初体験

nano ひにゃ

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 カバッと起き上がって、横で寝ていた和寿を驚かせた。

「……コウ?」
「あれ?! 朝? あれ、昨日? あれ?」

 夜の出来事は夢だったのか、寝てる意識もなかったからとび起きたことも不思議だった。

「コウ、寝ぼけてるのかな?」
「寝ぼけ? ……そうなのかな」

 予期せず起こされたはずの和寿は機嫌を損ねた様子もなく、ベッドの上で呆然としている俺の横に座って優しく抱きしめてきた。

「おはよう、コウ」

 耳元で起き抜けののんびりとした声で言われて少し体を離すと、昨日より少し瞼が重たく、緩んだ顔が穏やかに微笑んだ。
 逆に自分がどんなだらしない感じになっているか心配で、顔が見えないように胸元に埋もれるように隠れた。

「……おはよう」
「ちょっと早いけどもう起きようか、朝ごはんはパンがいい? ごはんがいい?」

 和寿は特に俺の行動を気にせず、抱きしめる腕だけやや強めるとあやすように少しだけ左右に揺れる。
 その心地よさに少し身を任せてから、素直に答えた。

「……ごはん、かな」
「了解、コウはベッドでゆっくりしてていいからね」
「え? 大丈夫、俺も起きる」

 さすがに顔を上げると、にっこりとした昨日見た笑顔にすでになっていた。
 イイ男は時間を選ばないんだな。

「じゃあ、すぐにコーヒー淹れるね」
「……ありがと」

 ベッドから降りて、和寿の後ろに着いてリビングに行く。
 ソファーを勧められて座り和寿はキッチンに立つが、そこから俺の方を見ると一旦寝室に戻りまた俺の元に戻ってきた。

「ちょっと目に毒だから」

 渡されたものを見ると、綺麗にたたまれたパンツとズボン。
 忘れてた。
 もそもそと穿いて、恥ずかしさでソファーの上で小さくなった。
 少しして、ローテーブルにコーヒーが置かれる。

「どうぞ、朝は少し糖分取っておくと頭がすっきりするから甘めにしてあるよ」

 昨日レストランでデザート食べながら、甘いものも好きだと話したのを覚えていたんだ。
 その時はブラックで飲んでいたが、コーヒーショップではいろいろ頼むとも話した。

「いただきます」

 ほんのりミルクの入った甘めのコーヒー。
 不思議と体に染みわたるようだった。

 朝食後、身支度を整えて帰ろうかと考えだした時。

「ちょっと話しない?」
「話?」

 なんだろうとソファーに戻った。
 横に座った和寿は昨日よりはラフな服装になっているが、もちろん良く似合っている。寝る時のただのシャツとジャージ姿でも決まってるんだから、どんなものを着ても似合うようになってるんだろう。
 俺は急な泊まりで昨日と同じ服だ。

「今後のことなんだけど」

 確かに気になる。
 温かい表情の和寿だけど、だからこそ何を考えているのか全く分からない。
 昨日は好きだとか言ってけど、そんなものあっさり信じるものじゃない。
 その上俺自身の気持ちもよく分からない。

「その顔は俺の気持ちを疑ってる感じかな?」
「疑ってるっていうか……難しいっていうか……」

 はっきり言えないのは、打算的な思惑がないわけじゃないからだ。
 だって昨日の気持ちよかったから、ああいうのだったらまたしたいなんて…………俺は単純だよ。
 実は本質は淫乱なのかなー、パンドラの箱を開けた気分だ。
 でもそれなら相手は誰でもいいかと聞かれたら、怖いから無理かも。昨日の夕方のど緊張を忘れてないし、今回は和寿が優しい奴でしかもテクがあったから、無事良かっただけな気がする。
 なら和寿が好きなのか考えても、恋愛のときめきはまだない。
 そう、はっきり言うなら、気持ちいことしてくれるから好き。

