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友人の熱意のためにも、少し前向きになってみることにした俺は、積極的に会う約束をした。
時間が合えば週一は必ず泊まりにいっている。
もちろん少しずつってのもちゃんとしてもらってる。
触りあうことになれた頃いよいよワンステップ上がった。
「今日はちょっと違うことしてみる?」
「……いよいよか」
「そんなに意気込まなくていいよ」
寝室のベッドの上で苦笑をもらっても俺の表情が和らぐことはない。
なにせ自分でも調べてるから知識だけは増えた。でも自分で開発することは禁止されてるから、今以て未知の世界であることは違いない。
自分でやって万一痛いことになったらダメだからだって言われたら、器用さに少々不安のある俺は言われるままにしないことにしている。
自分で触るの怖いんだから、もう臆病者と誰かに罵られても構わない。
「後ろ使うのにそんない抵抗あるなら素又とかしようか」
「す、また……」
あの腿にナニを挟むやつですか。
そういう手もあるのかと想像してみて俺は振るえた。
「無理! それ無理だから!!」
「え? どうして」
俺のあまりの慄(おのの)きように和寿は意味を理解していないと思ったのか、行為を説明しようと俺の太ももを掴んでくる。
実は風呂上がりから和寿のシャツだけを着させられているから、ブカブカの裾の下は裸だったりする。
和寿の頼みでしてることだけど、ベッドの上ではされるだけの俺に文句を言う資格はないと思って、恥ずかしさはぐっと堪えて毎回用意されたのを着ている。
終われば自分の持ってたパジャマを着て寝るんだから一時のことだ。
それくらいで和寿も少しは興奮してくれるなら大した問題じゃない。
「ちょ、ダメ。わかってるから、大丈夫」
だから素肌の太ももに和寿の手を置かれると、少しビビる。
「じゃあどうして?」
「だって、間違えて入ったらどうするんだよ」
「……そんな簡単に入るものじゃないから大丈夫だよ」
さすがに少し呆れた様子で笑ってるけど、俺としては切実だ。
和寿はしないだろうと分かっていても、無理やり突っ込まれることを心配しながらじゃ俺は自分が震えだすんじゃないかと思う。
「大丈夫だって分かってるけど、……怖い」
「うん、大丈夫だよ。でも、それでも怖いとなるとすこし困ったな」
「指ならだぶん平気だから」
和寿は不審げな目を向けてきた。
「まさか自分でしたの?」
「違う! 全く触ってもない」
「じゃあどうして、足の間に挟むだけでも怖いんだよ?」
不思議そうに見つめられて、怒ってないことはわかって安心した。
俺の感覚の問題だからうまく説明するのは難しいが頑張ってみる。
「和寿の指は性感帯じゃないから、暴走したりしないと思うから……」
「つまり、俺が気持ちよくなって無茶するのが怖いってことかな」
「分かってるよ、和寿がそんなじゃないってことは。でも男は、狼だから」
乙女かよって突っ込みを自分でもしたさ。
和寿も一瞬目を丸くしていたけど、すぐに笑いだして俺を抱きしめた。
「そうだね、俺も狼にならないとは言い切れないから。でも指いれられるのは本当に大丈夫なの?」
「……大丈夫だと思いたい」
「じゃあチャレンジしてみようね、どうしてもダメだったらまた考えよう」
そうして優しくキスしてくれた。
「顔見えた方がコウは安心かな?」
俺は神妙に頷いた。
「横向きに寝転がってちょっとだけ膝抱えてね」
