もちろん構わないよ」
和寿が笑顔で答えている。
俺のことは置いてけぼりですか。
「コウちゃんはさ、すごく俺らのこと信頼してくれてるんだ」
窪内まで昔の呼び方に戻るのかよ。
「それは少し妬けるね」
「妬いてくれてもいいくらいの自信はある。俺たちの友情はコウちゃんが思ってる以上に厚い」
そこは俺じゃなくて和寿が思うってのが正しいんじゃないだろうか。
「それはけん制されてるのかな」
笑いながら後ろに声を投げる和寿は気にしている風ではない。
「けん制じゃなくて注意。そんな固い友情でもコウちゃんを説得でない時があるから」
「決意固めちゃってるときとか、ものすごく怒ってるときとか」
「そういう時のコウちゃんは逆に凄く冷静なんですよ。話聞いてくれるけど、絶対曲げない。下手したら歩み寄ることもせずに切り捨てたりするくらい」
窪内、佐藤、鷹名瀬と言葉をつなげていくのは昔からだ。得意芸だとよく笑っていが、その息の合い方が畳みかけられるようで、迫力があるのだ。
言われていることに自覚のある俺としてはそんなに強調しなくてもと気恥ずかしく思ってしまう。
「そんなこと和寿に教えなくいいって」
「言っとかないと、つまらない喧嘩が長引くことだってあるんだぞ」
そんな経験者は語る的なこと言われても、喧嘩してるときはつまらないとか関係ないんじゃなかろうか。
「俺たちが話聞いてなんとかなるならいいけど、和寿さんに柔軟になってもらった方が早い。コウちゃんが何か決めた後には誰もそれを覆せないから」
「そんなことないから」
それを誰も認めてはくれなかった。
知らないであろう和寿さえも肝に銘じるとか言っていた。
鷹名瀬のその希望的推測をあっさり受け入れる二人ではない。
「学んでるからって嫉妬しないわけじゃないだろ、言わなくてもイライラされたら好一朗が嫌な思いするだろ! それで俺たちと会うの遠慮するようじゃ飼い殺されるのと一緒だろうが」
飼い殺されるってなんですかねー、それって恋愛では使わない言葉じゃないですか。
窪内の発言に胸の中だけで突っ込んて、三人の会話を肴に俺は一人で飲み食いを楽しんでいる。
俺の悩みは関係あるようなないような話で、不幸なのか幸いなのか、どう口をはさんでいいかも俺には分からない。蚊帳の外でもとりあえず聞くだけでも参考になるくらいには思っている。
「俺が思う仲田さんの重たさって、束縛きついとかじゃないと思ってるんだ」
鷹名瀬は落ち着いて、二人の怒りに乗せられてはいないようだ。
「なんだよ、重たいってそれ以外の何があるんだよ」
その冷静さにとりあえず一触即発の危機はないらしいと分かる。
「仲田さんの完璧さだよ」
「「は?」」
これには二人とも驚きを隠さなかった。
「完璧が重いって、なに?」
窪内はさっぱり分からんと、佐藤に助けを求める。
「たぶんだけど、さっき好一朗が言ってたみたいに不安になるってこと? そこまで凄い人間がどうして自分を好きでいてくれているのか心配したり、相手に釣り合うように努力するのに疲れるとか、そういうこと?」
答えを求めて当然鷹名瀬に視線がよる。
俺は枝豆を頬張りながら聞く。それを別に誰も咎めたりしない。
「半分正解で半分不正解ってとこだな。仲田さんのお兄さんの話には続きがあって、仲田さんは想像通りめっちゃモテる。適当に付き合ってる相手の中には、向こうの方が本気になる場合だってあったわけだ。そういう相手は佐藤が言ったみたいなことで悩むらしい」
「じゃあ仲田さんが本気の相手は違うことを思って?」
「仲田さんはとことん尽くすタイプらしくてさ、とてつもなく甘やかしなんだとさ」
それはなんか自覚あるなーと勝手に注文して今やってきたばかりのフライドポテトを摘まむ。
佐藤と窪内が顔を見合わせたと互いに難しそうな顔で悩みだす。