「……俺って最低」
「ん? 何か思い当ったんだ、教えて」

 少し俺の顔を眺めていたのを、呟きを聞いて喜々として尋ねてきた。

「えぇ、さすがに言ったら嫌われると思うんだけど。聞かない方が」
「大丈夫だよ、傷つくかもしれないけど、それでも嫌いにはならないから安心して」

 笑顔の和寿に本当に申し訳ない気持ちになってくる。
 こんないい奴はもっと幸せになるべきだ、だから俺のなんかの相手してるより、ちゃんとした人と恋愛してほしい。
 
「傷つけたくもないんだけどさ」
「それは聞いてみたいと分からない。言えないからって距離置かれる方がツラいよ」
「距離置くって……、そんなの……」

 絶対ないとは言いえないのも狡さかもしれない。
 会わないでいれば一回きりのことだと、忘れらるかもしれない。臆病者の俺にはかなり考えられる思考だ。
 そんなことは和寿にはお見通しだったようだ。

「俺のこと嫌い?」

 百戦錬磨だろう和寿に不安げに聞かれると、計算かもと思いながらも動揺してしまう。

「嫌いなんて」
「初めて会った日にエッチなことしたからもう会いたくなくなった?」

 少し必死な様子に俺の方が慌てた。
 結局言いたくなかったことを零すことになる。

「そんなこと! ……むしろ逆って言うか」
「逆なの?」
「……またああいうのしたいなって……俺の方が酷いだろ?」

 傷つけるよりやっぱり嫌われると思ったが、言わずに変な誤解をさせたくなかった。
 昨日のは俺もちゃんと合意の上だし、たぶんかなり気を使ってもらっただろう。大体、鷹名瀬からいろいろ聞いているだろうし、だから拗らせてる俺にはあれぐらいの荒療治が適切だ。
 トラウマ的なことはまったく皆無でただ臆病なだけだから、もしかしたら、あれくらいのことは普通で荒でもなんでもないかもしれないとさえ思う。
 少しブルーになる俺とは反対に和寿の方はまた顔をほころばせていた。

「またしたいって思ってくれたんだ」
「……気持ちよかったから」

 恥ずかしく思うのは俺がウブ過ぎるのか、恥ずかしくなることすら恥ずかしい。
 和寿はそんな俺も面白いようで、ソファーの上でぎゅっと抱き付いてくる。

「じゃあまたしようね」
「でもさ、……でも、それって体だけみたいでひどくないか」
「最初はそれで十分だよ、それに体だけってこともないと思うよ」

 バイの人の感覚は分からない俺は言ってることをうまく理解することができないかった。
 昨日のことを振り返り、気になったことを口にしてみる。 

「……やっぱり突っ込まないと意味ないってこと?」

 横に座っていた和寿が唐突に俺の脇に手を突っ込み、膝の上に横向きに座り直させられた。

「なに、え、なんで?」

 動揺する俺に和寿はスルーを決め込む。

「昨日もそんなこと言ってけど、そっちも興味あるのかな?」
「きょ、興味っていうか……するもんじゃないのか?」

 腿の上で横向きに座らされると顔の位置は近くなるし、やはり声も耳元で言われているようで恥ずかしい。つい俺は膝を抱えるようにして顔を隠す。

「絶対しなければならないってことはないよ。でもしたいならチャレンジするのもやぶさかでもないから、どうする?」

 どうするって、俺に決定権を委ねるなよー。
 膝の間の薄暗く狭い視界の中で、グルグル想像がめぐる。
 自分がしてる姿は……悲惨なものだ。できるだけ痛くないように、一人自分で拡張している光景、相手のモノを必死に受け入れてる醜い表情、耐えるだけで相手に何もできないだろう俺は満足させるなんて程遠いに違いない。
 やるだけ損だ。
 そうだ、そうだ。それが分かってるから俺は今までそんなこととは遠い世界の住人だったんだ。
 良かった、それを思い出して。

「和寿! 俺---んっ!!」  

 勢いよく顔を上げたら、和寿にキスされた。しかもかなりディープなやつ。
 顔は和寿の大きな手で挟むように捕まってるから避けられず、ちゅとやたら音が耳に響き、煽られる。
 ようやく離してもらった時には息があがっていた。