「横?」
想定では仰向けで、足をがばって局部を和寿にさらすと思っていたのに違うらしい。
「少しでも楽な方がいいと思って、仰向けだと足抱えるのが大変でしょ」
確かに。今更ながら恥ずかしさもあるからありがたい。
ただ相手の顔が見えるというのは良し悪しかもしれない。和寿の顔で安心できることは確かだけど、嫌そうな顔されたらどうしようかとも思うし、さらに俺の顔を見られるのだから変な顔して嫌われないかという思いもある。
「少しひやっとするからね」
いつのまに用意したのか、さすがに手元までは見れなくてたぶんローション的なものを使うと言っていると理解して頷いた。
言われたほど冷たさは感じなかったが、入れられはしないが触られている感触がやってきて、思わず目をつぶってしまった。
「コウ。急に入れたりしないから大丈夫だよ。でも呼吸は止めると痛くなるだろうからゆっくり息しててね」
なるほど、力むなってことか。
深呼吸をできるだけ焦らずしながら、そこを触る指の感覚になれたころ、俺はやっと目を開けた。
それを見た和寿がにっこり笑った。
「そろそろ入れてみる?」
息が止まりそうになるのを堪えて、二回深呼吸。頷いて見せた。
「指一本入れるだけなら、誰でも大丈夫だから心配ないよ。感じたことない感触で気持ち悪いかもしれないけど、痛いことはないからね」
言いながら指は確実に体内にやってきた。
俺は今度は意識して和寿の顔をみるようにして、感覚から意識を逸らそうとした。
そうしたところで、分かるものは分かる。
ただ思ってた程大変なこともなかった。ぬめりのお蔭なのか、すごくゆっくりしてくれているお蔭なのか、和寿の長い指が体の中に納まってくのが分かっても強い違和感もなく、もちろん痛みなんかない。
でも気持ちいいこともなく、こんなもんかってな感じだ。
「大丈夫そうだね」
俺の顔を見て和寿が笑った。
「……思ったより、平気」
「じゃあ今度は抜いてみようね」
指の動きが変わる。
「ぅんっ!」
「抜くときの方が感じる?」
感じるというのか分からないが、自然と力が入りそうになる。すると指の感触がよりリアルに感じるから息を吐いて力を抜くことを心がける。
「もう一回入れるね。リラックス、リラックス」
言われながら、出し入れを繰り返されてその日はそれ以上はなく。あとはいつも通り、触りあいして就寝した。
そんな感じで進んでいくと疑問が出てくる。
俺はかなりの恥ずかしさを伴いながら少しずつ快感も覚えさせられるが、そうされてる間和寿は何も気持ちよくないだろうと思うのだ。もちろんその開発行為だけで終わるわけじゃなく、キスしたり抜きあったりするんだから、まったく得がないことはない。
得って言い方もどうかと思うが……。
愛撫もセックスの一部だと考えれば不思議に感じることもないのだろうか。
こういう時に恋愛経験ゼロな自分が不甲斐なくなる。
誰かに相談するべきなのか、一人で答えを出すべきなのか。ネットを探ってみても、和寿のような彼氏が居たなんて体験談ほとんどない。ひどい抱かれ方をするとか、尽くすばかりで愛されている実感がないとかあるが、丁寧に事を進められていることに疑問を抱いているなんて贅沢な悩みなのだろう。
そしてもう一つ悩みがある。
その悩みは鷹名瀬に聞いてもらうことにした。
そのために飲みに誘うと、佐藤と窪内もその場に現れた。
二人とも俺のことを知っている友人だから構わないが、和寿とのことを話したいと言っていたのに鷹名瀬がわざわざ呼んだ理由が気になった。
