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第一章

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 それらしい記憶にたどり着きそうになった瞬間、その声は聞こえ、ケイコの記憶にプロテクトが掛かっていることが判った。

「この声…聞いたことある……」

 プロテクトを解くことも出来そうだったが、時間がかかる。焦って下手をするとケイコの意識が危ない。人間もそうだが、肉体がない分、ケイコのような存在は心が壊れるとどうなるか…。暴走するならまだしもそのまま消滅してしまう事もあるはずだ。

「面倒だなー。お前、なんか術かけられてるけど、知ってた?」

(ううん、知らない)

 思わずため息が漏れる。

(碧?)

「帰り方知ってんの?」

(知ってる、知ってる。だってボクがここの送ったんだもん、だからボクが帰せる)

「やっぱり。じゃあ今すぐ帰せ」

(それは……まだ出来ないよ)

「なんで?」

(だってこのまま帰ったらオードリー達いなくなっちゃう)

 いなくなる? どういう意味だろう。

「さっき来た変な奴らにやられるって事か?」

(違う…あれはあれで正しいの。でも碧がいなくちゃオードリー達はいなくなっちゃう)

「すっごく解りづらい言い方するんだな」

(…だってあんまりしゃべっちゃダメだって言われてるんだもん)
「ほぉ、あれか、お前の上司って奴か、そいつに言われてんのか」

(うん……本当は姿見せるのもダメだって…)

「すでに言いつけ破ってるんだから、いまさらだろ。全部しゃべればいい」

(できないよ…担当外されちゃう…そんなの嫌だもん、碧のそばにいたいもん)

 音になっていない心の声はだんだん弱弱しくなって泣き声に変わっていった。

 ケイコの記憶にプロテクトを掛けてるのもその上司であろう事はわかる。そしてその上司とやらとは一度会ったことがある奴……。僕が過去一度だけポリシーを破るきっかけになった厄介な奴だ。僕がケイコに何するか早々に見抜いてあんなメッセージ付きのガードを掛けたんだ。

 やっぱり僕に全く関係ない話ではないって事か…、予想が確信に変わったわけだ。

 面倒だけど、向こうに帰るためにケイコに協力するのもやむを得ない。というか、ここでケイコに無理強いして帰ることもできるが、そうしたら最後、ケイコの上司にケイコのみならず僕まで酷い目に遭うに違いない。いや、絶対に遭う。あいつはそういう奴だ。

 悪いがなんて言ってたけど、これっぽっちも思ってやしないだろう。あんな奴が上司だなんて、本気でケイコに同情するよ。

 そう哀れむ気持ちから、ケイコに掛けていた束縛を解いてやった。実際に涙を流しながらメソメソ泣いていたケイコは、それを解いてやるとぴたっと泣き止み、ぺたりと座り込んだまま立っている僕を見上げていた。

 完全に自由にしたのだからわざわざ心を覗く必要もないので、ケイコが何か言い出すのを待ってみたが、黙ったまま動かない。

「自由にしてやったんだから、何か言うことはないのか?」
「……」

 西洋の石膏像のような顔をした男は、黙っていれば、かなり男前だ。綺麗だと表現できるほどの容姿を持っていて、浮いていなくても普通に立っているだけで余裕で僕を見下ろすほどの身長。女性のように見えるのは長い黒髪のせいだろう。光に透けると海の中から太陽を見上げたような深い群青色に輝くその髪を結わえることなくいることで、妙に艶っぽい雰囲気まで出している。

 それなのに。

 それなのに、少年のような声をして、変な服装でいて、いじけやすい性格で、ホント勿体ない。

「そのまま黙ってるつもりなら、それでもいいよ。お前は静かな方が断然いいからな」
「……酷い」

 またもや涙を浮かべるケイコに辟易しながらも、話すつもりがあるらしい事は分かった。

「ケイコ、昼間また違う空間に飛ばしたのもお前か?」
「うん…」

 白黒の渦だけの世界はこの世界とは関係ないものだと思ったのは間違いなかったようだ。

「オードリー達からこの世界の事を聞かせないためか?」
「そう…」
「それも上司の命令か?」

 そうだ、という返答が当然くると思っての質問だったのに、予想に反して否という。

「あのー、あれはね、ああいう風にしたら碧がボクと話してくれると思って……あぅ、イタイ、イタイ! ごめんなさいー、えーん、ごめんなさぁーいー」

 解いてやったのに…でも一回やったおかげで力の加減が出来るようになった。ケイコを傷付けない程度に、胸の辺りだけを縛り付ける。

「西遊記の悟空みたいに頭に輪っかでも着けようかな」
「うぅー、嫌だけど、碧と繋がってるって実感できるかな、ちょっと嬉しいかも…うん、嬉しい! 着けてよ! 碧!」

 ダメだ…ケイコに付き合ってたらこっちの方の頭痛が酷くなるばっかりだ。
 嬉々として僕の周りを飛び回るそれを見てるだけで、目眩まで起こしそうになるのをぐっと堪えて、話をする。頭を抑えながら。

「じゃあ、もう聞いても良い訳だ。お前に聞いても分かるのか?」
「うん、大丈夫」

 話を聞くと、意外に深い話だった。
 シンは世界を救うために旅をしてきた。旅の目的地はこの国の中心にある王がいる城。そしてその城の下に埋められた石を取り返し、シンの生まれた谷に持って帰ると世界を救えるということらしい。

 でも、その石を城から持ち出すと平和と謳ってきたこの国は崩れることになる。今までも、その石を巡って精霊達と戦ってきていたし、真実に気が付いた一部の人間達との争いも絶えていない。その事実を国が見事に隠蔽してきたことで、この国には偽りの平和がもたらされていた訳だ。

 戦いの術を身につけるのも、それを学校で教えるのも秘密裏に組織されている部隊への人選をするのに打って付けだったから。

「なるほどね、スパイ行為もその石を奪おうとしている誰かにしてるわけか」
「そうだよ、でね、シンじゃないと石は取れないの」

 石はとある儀式をしないと取り出せないようになっている。その儀式を成功させることができるのはシンだけ。そのシンが仲間として出会ったのがオードリー達で、これから彼らは城に向かおうとしている。

「分かったけど、その石を取り返すのに僕は必要なのか?」
「本来なら碧がいなくても大丈夫なんだ、むしろ大丈夫じゃないから碧をこの世界に連れてきたんだよ」

 そりゃそうか。

「じゃあシンに協力すればいいんだな」
「ううん、碧は何もしなくてもいい」
「は? 言ってること矛盾してない?」
「シンの仲間はオードリー達でちゃんと足りてるから。でもシン達がちゃんと目標を達成できるのを見てる人がいないとダメなの。それが碧のすること。ちゃんと見ててあげて。それでシンが動かなくなった時だけ碧が動けばいいよ。それをあっちに帰ってから伝えてあげて」
「誰に?」
「それは言えないの、探してあげるのも碧のお仕事」

 向こうに帰ってからもすることがあるのか。全く面倒だな。

「とにかくこの世界をシンが見事救ったら、僕も向こうに返してもらえるんだな? みなみちゃんが心配してるだろうから早く帰りたいんだけど」
「大丈夫だよ、碧だからそんなに長い時間にならないと思う」
「相変わらず意味深な言い方だな」

 もう深く追求しても無駄なことは分かっているが、ケイコの曖昧な笑顔にムカつく気持ちも隠すつもりもない。
 それでもやることだけはやる。無理やり押し付けられた役目でも、帰るために。

 






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