上 下
9 / 26
第一章

3−2

しおりを挟む
 それにしたって、いつまでもこのままじゃ授業が始まらない。二人ともどうも本気でやり合っている様子だから、止めなければ本気でどちらかが傷付く事になるかも。

 僕と幼なじみの口げんかであれば、放っておかれても大丈夫なんだけどな。むしろほっといてくれた方が楽しいし。ま、あいつの場合、みなみちゃんとあいつの妹の前以外では爽やか王子気取ってるから止めてくれた人なんていないんだけど……。

「もうそろそろいいですか? お二人の事はよく分かったので、社会を教えてください」

 片方はボロボロと泣きながら、もう片方も不機嫌オーラ全開でむくれている。それでも二人とも、こっちを向いてくれた。

「ケンカを止めろとはいいませんが、今じゃなくてもできるケンカの内容だったので、授業が終わってからってことで」
今度は二人とも俯いて黙り込んでしまった。落ち着くのに時間がかかるんだろう。
「あのノサさんって呼べばいいですか?」

 気が付けばウサギさんの方からは名前を聞いてもいない。

「うん…、ノサです。一応これでも16歳です」
「じゃあ、僕とほとんど変わらないですね」

 そしてまた訪れる沈黙。普段ならば絶対にそのままでいる場面だけど、不思議と僕の口は勝手に話し始めてしまった。

「あの。暇つぶしにちょっと鬱陶しい事言いますけど、気にしないでください。僕はリューさんの名前もノサさんの耳もとっても素敵だと思いますよ。お世辞じゃなくね。でも二人ともコンプレックスになってるんだから、それを他人から何と言われようと突然好きにはならないでしょ。僕にもコンプレックスってあるし、すっごくよく分かる」

 コンプレックスのない人なんていないだろうけど、自分の中にあるそれを誰かにそのまま伝えることはできない。だから誰にも本当の辛さなんて分からない。

「僕の場合は気付かないふりしてやり過ごしてる。でもそうできるのも理由があって、一番身近な人がそれを受け入れてくれてるからなんだよね。好きなんだ、大切なんだよってずっと言ってくれてるから、全然平気」

 面と向かって言葉で伝えられた訳じゃない。みなみちゃんが気付いてそうしてくれてるかは分からないけど、それでも僕はみなみちゃんがそうあってくれた事で今の自分があると確信を持って言える。

 今でも苦しもうと思えばいくらだってできる。何の解決もしていない。

 でも、それでも逃げ続けていられるうちはいくらだって目を背けていくつもり。それで今の平和が続くなら、誤魔化し続けることは何てことないんだ。

 だからいくらだって笑ってられる。

 その代わり…あまり他人には干渉しない。しないってか、できないだけなんだけど。係わりすぎると引きずられるから。
 だからこの話もこのくらいで終わらなくっちゃ。もともとお節介したことないから言っている内に恥ずかしくなってきた。どうもこの世界に来てから、口が軽いと言うか、感情的になりやすいというか、人のケンカに口出すようなタイプじゃなんだけどな。

「あのですね、そのー、僕のコンプレックスというか、それはですね、目に見えるものじゃないから、隠してる分には他人に気付かれる事はないんですよねー。その分二人のは人に指摘されやすいものだから傷付く事も僕よりずっと多いかも。だからさあ、早く受け入れちゃった方が楽なんじゃない?」
「え?」
「ん?」
「どうかしました?」
「お前、そこは何か格好いいこと言うところじゃないのか? 僕が好きになってあげますとか、辛いのは分かりますが人に当たるのは良くないですよ、ぐらい言えないのか」
「そうよ、大体さっき受け入れるのには時間が掛かるっていったのはアオイじゃない。せめて友達同士で罵り合うのは止めた方がいいくらい言えないの」
「じゃあ、そうした方がいいですよ」
「ちょ、そうじゃなくて」
「慰めてくれるつもりじゃなかったのか」
「慰めて欲しいんですか? だったら頭くらい撫でてあげますよ」
「いらん」
「じゃ勉強しましょうね、僕は勉強しにきてるのですよ」