「別にいいんだけどさ、なんでこの二人も一緒なわけ?」
一杯目の乾杯の直後に聞くと、鷹名瀬はケロっとした顔で言う。
「二人もお前の初めての恋バナに興味があるからだろ」
「そうそう、やっと好一朗のそういう話聞けるんだから来るしかないだろう」
楽しそうな窪内に多少イラッとするが悪気があるわけじゃないから、気分を害されるほどじゃない。黙っていると鋭い目元で怖がられ、話すとチャラさの方が際立つが根は良い奴だ。
一方普段柔和な雰囲気の佐藤は真逆でやたらと心配そうだ。
「で? どうなの、その仲田って人は? ひどい目にあってるとかじゃないよな」
「そんな人紹介してないって、お前らだって好一朗に変な奴会せたりしないだろう」
鷹名瀬の反論に納得するのをみて、俺はなんだか可笑しくなってくる。
「お前ら俺の何なの、親でもないのにそんな心配してさ」
俺が笑いながら言うと三人は存外真剣な顔になった。
「心配に決まってるだろ」
「それで相談したいみたいな話だったら、気になるに決まってる。本当に大丈夫なのか?」
「仲田さんのことは俺も信用してるけど、どうなんだ?」
なんでそんなにと思わないことはなかったが、興味本位だけではないと分かっているからこそ素直に話してみる。
「それが信じられないくらい良くしてもらってる」
「なんだー、良かった良かった!」
横に座っていた窪内は俺の背中をバンバン叩いて、ジョッキを煽る。
でもさすがの佐藤は先を促してくれる。
「良くしてもらってるって具体的にどんな?」
「たぶん至れり尽くせりってこういうこと言うんだろうなってくらい。送り迎えは当然みたいだし、料理もしてくれて、俺の物も洗濯してくれて、どんな場面でも俺の意見を優先してくれるけど、ちゃんとリードして予定とかいろいろ決めてくれるところもある。たぶん完璧だろ?」
しかもそれを当たり前みたいにするから、俺はお礼を言うくらいしかできない。さすがに三人には言わないが、ベッドの上でも俺に合わせてくれているんだから、感服する。
「それが悩み?」
何を贅沢なって言いそうな雰囲気に俺は本題に入った。
「そこまでされたら好きになるだろ?」
俺はそれが悩みだった。
佐藤は俺の言葉に深く頷いた。
「それはマジで良かった。やっと好きな人と付き合えたんだな」
「でもそんな良い人だから好きになったなんてありか?」
俺が間髪入れずに聞くと、窪内が笑う。
「普通だろ? 何が悩みなんだよ」
「二つ。一つはこんな風に好きになって申し訳ないのと、もう一つはそんな完璧な人が俺のこと好きになんかなるか?」
「人の趣味なんてそれぞれだし、好一朗はもっと自信もっていい」
そう言うのは佐藤だ。それに素直に頷くことはできない。
「俺ほんと何にもできないんだけど、顔もだけど金も持ってないし特技もないし、おまけに……童貞処女」
「最後のは意外とステータスかもだろ」
窪内は笑うが実情を知ってる俺からすれば大問題だ。
「じゃあ俺が未経験なのが目的ならやったら捨てられるんじゃないか?」
「それを心配してるのか?」
佐藤が聞いてくる。
「目的がそれならそれでもいいんだ。でも一応違うって言われてるからどうなのかなと思ってさ」
「違うって言うなら違うんでしょ。なんで付き合うのかなんて本人しか分からないんだから。初めてでいろいろ不安なだけだよ、好一朗」
佐藤は俺の横にきてやさしい顔で俺の頭を撫でた。
酔い始めてるんだなっと俺は特に拒むことなく撫でられるままに放っておいた。