「はぁ、はぁ、急に、なんで」

 目の前にキスで濡れた唇があるとドキドキしてしまう中、なんとか抗議の声を上げてみる。

「良くないこと考えてそうだったから」

 さっきまで顔も見せてなかったのに、何から読み取ったんだ。
 笑顔で俺を見つめるのが余計怪しい。

「なんでそんなこと分かるんだよ」
「勘だけどね、俺わりと鋭いほうだから」

 そんな気がしないでもないところがコヤツの凄いところだ。でもそんなことでめげていたら、ペースを掴まれたままになってしまう。
 俺は必死に抵抗を見せる。 

「それでもなんでキスするんだよ」
「コウはキスが好きだからだよ」
「そんなこと!」

 ……ないとは言えない。昨日初めてしたばっかりなのに、気持ちいいからつい……。
 早速撃沈です。

「好きだけどさー、今する感じだったか?」

 恨めしく見つめると、よしよしするように頭を撫でられる。

「コウはね、何もしなくていいんだよ。全部俺に任せておけば怖いことも嫌なこともないから」
「……それはそれで怖いだろ」
「どのあたりが?」

 聞かれて自分が感じた恐怖に理由を考えた。

「だって……それって」

 和寿に与えられるままになって。じゃあ与えられなくなったらどうなる?

「和寿がいなくなったら、俺はどうすればいい……ってならない?」
「さすが妄想が恋人だって言われてるだけあるね」

 今度は偉い偉いとでも言うように撫でられた。
 それって正解ことなのか。
 だけどそれよりもだ。

「妄想が恋人って…………鷹名瀬が言ってたんだろうなー、完全否定できない自分が若干空しい」
「その妄想ではコウは抱かれる側なのかな」

  そういう前提ではいるが、妄想するときは抱くとか抱かれるとかじゃないんだ、俺は。

「それは、考えたことない。突っ込む方も考えたことないけど」
「じゃあ何を妄想してたの?」

 真面目な顔で聞いてくれるなよ、和寿。

「い、言わない」
「ええー、ぜひ知りたいんだけど」
「恥ずかしすぎる」

 また膝に顔を埋めた。
 何を考えてたかって、そりゃ好みの筋肉質になんとなく体触られることとか、あとはちょっと特殊なシチュエーションで、車の中とかさ、教室とか、大草原とか大自然の中とか、その他いろいろな場所でちょっと触りあったりするだけのことですよ。
 それだけで興奮できるんだから、リアルなんて必要性すら感じなかった。
 知ってしまった今となればなんと温い想像だと分かりますけど。

「大したこと考えてなかったから」

 膝の間から呟いた。

「そう? でも昨日は俺に捧げちゃってもいい覚悟してくれたんだよね?」
「……まあ、そうかも」

 ヤケになってたとも言えるけど。

「俺としてみない? 痛くないように少しずつ」
「するしないに少しずつなんてあるのか?」

 おずおずと顔を上げると、優しい笑顔が頷いた。

「俺に任せてくれたら確実に満足させますよ、どうですコウさん?」

 なんだその言い方。
 思わず笑うと、ぎゅーっと抱きしめられた。
 また可愛いとか言い出すんだろうな。

「かわいい!」
「やっぱりな」
「やっと理解してくれた?」
「まさか、全く分からんけど」

 分からないのに、分かるなんて変だけど、洗脳され始めんたんだろうか。
 たった二日で、大丈夫か俺!
 頭を抱えそうになる俺をまた抱きしめて髪を梳くように撫でてなだめた和寿は本当に俺が好きなのだろうか。