「甘やかすことが重たいって、何したらそうなるんだ?」
「学生の頃だからまだマシだったろうけど、送り迎えは当たり前、記念日のお祝いとか欠かさない、頼み事は大体何でも聞く、でも相手のためにならないと思うことは丁寧に説得する。当然いつも優しいし、不満をつけるところがない」
「それの何か問題? 相手が天狗になっていきそうだけど別れる原因にはならないだろう」
「お姫様待遇に最初は良い、それが当たり前になれば天狗にもなるだろうけど、完璧な彼氏はそこも矯正してく。自然と品行方正になっていく。それが窮屈になってきて別れることになった。これが答え」
「清く正しく生きていかされるのが嫌になるってことか、まあ、分からんでもないけど、強制されるわけじゃないんだろ?」
「そこがミソだな、正論ばかり並べられるとイラついてくる感じは俺にも分かる。仲田は自分の理想を作り上げるのが上手いってことだな、それに相手が耐えられない」
窪内が結論付けるように言ったが、鷹名瀬が否定した。
「それが違うってその話をしてるときに本人が言ってた」
「違う?」
「仲田さんがあえて理想を言うならって話してくれたのは、揺るがない自分を持っている人だって」
「甘やかす癖に。それってある意味ひどくない?」
佐藤はかなり和寿に不審感を持ったらしく、厳しい言い方になっている。それを鷹名瀬がくみ取るように話を続ける。
「俺もそれは聞いたよ、甘やかすってのは相手が堕落する可能性だってあるのに、それに甘えるなって言うのは相反するだろう」
「その通り!」
窪内が合いの手のように言う。
「仲田さん的には堕落してもらっても構わないらしい、自分なしじゃ生きられないなんて最高のシチュエーションだって」
「うわっ、そういうのヤンデレとかって言うんじゃないの」
佐藤は完全にドン引きだった。
一方窪内は佐藤の言葉の意味が分からなかったらしい。
「なんだ? やん、でれ?」
「病むほど愛してるって意味だよ。好きがいき過ぎて、監禁したりとかさ、刺しちゃったり。あくまでマンガとかゲームの中で属性だけど」
「好一朗ヤバイじゃん! おい、鷹名瀬!!」
窪内はもう感情のふり幅がバカになっている。
それにも真面目に応える鷹名瀬が面白くなってきた。
「そこまでじゃないよ、ニート状態になったとしても養っていけるってくらいに考えろって」
「それでも十分ヤバイよ」
佐藤は冷ややかだ。
「それならそうで、揺るぎないってのはどこにくるのさ」
「それはもう、あくまでも理想の話さ。自分がどんなに尽くしてもいつまでも変わりなくいてくれる人がいるなら最高だって。そんな人はそもそも尽くされることを嫌うだろうし、いざ付き合ってやっぱり違ったなんて失礼極まりないって仲田さん自身が」
「わかってんじゃ~ん」
窪内は酔っていても酔っていなくても気分が高揚すると、言動が軽くなる。決していい加減なわけじゃないことはこの場にいる者ならばちゃんと理解している。
「でもなんかわかったわ、鷹名瀬が好一朗にそいつを合わせた理由」
「俺も」
俺はさっぱりですよ、まったく。
〆の茶漬けでも頼もうかな。
メニューを開いて思案していると、さっとそれを奪われた。
佐藤だ。
「コウちゃん」
「そう呼ぶのはやめたんじゃなかったのか?」
学生時代はみんなにそう呼ばれていたが、就職が決まった時にこれからは”好一朗”と呼ぶと変な宣言を受けたのだ。
大学は街から離れていたから、地元に残っていた三人と心の距離もできたのかと思ったが、名前を呼ぶのはこれからは厳しくいくためだとこれまた謎だった。
しかも何を厳しくされているのか一年以上経っても分からずにいる。
大体柿本と言う苗字で呼ばれないのだって、一つ上の姉が学校で有名人だったせいで、柿本=姉で、その姉がコウちゃんと呼ぶからそれが浸透したせいだ。