その時、黙って聞いていた鷹名瀬のスマホが鳴った。掛けてきている相手が表示されている画面を見て一瞬目を見開いてすぐに電話を取った。
「はい! どうされたんですか!? はい、いますけど。はい、すぐ代わります」
そしてその電話は俺のところに回ってきた。
表示をみると仲田和寿さんと出ている。首を傾げながらも耳にスマホをあてる。
「もしもし?」
『飲み会中にごめんね、少し声が聞きたくなって』
「……うん」
なんていうか、恥ずかしい。どう答えていいか分からない。
『明日迎えに行くって約束してたけど、今日迎えに行ってもいいかな? もちろんゆっくり飲み会楽しんだ後で電話くれればお店まで行くからね。お友達もみんな送るから終電逃しても大丈夫だよ』
今日は金曜日だから、この後から泊まりに行くのに何の問題もないが、迎えまでお願いするのは気が引ける。
「さすがにそこまでは」
『大丈夫、大丈夫。どうせ仕事残ってるからそれしながら待ってるし、深夜ドライブできると思えばモチベーションもあがるからね』
「うーん、でも」
『気にしないで、鷹名瀬君にかわってくれる?』
「……うん」
鷹名瀬にかわると、たぶん同じことを話しているのだろう。恐縮しきりで、でも最後に了承したようで電話を終えた。
「なになに? 好一朗の彼氏?」
窪内の目が楽し気に輝く。
鷹名瀬が電話の内容を話すと、窪内は嬉しそうに佐藤はいぶかし気な表情になった。
「いい彼氏じゃないか!」
「ちょっと変じゃないか? 好一朗を迎えにくるのはいいとしても俺たちまで送ってくって」
鷹名瀬がおもむろに俺の方を見て真面目な顔をした。
「お前、仲田さんと付き合っててしんどいか?」
「しんどい?」
表情が真剣なだけに、俺もちゃんと考えてから答えた。
「しんどいと思ったことはないけど、なんでそんなに良くしてくれるのかは不思議でしかたない」
「実は仲田さんのお兄さんから聞いたんだけど、その場に仲田さんもいたから間違いない話」
「え? なに?」
そう聞いたのは俺ではなく佐藤だった。
なんで俺よりも前のめりなんだ、佐藤よ。
「仲田さんはここ何年かは付き合った人はいなくて、その前の恋人何人かとはわりと適当な付き合い方してたらしい。問題は初恋とその次、二人目。初恋は小5で、女の子の方から告白されて付き合い始めたらしい」
「初恋の癖に女子から告白されるなんて実はヘタレとか?」
そう突っ込むのは窪内だ。
「なんとなくいいなと思ってた相手に付き合ってくうちに本気になったって」
今の俺の状況に似てるか。
俺は特に口を挟まず、鷹名瀬は話を続ける。
「結局中2の初めくらいまで付き合って、仲田さんが構い過ぎて、彼女の方が別に好きな相手ができたって別れた。次は中3で一緒にクラス委員やった子で、流れで良い雰囲気になって高校3年まで付き合って、重いって言われて振られた。それからは適当な付き合いするようになったて」
「そんな詳しくお前に話す兄貴ってどうなの?」
佐藤のいうことはもっともだと俺も思ったし、本人以外から過去の恋愛談なんて聞いて良かったのかとも思った。
後悔するほどじゃないけど、申し訳ないような気がした。
鷹名瀬は気にしている風でもない。
「そんな話なら冗談交じりに言うだろ、その場に本人もしたしな」
「てかさ、」
佐藤が強い口調で鷹名瀬に詰め寄った。
「そんな奴好一朗に紹介するってなんなの? 条件良かったし、お前も薦めるから了承したのに、そんな話だったら俺は許さなかった」
俺の話だよな?
