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第一章

第五章 ケツダン1

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「この海の向こうには何があるんだろうな」

 みんなが寝静まった頃、そっと一人テントを抜け出して海岸でわざと遠い世界に思いを馳せる。もちろん傍には誰の姿もいない。でも、僕は目的を持ってそこで話をすることを決めていた。

「どっかに繋がってるんだろうな」

 まもなくそれが聞こえた。

「どうしてそんなことを思うの?」

 躊躇いながら告げられた一言。本来なら聞こえるはずは無い。

 でも僕には聞こえる。

 少年のようなその声には聞き覚えがあった。それを聞いたのは向こうにいた時。昔も聞こえてはいたけど、完全に無視していた。存在を認めてやらなかった。でも今日は話さなければならない。

「泳いでったら帰れるかなと思ってさ」

 そう呟くと、声の主は泣き出すんじゃないかってくらい嬉しそうな顔をした。実は声だけでなく姿も見えている。ふざけた格好をしているが、たぶん男なんだろうな。女の子用のサンタの衣装、色はコバルトブルー。そのベルトにはキーホルダーやらぬいぐるみやらもっさりとぶら下がっている。クラスメイトのケータイの様だ。

 しかしそれぞれの色合いもトリッキー過ぎだし、何の統一性もない故にカワイイとは言い難い。それでも気持ち悪いとは言えないくらい、この男、キレイな顔をしている。それが唯一の救いだろうか。

 スカートの下にズボンも履いてるから、フワフワ浮いていても許そうじゃないか。

「やっとおしゃべりしてくれる気になったんだねぇー☆」

さっきの一言とは違い、俄然大きな声で溌剌としゃべり出した。

「あっちに帰る手段知ってるんだろ?」
「えぇーーとぉ、知ってるって言えば知らないことも無いことも無いかなーー、えへ」

 嬉々とした顔がムカつく。わざと惚けていることはしっかり分かっている。
 マジでそういう類のものとはコミニュケーションを取らないというのが唯一のポリシーだったんだぞ。

「お前、今までの知らないと思ってそんな話し方してるんだろうけど、それ違うからな」
「え…?」
「一番最初にオレの目の前に現れたのは中1の時。そん時は確かにそんなキャラだったけど、本当は違う」
「えーっと、何言ってるのかな…」

 ははははっと乾いた笑い声。引きつった笑顔。

 何度こんな顔をさせただろう。

 僕がことごとく無視をし続けるから、彼はしばらく僕の傍に居座った。その間なんとか僕とコミニュケーションを取ろうと四苦八苦してる姿を全て見てしまっている。

 もちろん僕以外の人間には見えていなかったはずだけど、その姿が痛々し過ぎて誰か代わりに構ってやれよと、密かに同情していたくらいこいつの姿は必死だった。それでも、完全に無視し続けた。

 何故なら、面倒くさいから。どこをどう見ても百害あって一利なし。関わったが最後、何があるか分かったもんじゃない。避けられる不利益は、たとえ同情しようとも斬って捨てる。

 そうやって生きていて十五年、ついに自分から地雷を踏みに行くときが来ようとは…なんとも悲しいかな。こんな所にさえ来なければぜえぇーーーったい! 相手なんかしないのに!!

「そうなんだよ。今だけ…あっちに帰るまで…頑張れ自
分……」

 呪文でも唱えてるつもりで、ぼぞぼぞと自分自身に言い聞かせた。その僕を冷や汗を掻きながら伺っているこの物体にこれでもかと低い声で言ってやる。

「見えないフリしてただけで、泣きわめいてるところも、怒鳴り散らしてるところも、切々と説得してる姿も全部見てた。本来は小心者で自分の今の役回りに納得いってないってボヤいてたのも覚えてる。なんとか毎日暮らして行くにはそう言うキャラを演じなきゃやっていけないんだろ」

 決して目は合わせず、ただ海を見ながら口だけ動かす。この期に及んでもそんな僅かな抵抗をしてしまうなんて我ながら往生際が悪い。
 今回だけ、今回だけなんだ、佐野碧。今だけは腹を括って相手をするんだ。