コウちゃんと呼ぶことを甘やかしだと言うならば、もっと早くにやめてくれても良かったのだ。今更幼馴染にどう呼ばれるかなんて気にもしていなかったのが悔やまれるくらいに。
それなのにまた戻す気なのか。
「別に好一朗でいいんだけど」
「ヤだ、俺は本当はコウちゃんって呼びたかったんだから」
佐藤よ~、さっきまで真っ当に見えていたのに、しっかり酔ってやがる。
「なんて呼んでくれても構わんが、厳しくするとかなんとかどうなったんだ?」
「コウちゃんそんなの関係ないじゃん!」
「……そっちが勝手に言い出したんだろう」
俺がぼやくと窪内が笑いだした。
「厳しくするってのは俺たちがお前を連れまわしたりしないようにするための口実だ。こっちに就職するって聞いて嬉しくなって昔みたいに毎日会うようになったら駄目だからな」
そんなこと気にしてたのか。
「ダメってことないだろ、どうせみんな仕事忙しくて頻繁になんて会えないんだから」
「いや駄目だ」
やたらきっぱりした声で言ったのは鷹名瀬だった。そして他の二人も頷いている。
「俺たちは、お前が大学行ったら向こうで男作ってこっちには帰ってこないって思ってた。そりゃ休みになればよく帰ってきてたし、俺たちに何かあればすぐ戻ってきてくれたしてたけど、だからこそそういう距離にいることをお前は選んだんだって」
「それは受かったのが家から通うのが少しツラいところだからって説明しただろ、俺の頭がイマイチだったのが原因でそれ以外理由ないって納得してたんじゃなかったのか」
本当にそれが地元を離れた理由だ。
地元だって田舎ってほどじゃない中堅都市だから探そうとすれば出会いの場くらいある。それは俺よりもなぜかみんなの方が知ってくるくらいだ。
「そうかもしれないけど、ここより少しは都会だし、他人ばっかりの方が恋人作りやすかと思ったんだよ」
佐藤は俺にもたれるように座って視線の合わない方を向いている。
「でも結局誰とも付き合わなままこっちに戻ってきた。俺ははじめ嘘ついてるんだと思ってたよ。気恥ずかしいのか、言えないほどひどい恋愛したのかってな。でもマジで違うし、モテないとか平気で言うしな」
窪内はそんなことを言うが、そこを責められても俺にはどうすることもできない。
「実際そうだからしかたないだろ」
ダサいってほどのセンスはしてないつもりだし、甲斐性があるほどではないにしてもしっかり働いている。好きな相手には誠実なつもりだし、片思い中に他に目移りしたことはない。間抜けな顔だけど、良い意味でも十人並みで、太ってもなければガリガリでもない。料理はできないまでも自分でおにぎりくらい握れるし、一人暮らしができるくらいには掃除も洗濯もできる。
でも結局そういうことではモテたりしない。モテたいわけでもないからいいんだけど。
一人でも好きな相手と付き合えればそれでいいし、その結末が別れであっても構わない。一生のうちにそう言う恋愛が一回できればそのほかずっと独りでも贅沢は言わない。
「モテないと思ってるはお前だけだから、男は知らんが女子には密かに人気あったんだぞ」
「本当なら嬉しいけど、女子にモテてもさ」
可愛い生き物だとは思うが、それがときめきに変わることはない。女子たちの恋愛話や、ダイエットや美容や食べ物に関する話はいくら聞いても楽しめるが、たぶん自分に降りかかることではないと心のどこかで思ってるからだろう。
でも楽しい。今の職場でも女子のランチタイムに混ぜてくれることがある。良いカフェを見つけると連れて行ってくれるのだ。そういうところは間違いなく美味しいし、きっちり割り勘。多少の見返りに、目当ての男性社員と話す機会をちょっと作るくらいは容易い御用だった。
そういう強かなところも逆に付き合いやすかったりする。
男でも仕事が絡めば範疇外に自然になる。
そもそも俺のストライクゾーンが激狭なのか?