それなのに佐藤の了承が必要な理由が知りてーよ。
そう口を挟む前に窪内が鷹名瀬の胸倉をつかんでいた。
「お前まさか、適当な奴に好一朗とやらせて、ハクでもつけば好一朗が恋愛に積極的になるとでも思ったか!」
ハクって何だよ……。俺がいろいろ未経験なことがそんなに問題になっているのか。
別にトラウマがあって恋愛できないとかじゃないんだから、そこまで心配しないだろうと思っていたけど、どうやら俺が適当に生きてるせいで友情にヒビが入りそうな状況だ。
「あ、あのさー」
なんて言っていいものか分からない俺の声など三人には届かない。
鷹名瀬が窪内の手を払いながら言う。
「俺も本気で好一朗の相手を探した。今までは適当でも本気で付き合ってくれるなら大丈夫だと思ったから好一朗に会せたんだ」
「本気じゃ重たいんだろうが! 好一朗が束縛されて喜ぶと思ってんのかよ」
「まさかさっきの電話も俺たちへのけん制なのか、もう会うなとか言われるんじゃないだろうな」
窪内も佐藤も険しい顔で鷹名瀬を見ている。
俺の方には見向きもしないってどうなんだろうと思ってること自体、他人事感が俺の中にあった。
そんな俺は当然置いてけぼりで話は進んでいく。
時間が合えば週一は必ず泊まりにいっている。
もちろん少しずつってのもちゃんとしてもらってる。
触りあうことになれた頃いよいよワンステップ上がった。
「今日はちょっと違うことしてみる?」
「……いよいよか」
「そんなに意気込まなくていいよ」
寝室のベッドの上で苦笑をもらっても俺の表情が和らぐことはない。
なにせ自分でも調べてるから知識だけは増えた。でも自分で開発することは禁止されてるから、今以て未知の世界であることは違いない。
自分でやって万一痛いことになったらダメだからだって言われたら、器用さに少々不安のある俺は言われるままにしないことにしている。
自分で触るの怖いんだから、もう臆病者と誰かに罵られても構わない。
「後ろ使うのにそんない抵抗あるなら素又とかしようか」
「す、また……」
あの腿にナニを挟むやつですか。
そういう手もあるのかと想像してみて俺は振るえた。
「無理! それ無理だから!!」
「え? どうして」
俺のあまりの慄(おのの)きように和寿は意味を理解していないと思ったのか、行為を説明しようと俺の太ももを掴んでくる。
実は風呂上がりから和寿のシャツだけを着させられているから、ブカブカの裾の下は裸だったりする。
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終われば自分の持ってたパジャマを着て寝るんだから一時のことだ。
それくらいで和寿も少しは興奮してくれるなら大した問題じゃない。
「ちょ、ダメ。わかってるから、大丈夫」
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「大丈夫だって分かってるけど、……怖い」
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「横?」
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「少しひやっとするからね」
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言われたほど冷たさは感じなかったが、入れられはしないが触られている感触がやってきて、思わず目をつぶってしまった。
「コウ。急に入れたりしないから大丈夫だよ。でも呼吸は止めると痛くなるだろうからゆっくり息しててね」
なるほど、力むなってことか。
深呼吸をできるだけ焦らずしながら、そこを触る指の感覚になれたころ、俺はやっと目を開けた。
それを見た和寿がにっこり笑った。
「そろそろ入れてみる?」
息が止まりそうになるのを堪えて、二回深呼吸。頷いて見せた。
「指一本入れるだけなら、誰でも大丈夫だから心配ないよ。感じたことない感触で気持ち悪いかもしれないけど、痛いことはないからね」
言いながら指は確実に体内にやってきた。
俺は今度は意識して和寿の顔をみるようにして、感覚から意識を逸らそうとした。
そうしたところで、分かるものは分かる。
ただ思ってた程大変なこともなかった。ぬめりのお蔭なのか、すごくゆっくりしてくれているお蔭なのか、和寿の長い指が体の中に納まってくのが分かっても強い違和感もなく、もちろん痛みなんかない。
でも気持ちいいこともなく、こんなもんかってな感じだ。
「大丈夫そうだね」
俺の顔を見て和寿が笑った。
「……思ったより、平気」
「じゃあ今度は抜いてみようね」
指の動きが変わる。
「ぅんっ!」
「抜くときの方が感じる?」
感じるというのか分からないが、自然と力が入りそうになる。すると指の感触がよりリアルに感じるから息を吐いて力を抜くことを心がける。
「もう一回入れるね。リラックス、リラックス」
言われながら、出し入れを繰り返されてその日はそれ以上はなく。あとはいつも通り、触りあいして就寝した。
そんな感じで進んでいくと疑問が出てくる。
