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第一章
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「聞いてンのか、コラ!」
「コラッなんて言われるの初めてかも」
そう言うとまたガミガミ怒り出した。
おもしろいなんって言ったらまた怒らせそうだなぁ。
さすがにその言葉は思うだけに止めて、カップに入った紫色の液体に口を付けると、とてもやさしい甘さが口いっぱいに広がった。どういう理由かミルクティーのような味がする。少しの濁りもないのに、どこかにミルクの味がする。
その不思議さにもう一口。オードリーは相変わらず小言を続けている。
微かにハチミツの香りとミルクの風味。なのに朝顔で作った色水みたいに綺麗な紫色。思わず、カップの中を見つめてしまった。
この不思議な感じ…、みなみちゃんだったらどうするのかなぁ。調べに調べたがるんだろうな。あのパパペンギンを捕まえて、分からないことが無くなるまで聞いて、実際に自分で作ってみて……。
「……」
その底の透ける紫色の液体は、この世界に来る直前のあの夕暮れ空を思い出させる。カップの底の丸いくぼみがあの異常だった月を連想させて、最後に見たみなみちゃんの表情を映し出している。
あんな顔を見たのは過去にたった一度だけ。もう二度と見ることがないようにって誓ったのに。だから実験には僕が付き合っていたのに。こんなことになるならいっそ全て止めさせれば良かったのかな……。
僕がここに来ちゃって、今みなみちゃんはどうしているんだろ。昔みたいに泣いていたらどうしようかな。
「…………」
「…………」
オードリーの声が止んでいる。
「大丈夫か?」
とても温かい声だった。
「ついさっきとは随分違って優しいですね」
「いや……すまん。よく考えれば今のお前は不安なんだよな。それを怒ってばっかりいて…本当にすまん」
思わず顔が綻んでしまう。あんなに僕の事疑ってたのに、こんな風に謝る必要なんて無い。そこを自分の家にまで入れてくれて、僕が本当に悪いヤツだったらどうするんだろうか。
「そんなに不安そうな顔してましたか?」
「顔というか雰囲気が少しな、暗い感じがしたんだ」
「オードリーさんは結構キレ者なんですネ、いろんな意味で」
「なんだその“いろんな”ってのは?」
「そのままの意味ですよ、あははは」
「何笑ってンだよ?!」
「ね、“キレ”者でしょ?」
「お前なぁ……、まぁいいさ。どうせ話聞いて無かったんだろ」
「何か言ってたんですか?」
「お前な……」
つい小言は聞き流す癖が付いていて、本気で全く何も聞いてなかった。オードリーは本気で呆れた風で、でももう一度しっかり教えてくれた。
「取り敢えずガッコウへ行くことになると思うぞ、それがここの最も基本のルールだ。三十歳になるまでの間に必ず1回は入学しなきゃならん」
「学校…ですか? 戸籍もないのに行けるもんなんですか? ここの世界の住人じゃないんですよ」
「コセキ? なんだそりゃ」
おっと、通じない言葉もあるんだな。いやもしかしたらオードリーさんが知らないだけかも。なんていうのか――――
「―――オードリーさんって、もしかしてあんまり賢い方じゃない?」
「アオイ! ついさっきそこで拾ってやった恩くらい感じてるんだろっ、俺がバカだからコセキが分からないとでも言いたいのかコノヤロー!」
「イヤ、別に。可能性としてね」
聞けばなんでも教えてくれる彼がバカだなんて最初から思ってない。思った通りに反応してくれる事が単純に面白いだけ。
からかいながらも、やっぱりこの世界にそういう制度はないらしいと分かった。呆れた顔をしているオードリーに、念のため戸籍がどういうものか説明して、似たようなものがないか聞いてみた。
「存在していることの証明ねぇ、近いものがガッコウに通うことだな。ここじゃ、卒業証明がないと職に就けない。親の跡継ぐのにも必ず必要だ」
「それで上手くいくもんなんですね」
「大体存在してる事に意味も理由もないだろう。それをわざわざ証明してみせることなんて必要なのか? “そこにいる”それ以外の証明なんてないだろう」
なんていうか、オードリーは本当に純粋だ。言ってることはまさにその通りだと思う。そしてそれを何の恥じらいもなくサラリと言えてしまうところが格好いいとも思う。とても僕には真似できない。というかする気もない。僕が純粋無垢に生きて行くには不必要なものが多すぎたから、無い物ねだりはしないと決めている。
「僕のいた世界ではいろいろとあるんですよ。それで、その学校に行くにはどうしたら良いんですか?」
「おふくろが役場に勤めてるから、帰ってきたら詳しく聞いたらいい。取り敢えず、しばらくはここで暮らせ」
「では遠慮無く甘えさせていただきます」
すくっと立ち上がって深々とお辞儀をする。もちろん計算ですが、その計算通りもちろんオードリーも立ち上がって。
ペコリ。
やっぱりかわいぃー、こんなに大きい体なのに丁寧に手まで添えて深々とお辞儀してくれるオードリー。フワフワのモコモコー。