「面倒な会話は避けるぞ、お前が俺に付き纏ってた理由とかも聞くつもりない。この世界から帰る方法だけ教えろ」
「そんなのヤダよ!」
「お前に拒否権はない。こっちに連れて来たのだって、どうせお前なんだろ」
「……」

 沈黙は認めたも同じだ。

「一週間もいれば、こっちだって平静を取り戻すんだ。姿は見えなかったけどな、気配くらい感じられたよ」
「ウソっ……」
「嘘じゃない、ホント嘘であって欲しいものだよ。でもな実際こんな世界に来ちゃってるんだから、何とかしないとダメだろ。で、話戻すけど、お前が関係してるって確信したのは昨日のオードリーの両親と話してからだ。あの二人お前の仲間だろ? 気配がお前とよく似てるのは大分前から気付いてたし、あの思わせぶりの態度は関係者以外考えられん」
「あの二人の事まで感じ取れるなんて…碧って本当に凄いんだね」

 少しは惚けたりするのかと思えば、目を輝かせてまでこっち見てるし……。

「あのな、お前感心してる場合じゃないぞ」
「ねー、碧。ボクにも一応名前あるんだよ、いつまでもお前なんて呼ばないでよ」
「お前の名前など知りたくない。それより向こうに帰る方法――」
「ケイコ! ケイコっていうんだ!」

 本気で知りたくなかったのに…、それくらいの事で必死にならなくていいのにさ。
 それにしてもケイコなんて名前、女の子みたいな――

「お前もしかして性別女性なのか?」
「お前じゃなくてケイコだってば。でも性別は一応オトコですぅ、女の子だったらボクの話聞いてくれるの?」
「いやっ……そういうわけじゃないんだけど…接し方くらいは変わるカナ」

 僕だって真っ当な青少年なわけで、キレイな男なんて憎らしい以外の何者でもないが、ケイコほどの美貌の女性であれば……いかんいかんイカン、そんなこと今はどうでもいい!

「男でも女でも関係ない、お前と話すの今回だけだ」

 そう強く主張する僕を尻目にケイコはすっかり嘆きモードに突入していた。

「ボク女の子だったらよかったな…ボクさ碧のこと好きなんだよ。会話するのは初めてだけどさ、前一緒にいた時、仕事だって以上に碧と話してみたくて…だからあんなにそばに居たんだよ。今回のことだって上司に頼み込んで担当にしてもらったくらいなのに」

「はいはい。お前にどんな事情があろうと仲良くなんかしない」
「…ひどいよぉ」

 ケイコがどんなに泣こうが喚こうが、これは特例で馴れ合うつもりは無い。嫌われた方がこっちには都合がいいくらいだ。

 僕の一体どこが気に入っているのか。

 そうは思うものの、ケイコには悪いが自分で立てた誓いを破るのは帰るまでだ。

 大体このケイコが見えていることがそもそもの理由。僕には人には見えないものが見える。いくら見たくないと思っても見えてしまう。
 何が見えているのか、簡単に説明するなら幽霊・妖怪、そんなようなものだ。詳細に言うならば意識を視覚として捉えている。それは生者のも死者のも関係なく見える。

 死んでいる者のならそれは幽霊だし、生きている者のならそれは心が読めているということで、妖怪は人間の意識が一人歩きしたものなのだろう。小さい頃にそっと話したとある妖怪が信じる人間が居なくなれば消滅すると教えてくれた事がある。

 でも、今ではそれを人に悟られないように暮らしていける。五歳まで父さんの田舎で暮らしてその術を教わったから。
 僕は医者もサジを投げたほど泣き止むことのない赤ん坊だった。体のどこにも異常は無いのにも関わらず、一日中泣いていて、途方にくれている両親の元に救いの手を差し出したのは父さんの父親、つまり僕のじいちゃん。初めて赤ん坊の僕に会った時「そうか……」と一言呟いたそうだ。そしてすぐに一家でじいちゃんの田舎に越した。
 両親はあれほど大事にしている仕事を放り出してまで、僕のそばにいた。田舎には僕一人を預ければよかったのに、そうしなかった。みなみちゃんも、五歳までの僕の姿を見てオカルトマニアになったんだろう。「まもってあげるから」三歳の僕に五歳のみなみちゃんがそう言ったのをよく覚えている。