 
 三日後、鷹名瀬に呼び出されて前回と同じ半個室の居酒屋に来た。

「どうだった?」

 そりゃ聞きたいだろうが、一杯目がくるまで待てないもんか。
 俺はそう思って、鷹名瀬を無視してビールを持ってやってきた店員に適当に注文した。

「で? どうだった?」
「お前なー、乾杯ぐらいしないのかよ」

 おざなりにジョッキをぶつけると、口もつけずに聞いてくる。

「で?」
「……別にどうもしない」
「付き合うことになったのか?」
「……一応そういうことになるのか」

 数日後に会う約束はしている。
 欲しいものがあるとかで買い物に行くことになっているが、泊まりの準備もしていく予定だ。

「おお! すげーな、あの仲田さんを落としたか」
「……それはどうだろう、遊ばれてる可能性もあるだろ」
「ないとは断言できないが、そんないい加減な人じゃないと俺は思ってる」

 やたらと自信があるのか、鼻息まで荒い気がする。
 そんな鷹名瀬に引いてる隙に頼んだつまみが次々やってきたのに箸を伸ばしながら聞いた。

「なあ、そこまで言うならお前の印象とか聞いた話でもいいからどんな人が教えろよ」
「中学の頃くらいからはもう結構派手な付き合いしてたって、でもまあ、二十歳過ぎたくらいからは落ち着いて長めに付き合う人もいたらしい。相手も結構な美男美女だったって」
「美男て……誰から聞いたんだよ」
「仲田さんのお兄さん。むしろそっちの仲田さんの方が俺の仕事相手だから」

 鷹名瀬は地域密着のタウン誌を発行しているところで働いている。
 たぶん、地酒の取材ででも知り合ったんだろう。

「そのお兄さんが知ってるってことは家族公認ってことか」

 俺とは大違いだ。
 俺の場合は両親はもちろん姉貴も妹も知らない。

「学生時代にいろいろ事件起こしてるらしくて、痴情のもつれやらストーカーやら」
「俺には想像もできん」
「それでもさ、ここ二年くらいはフリーだったんだって」
「ホントかよ」
「そこは直接聞いたぞ、重要だからな!」

 やってやった感満載で俺の半分以上減ったジョッキに自分の分をぶつけて一気に煽る。
 おかわりを俺も分もついでに頼み話を続ける。

「フリーだったのは忙しかったからだって。それまで適当に近所の子供教えてた塾を正式なものにしたり、実家の酒蔵も相変わらず手伝ってしてるとそっち方面まで時間まわらないわな」
「あの人に時間なくたって寄ってくる相手くらいいるだろう」

 俺のどストライクではなくても、カッコいいことはもう否定のしようもない。さらにあの優しさだ。いい寄ってくる人間はいくらでもいそうだ。

「それがさ、仲田さんもちょっと食傷気味っていうのかな。ゆっくり真剣に付き合える相手探してる時期だったって聞いた」
「ゆっくり、ねぇ」

 俺との今の関係はゆっくりって言えるか?
 俺が知らないだけで、世の中の恋愛はもっと高速に進展していくものだったのか。

「鷹名瀬はそれを信じたんだな」
「その前から何回か話したこともあったしな。いつも対応は丁寧で、話しやすいし、細かい気配りも嫌味なくするなんてそういないぞ」
「恋愛もそうだとは限らんだろ」
「なんだ! ひどいことでもされたのか!?」 
「……いや」

 鷹名瀬はほっと息をついた。一応真剣に考えて心配もしてくれているらしい。

「でもさ、そんな選り好みできる人が俺を選ぶなんてあり得るか?」
「実際いい感じになったんだろう、俺は良い趣味してると思うぞ」
「そうかぁ? 俺だぞ、俺!」

 鷹名瀬はだんっとジョッキをおいた。

「もっと自信持てよ! 俺はお前の幸せももちろん考えたけど、仲田さんもお前と付き合えば絶対幸せになれるって思ったから二人を会せたんだ。だからもっと自信持っていい、お前のこと知ってる奴らはみんなそう思ってる!」

 顔を赤らめるほど力説されると頷くしかない。

「あ、りがと」
「おう、頑張れ!」
「はい」

 鷹名瀬、完全に酔ってるな……。
 その後も何か力説していたけど、話半分で泥酔させない程度で家に帰すのに苦労した。
 仕事が忙しすぎて疲れてるんだろう。
 それなのに俺のために時間割いてくれて、本当に友達はありがたいものだ。


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