 それだけ言って教科書を開くと、ハッとした二人もあせあせと教科書をめくり始めた。
 そしてようやく社会の授業は開催、目的としていた社会の知識を教えてもらえることとなった。

 教え始めた二人は素晴らしいもので、一つの質問に十も二十も返ってくるほど知識が豊富だった。さっきまでケンカしていたとは思えないほどのコンビネーションで、めくるめく歴史の世界を存分に味わわせてもらった。

 ただ不思議なことにこの国には外交の記録がなかった。

 この国の地図には大きなひとつのドーナツ状の大陸が描かれていて、その大陸がすべて国家の領土になっている。大陸の外は海に覆われていて、その先に何があるのかは誰も知らないらしい。

 歴史の始まりも国家統一から。大陸を二分して西軍と東軍での大戦争。そして現王の先祖率いる西軍が勝利し、この国の歴史は始まっている。それ以前の歴史は分からない、というか誰も調べたことがないとリューは言っていた。
 現在149代目の王が統治しているこの国は建国2005年。地球の西暦とほとんど変わらない。しかし、地球の様な争いはほとんどなく、もちろん政権の交代もない。革命に近いものは起こったようだが、それも平和的に解決したとのことだった。日本の歴史とは大きく違う、平和と呼べる二千年を送ってきた国。

 そんなことあるんだろうか。

 ただでさえ姿も形も地球以上に違う人々がいる世界なのに、大きな諍いもなく二千年も暮らしてこれるものなのか……。

 文明の発達の違いなのか……。
 その一番の大きな違いは、電気がないことだ。存在はしているがエネルギーとして活用はしていないのだ。電力がない生活、生まれて初めての経験。テレビやパソコンはもちろんない。明かりさえ電気ではない。

 その代わり、魔法に近いものが存在している。近いという言い方には訳があって、こっちの科学で少し証明されているからだ。それでも不思議なままの部分も多い。それでもこの国はその未知な力を上手く利用することで、文明の発達を遂げてきている。

 そういう風に何代目かの王がしたらしい。分からないものを排除しようとはせずに積極的に取り入れること、そういう条例を出すことで、昔は少数の者しか使えなかった魔法も今やほとんどのヒトは使えると言う。

 だから、街を照らしているランプは石が発光している。燃えているのとは違う、熱もなく輝いている石は魔法のおかげ。

 そんなことまで、リューとノサは教えてくれた。さっと大まかな歴史をなぞるだけで一日は過ぎ、気が付けばすっかり日が暮れだしていた。
取りあえず今日の分は終わり、詳細な部分はまた後日にしようと二人と別れた。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

(完結)王家の血筋の令嬢は路上で孤児のように倒れる

青空一夏
恋愛
父親が亡くなってから実の母と妹に虐げられてきた主人公。冬の雪が舞い落ちる日に、仕事を探してこいと言われて当てもなく歩き回るうちに路上に倒れてしまう。そこから、はじめる意外な展開。 ハッピーエンド。ショートショートなので、あまり入り組んでいない設定です。ご都合主義。 Hotランキング21位(10/28 60,362pt  12:18時点)

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

もふもふで始めるVRMMO生活 ~寄り道しながらマイペースに楽しみます~

ゆるり
ファンタジー
☆第17回ファンタジー小説大賞で【癒し系ほっこり賞】を受賞しました!☆ ようやくこの日がやってきた。自由度が最高と噂されてたフルダイブ型VRMMOのサービス開始日だよ。 最初の種族選択でガチャをしたらびっくり。希少種のもふもふが当たったみたい。 この幸運に全力で乗っかって、マイペースにゲームを楽しもう! ……もぐもぐ。この世界、ご飯美味しすぎでは? *** ゲーム生活をのんびり楽しむ話。 バトルもありますが、基本はスローライフ。 主人公は羽のあるうさぎになって、愛嬌を振りまきながら、あっちへこっちへフラフラと、異世界のようなゲーム世界を満喫します。 カクヨム様にて先行公開しております。