 そして僕は五歳の誕生日、嘘を吐いた。

「もうみえなくなっちゃった」

 じいちゃんから上手な付き合い方を教わったのに、簡単な祓い方まで教わっていたのに、僕は自分の力と向き合うことを止めた。そうすることを選んだ。

 もう誰にも迷惑は掛けたくなかった、全てが見えてしまう僕にはどれほどの苦労を背負わせているか分かっていた、そして愛されている事も分かっていたから、僕は選んだ。見えない振りをすることを。

 当時僕にはそうすることしかできなかった。じいちゃんの家で能力を使いこなしていく内にその力を利用したがる他人が寄ってくることを知った。人間は狡賢い。どんなに相手にしなくても、追払ってもやってくる。そして人間以外のものも寄ってくる。だから能力が失せたことにすればもう何もこないのだと思った。そしてそれは完璧に隠蔽しなければ意味が無いことも十分承知していた。

 その思いを実行に移したのが五歳の誕生日。

 それ以来、たった一度を除いてはそのスタンスを貫いている。力をコントロールしているから、心を覗くことはないし、酷い激情や絡んでくる妙なモノにあたっても何事もなく振舞える。さすがに小学生くらいまでは知らない間に涙が流れたりしてたけど、今じゃすっかり皆と一緒。平和な暮らしを満喫している。

 それをこんなミョウチキリンに壊されてたまるかってんだ。
でもそのミョウチキリンは実は、天からの使いらしい。神様に命令されて仕事を遂行しているとかで、文字通り天使ってわけだ。確かに顔はキレイだけど、図体がでかくて愛らしさなんて感じられないケイコを見てると天使のイメージ崩れっぱなし。

 だからと言って僕の生活を壊す権利はない。

「悪いけど、逆らわせないから」
「え……」

 僕は久しぶりに自ら力を使った。

「…………あ……お……い……」

 天使を召使いにすることに気が引けたが、向こうに帰るまでは我慢してもらおう。

「すごっ、僕もやれば出来るもんだな」

 何をしたかといえば、僕の気でケイコを縛ったのだ。身動きひとつ取れないように、ぐるぐる巻き……になったのは久しぶり過ぎて上手く加減できなかったからなんだけど。

「ごめんごめん、怪我さすつもりは無いから心配すんな」

 釣れたての魚のようにピチピチ跳ねている。
 他の人に見えるかはわかんないけど、青白い半透明の帯に巻かれているケイコはミイラの様だ。その上ついつい口まで塞いじゃってムームー唸っている。

「僕の言うこと聞くなら、解いてやってもいいよ。手荒なやり方で悪いんだけどこっちも背に腹は変えられないって言うか、どうせやるなら手っ取り早いほうがいいしさ。素直に従ってくれるなら名前で呼んであげるくらいしてもいい、どうする?」

 効果があるのかどうなのか、一応交換条件を出してみたけど、それを聞いたケイコはピタッと動きを止めた。おぼろげに見える表情は泣きそうだが、ほどんど最初からそんな顔をさせているから、何に涙してんのかわかんないな。

「心読むけど許してよ」

(何でも読んで! 好きなだけ読んで!)

「お前な……」

(解る? 解る? 碧、あーおーいー)

「……うるさい」

 聞きたいことだけを読むのは結構疲れる。今考えているのを知るのは造作もないが、記憶していることを探るのは難しい。さらにそれが天使ともなれば意識を読まれてると感じて抵抗してくる可能性もあるし、だからしばったりしたんだけど。

「ちょっと黙ってろ」

 帰る方法を知っておきたい。わーわー喚いているケイコの心をすり抜けて、知りたい記憶を探す。

(悪いがそいつの力になってやれ)

 それはケイコの声では無かった。
 




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