「たぶん言わないだけで男でもお前に惚れてたやつはいるはずだ」
「変な確信持つな、ないからそれ」
「俺もいたと思う、俺もコウちゃんとなら付き合えるって思ったし」
佐藤の言葉に鳥肌ものだ。
「やめろよー、気持ちわるいー」
不思議なことに友人はもう男と言うジャンルでもなくなっている。
「二人にも止められた、結局コウちゃんのこと傷つけるだけだって言われた」
「そうだ、それにお前彼女いるだろ。そろそろ結婚するんだろ」
そもそも三人は俺と真逆でなかなかドラマティックに恋愛している。佐藤は平均的に、鷹名瀬はいちずに、窪内は波瀾万丈に。
就職の早かった佐藤は二十歳前後に出会った彼女と結婚話がある。
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窪内は今はフリー。過去の恋愛は壮絶なものもあったから、フリーの状態を楽しんでいる。
「結婚しても俺と遊んでくれる?」
佐藤が酔いで潤んだ目で見つめながら聞いてくる。
平均的な身長でも、子犬のような可愛さがある佐藤はそういう表情も違和感がない。
「それはこっちのセリフだと思うけど」
俺はもうただ苦笑いするだけだ。
そもそもなんの話だったかも分からないくらいに酔いが回ってきたので、そろそろお開きにすることにした。
強めに言われたのか、鷹名瀬が和寿を呼んでそう待つことなくいつもの車がやってきた。
「おかえり。鷹名瀬君以外は初めましてだね」
車から降りてきて、中に誘導してくれる。
俺はどこに乗るべきかと考えていると、全員に助手席に押し込まれた。
「みんなで集まるのは久しぶりってコウから聞いてたんだけど、どうだった?」
出発した後目的地を確認すると、和寿が後ろの三人に話しかけた。
「楽しかったですよ、少し話足りないくらいなんですが、飲み過ぎでこれ以上はまともに話せないんで」
鷹名瀬の答えに和寿は笑った。
「楽しかったなら良かった」
「半分くらいは仲田さんの話だったけどな」
「コウが愚痴でも言ってたかな」
窪内の言葉に和寿は冗談めかして言うが、俺は慌てた。
「愚痴るようなことないから」
「そう? 友達との飲み会に迎えにくるってうざいとか言わなかった?」
和寿は楽しそうの笑いながら言うが、さっきの三人の会話を聞いてりるだけにどういうつもりで聞いているのか困る。
「コウちゃんは何も言ってなかったですよ」
「そうそう、普通に飲んで飯食ってたな」
佐藤はさすがのフォローだが、窪内の追加はいるか疑問だ。事実なだけに否定もできないし。
「そっかぁ、それはそれで少しさみしいなー」
「全くしてないわけじゃないから、良くしてもらってるって話したんだよ」
普通の人はこんな場面を何度も乗り越えてるのか。
機嫌取りをしたいわけじゃないけど、切なそうにされると居たたまれなくなる。
「ありがと。実はね、コウの友達に会っておきたい下心もあったんだ」
「俺たちにですか?」
「鷹名瀬君が君たちが必死にコウの恋人探してるって教えてくれてたから、そのお眼鏡に敵うようになっていきたいと思ってるんだ」
「俺らがコウちゃんにふさわしくないって言ったら自分を変えるってこと?」
佐藤はやや前のめりに言う。
「変えられるところはいくらでも。できれば応援してもらって、コウの大事な人は俺にとっても大事にしたい。それにその方が安心もできる」
「安心?」
俺はなにが不安なのか分からなくて、思わず聞いていた。
「あんな奴とは別れた方がいいって言われたら、コウが離れていくかもしれないでしょ?」
「そこまで短絡的なつもりはないけど」
「コウちゃんを泣かすようなことしたら意地でも別れさせる」
「俺も~」
「それは俺もです」
冗談か本気が、酔ってる人間の発言だ。
佐藤はなんかは酔ってるからこそ本気そうで怖いけど。
「別れるかどうかは俺が決めるから」
軽く言ったつもりなのに、車内は静かになってしまった。