私のバラ色ではない人生

野村にれ
恋愛
ララシャ・ロアンスラー公爵令嬢は、クロンデール王国の王太子殿下の婚約者だった。 だが、隣国であるピデム王国の第二王子に見初められて、婚約が解消になってしまった。 そして、後任にされたのが妹であるソアリス・ロアンスラーである。 ソアリスは王太子妃になりたくもなければ、王太子妃にも相応しくないと自負していた。 だが、ロアンスラー公爵家としても責任を取らなければならず、 既に高位貴族の令嬢たちは婚約者がいたり、結婚している。 ソアリスは不本意ながらも嫁ぐことになってしまう。

浮気をした婚約者をスパッと諦めた結果

下菊みこと
恋愛
微ざまぁ有り。 小説家になろう様でも投稿しています。

RISING 〜夜明けの唄〜

Takaya
ファンタジー
戦争・紛争の収まらぬ戦乱の世で 平和への夜明けを導く者は誰だ? 其々の正義が織り成す長編ファンタジー。 〜本編あらすじ〜 広く豊かな海に囲まれ、大陸に属さず 島国として永きに渡り歴史を紡いできた 独立国家《プレジア》 此の国が、世界に其の名を馳せる事となった 背景には、世界で只一国のみ、そう此の プレジアのみが執り行った政策がある。 其れは《鎖国政策》 外界との繋がりを遮断し自国を守るべく 百年も昔に制定された国家政策である。 そんな国もかつて繋がりを育んで来た 近隣国《バルモア》との戦争は回避出来ず。 百年の間戦争によって生まれた傷跡は 近年の自国内紛争を呼ぶ事態へと発展。 その紛争の中心となったのは紛れも無く 新しく掲げられた双つの旗と王家守護の 象徴ともされる一つの旗であった。 鎖国政策を打ち破り外界との繋がりを 再度育み、此の国の衰退を止めるべく 立ち上がった《独立師団革命軍》 異国との戦争で生まれた傷跡を活力に 革命軍の考えを異と唱え、自国の文化や 歴史を護ると決めた《護国師団反乱軍》 三百年の歴史を誇るケーニッヒ王家に仕え 毅然と正義を掲げ、自国最高の防衛戦力と 評され此れを迎え討つ《国王直下帝国軍》 乱立した隊旗を起点に止まらぬ紛争。 今プレジアは変革の時を期せずして迎える。 此の歴史の中で起こる大きな戦いは後に 《日の出戦争》と呼ばれるが此の物語は 此のどれにも属さず、己の運命に翻弄され 巻き込まれて行く一人の流浪人の物語ーー。 

転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきます

藤なごみ
ファンタジー
※コミカライズスタートしました!  2024年10月下旬にコミック第一巻刊行予定です 2023年9月21日に第一巻、2024年3月21日に第二巻が発売されました 2024年8月中旬第三巻刊行予定です ある少年は、母親よりネグレクトを受けていた上に住んでいたアパートを追い出されてしまった。 高校進学も出来ずにいたとあるバイト帰りに、酔っ払いに駅のホームから突き飛ばされてしまい、電車にひかれて死んでしまった。 しかしながら再び目を覚ました少年は、見た事もない異世界で赤子として新たに生をうけていた。 だが、赤子ながらに周囲の話を聞く内に、この世界の自分も幼い内に追い出されてしまう事に気づいてしまった。 そんな中、突然見知らぬ金髪の幼女が連れてこられ、一緒に部屋で育てられる事に。 幼女の事を妹として接しながら、この子も一緒に追い出されてしまうことが分かった。 幼い二人で来たる追い出される日に備えます。 基本はお兄ちゃんと妹ちゃんを中心としたストーリーです カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しています 2023/08/30 題名を以下に変更しました 「転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきたいと思います」→「転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきます」 書籍化が決定しました 2023/09/01 アルファポリス社様より9月中旬に刊行予定となります 2023/09/06 アルファポリス様より、9月19日に出荷されます 呱々唄七つ先生の素晴らしいイラストとなっております 2024/3/21 アルファポリス様より第二巻が発売されました 2024/4/24 コミカライズスタートしました 2024/8/12 アルファポリス様から第三巻が八月中旬に刊行予定です

処理中です...