俺はかなりの恥ずかしさを伴いながら少しずつ快感も覚えさせられるが、そうされてる間和寿は何も気持ちよくないだろうと思うのだ。もちろんその開発行為だけで終わるわけじゃなく、キスしたり抜きあったりするんだから、まったく得がないことはない。
得って言い方もどうかと思うが……。
愛撫もセックスの一部だと考えれば不思議に感じることもないのだろうか。
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「それが悩み?」
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「普通だろ? 何が悩みなんだよ」
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「それを心配してるのか?」
佐藤が聞いてくる。
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「もしもし?」
『飲み会中にごめんね、少し声が聞きたくなって』
「……うん」
なんていうか、恥ずかしい。どう答えていいか分からない。
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『大丈夫、大丈夫。どうせ仕事残ってるからそれしながら待ってるし、深夜ドライブできると思えばモチベーションもあがるからね』
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『気にしないで、鷹名瀬君にかわってくれる?』
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「いい彼氏じゃないか!」
「ちょっと変じゃないか? 好一朗を迎えにくるのはいいとしても俺たちまで送ってくって」
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「お前、仲田さんと付き合っててしんどいか?」
「しんどい?」
表情が真剣なだけに、俺もちゃんと考えてから答えた。
「しんどいと思ったことはないけど、なんでそんなに良くしてくれるのかは不思議でしかたない」
「実は仲田さんのお兄さんから聞いたんだけど、その場に仲田さんもいたから間違いない話」
「え? なに?」
そう聞いたのは俺ではなく佐藤だった。
なんで俺よりも前のめりなんだ、佐藤よ。
「仲田さんはここ何年かは付き合った人はいなくて、その前の恋人何人かとはわりと適当な付き合い方してたらしい。問題は初恋とその次、二人目。初恋は小5で、女の子の方から告白されて付き合い始めたらしい」
「初恋の癖に女子から告白されるなんて実はヘタレとか?」
そう突っ込むのは窪内だ。
「なんとなくいいなと思ってた相手に付き合ってくうちに本気になったって」
今の俺の状況に似てるか。
俺は特に口を挟まず、鷹名瀬は話を続ける。
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「そんな詳しくお前に話す兄貴ってどうなの?」
佐藤のいうことはもっともだと俺も思ったし、本人以外から過去の恋愛談なんて聞いて良かったのかとも思った。
後悔するほどじゃないけど、申し訳ないような気がした。
鷹名瀬は気にしている風でもない。
「そんな話なら冗談交じりに言うだろ、その場に本人もしたしな」
「てかさ、」
佐藤が強い口調で鷹名瀬に詰め寄った。
「そんな奴好一朗に紹介するってなんなの? 条件良かったし、お前も薦めるから了承したのに、そんな話だったら俺は許さなかった」
俺の話だよな?
それなのに佐藤の了承が必要な理由が知りてーよ。
そう口を挟む前に窪内が鷹名瀬の胸倉をつかんでいた。
「お前まさか、適当な奴に好一朗とやらせて、ハクでもつけば好一朗が恋愛に積極的になるとでも思ったか!」
ハクって何だよ……。俺がいろいろ未経験なことがそんなに問題になっているのか。
別にトラウマがあって恋愛できないとかじゃないんだから、そこまで心配しないだろうと思っていたけど、どうやら俺が適当に生きてるせいで友情にヒビが入りそうな状況だ。
「あ、あのさー」
なんて言っていいものか分からない俺の声など三人には届かない。
鷹名瀬が窪内の手を払いながら言う。
「俺も本気で好一朗の相手を探した。今までは適当でも本気で付き合ってくれるなら大丈夫だと思ったから好一朗に会せたんだ」
「本気じゃ重たいんだろうが! 好一朗が束縛されて喜ぶと思ってんのかよ」
「まさかさっきの電話も俺たちへのけん制なのか、もう会うなとか言われるんじゃないだろうな」
窪内も佐藤も険しい顔で鷹名瀬を見ている。
俺の方には見向きもしないってどうなんだろうと思ってること自体、他人事感が俺の中にあった。
そんな俺は当然置いてけぼりで話は進んでいく。
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小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
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