やっぱり抱きついてしまう僕だった。
「コラッなんて言われるの初めてかも」
そう言うとまたガミガミ怒り出した。
おもしろいなんって言ったらまた怒らせそうだなぁ。
さすがにその言葉は思うだけに止めて、カップに入った紫色の液体に口を付けると、とてもやさしい甘さが口いっぱいに広がった。どういう理由かミルクティーのような味がする。少しの濁りもないのに、どこかにミルクの味がする。
その不思議さにもう一口。オードリーは相変わらず小言を続けている。
微かにハチミツの香りとミルクの風味。なのに朝顔で作った色水みたいに綺麗な紫色。思わず、カップの中を見つめてしまった。
この不思議な感じ…、みなみちゃんだったらどうするのかなぁ。調べに調べたがるんだろうな。あのパパペンギンを捕まえて、分からないことが無くなるまで聞いて、実際に自分で作ってみて……。
「……」
その底の透ける紫色の液体は、この世界に来る直前のあの夕暮れ空を思い出させる。カップの底の丸いくぼみがあの異常だった月を連想させて、最後に見たみなみちゃんの表情を映し出している。
あんな顔を見たのは過去にたった一度だけ。もう二度と見ることがないようにって誓ったのに。だから実験には僕が付き合っていたのに。こんなことになるならいっそ全て止めさせれば良かったのかな……。
僕がここに来ちゃって、今みなみちゃんはどうしているんだろ。昔みたいに泣いていたらどうしようかな。
「…………」
「…………」
オードリーの声が止んでいる。
「大丈夫か?」
とても温かい声だった。
「ついさっきとは随分違って優しいですね」
「いや……すまん。よく考えれば今のお前は不安なんだよな。それを怒ってばっかりいて…本当にすまん」
思わず顔が綻んでしまう。あんなに僕の事疑ってたのに、こんな風に謝る必要なんて無い。そこを自分の家にまで入れてくれて、僕が本当に悪いヤツだったらどうするんだろうか。
「そんなに不安そうな顔してましたか?」
「顔というか雰囲気が少しな、暗い感じがしたんだ」
「オードリーさんは結構キレ者なんですネ、いろんな意味で」
「なんだその“いろんな”ってのは?」
「そのままの意味ですよ、あははは」
「何笑ってンだよ?!」
「ね、“キレ”者でしょ?」
「お前なぁ……、まぁいいさ。どうせ話聞いて無かったんだろ」
「何か言ってたんですか?」
「お前な……」
つい小言は聞き流す癖が付いていて、本気で全く何も聞いてなかった。オードリーは本気で呆れた風で、でももう一度しっかり教えてくれた。
「取り敢えずガッコウへ行くことになると思うぞ、それがここの最も基本のルールだ。三十歳になるまでの間に必ず1回は入学しなきゃならん」
「学校…ですか? 戸籍もないのに行けるもんなんですか? ここの世界の住人じゃないんですよ」
「コセキ? なんだそりゃ」
おっと、通じない言葉もあるんだな。いやもしかしたらオードリーさんが知らないだけかも。なんていうのか――――
「―――オードリーさんって、もしかしてあんまり賢い方じゃない?」
「アオイ! ついさっきそこで拾ってやった恩くらい感じてるんだろっ、俺がバカだからコセキが分からないとでも言いたいのかコノヤロー!」
「イヤ、別に。可能性としてね」
聞けばなんでも教えてくれる彼がバカだなんて最初から思ってない。思った通りに反応してくれる事が単純に面白いだけ。
からかいながらも、やっぱりこの世界にそういう制度はないらしいと分かった。呆れた顔をしているオードリーに、念のため戸籍がどういうものか説明して、似たようなものがないか聞いてみた。
「存在していることの証明ねぇ、近いものがガッコウに通うことだな。ここじゃ、卒業証明がないと職に就けない。親の跡継ぐのにも必ず必要だ」
「それで上手くいくもんなんですね」
「大体存在してる事に意味も理由もないだろう。それをわざわざ証明してみせることなんて必要なのか? “そこにいる”それ以外の証明なんてないだろう」
なんていうか、オードリーは本当に純粋だ。言ってることはまさにその通りだと思う。そしてそれを何の恥じらいもなくサラリと言えてしまうところが格好いいとも思う。とても僕には真似できない。というかする気もない。僕が純粋無垢に生きて行くには不必要なものが多すぎたから、無い物ねだりはしないと決めている。
「僕のいた世界ではいろいろとあるんですよ。それで、その学校に行くにはどうしたら良いんですか?」
「おふくろが役場に勤めてるから、帰ってきたら詳しく聞いたらいい。取り敢えず、しばらくはここで暮らせ」
「では遠慮無く甘えさせていただきます」
すくっと立ち上がって深々とお辞儀をする。もちろん計算ですが、その計算通りもちろんオードリーも立ち上がって。
ペコリ。
やっぱりかわいぃー、こんなに大きい体なのに丁寧に手まで添えて深々とお辞儀してくれるオードリー。フワフワのモコモコー。
やっぱり抱きついてしまう僕だった。
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