「え? なんで」
「和寿さんって名前だっけ? これからそう呼んでもいいか?」
俺の動揺をよそに唐突に窪内が話し出した。
「もちろん構わないよ」
和寿が笑顔で答えている。
俺のことは置いてけぼりですか。
「コウちゃんはさ、すごく俺らのこと信頼してくれてるんだ」
窪内まで昔の呼び方に戻るのかよ。
「それは少し妬けるね」
「妬いてくれてもいいくらいの自信はある。俺たちの友情はコウちゃんが思ってる以上に厚い」
そこは俺じゃなくて和寿が思うってのが正しいんじゃないだろうか。
「それはけん制されてるのかな」
笑いながら後ろに声を投げる和寿は気にしている風ではない。
「けん制じゃなくて注意。そんな固い友情でもコウちゃんを説得でない時があるから」
「決意固めちゃってるときとか、ものすごく怒ってるときとか」
「そういう時のコウちゃんは逆に凄く冷静なんですよ。話聞いてくれるけど、絶対曲げない。下手したら歩み寄ることもせずに切り捨てたりするくらい」
窪内、佐藤、鷹名瀬と言葉をつなげていくのは昔からだ。得意芸だとよく笑っていが、その息の合い方が畳みかけられるようで、迫力があるのだ。
言われていることに自覚のある俺としてはそんなに強調しなくてもと気恥ずかしく思ってしまう。
「そんなこと和寿に教えなくいいって」
「言っとかないと、つまらない喧嘩が長引くことだってあるんだぞ」
そんな経験者は語る的なこと言われても、喧嘩してるときはつまらないとか関係ないんじゃなかろうか。
「俺たちが話聞いてなんとかなるならいいけど、和寿さんに柔軟になってもらった方が早い。コウちゃんが何か決めた後には誰もそれを覆せないから」
「そんなことないから」
それを誰も認めてはくれなかった。
知らないであろう和寿さえも肝に銘じるとか言っていた。
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主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。
碧スバル(21)
指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。
「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」
「スバル、お前なにいってんの……?」
冗談? 本気? 二人の結末は?
美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。
王様お許しください
nano ひにゃ
BL
魔王様に気に入られる弱小魔物。
気ままに暮らしていた所に突然魔王が城と共に現れ抱かれるようになる。
性描写は予告なく入ります、冒頭からですのでご注意ください。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
最強S級冒険者が俺にだけ過保護すぎる!
天宮叶
BL
前世の世界で亡くなった主人公は、突然知らない世界で知らない人物、クリスの身体へと転生してしまう。クリスが眠っていた屋敷の主であるダリウスに、思い切って事情を説明した主人公。しかし事情を聞いたダリウスは突然「結婚しようか」と主人公に求婚してくる。
なんとかその求婚を断り、ダリウスと共に屋敷の外へと出た主人公は、自分が転生した世界が魔法やモンスターの存在するファンタジー世界だと気がつき冒険者を目指すことにするが____
過保護すぎる大型犬系最強S級冒険者攻めに振り回されていると思いきや、自由奔放で強気な性格を発揮して無自覚に振り回し返す元気な受けのドタバタオメガバースラブコメディの予定
要所要所シリアスが入ります。
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