上 下
7 / 26
第一章

2−4

しおりを挟む
「聞いてンのか、コラ!」
「コラッなんて言われるの初めてかも」

 そう言うとまたガミガミ怒り出した。
 おもしろいなんって言ったらまた怒らせそうだなぁ。
 さすがにその言葉は思うだけに止めて、カップに入った紫色の液体に口を付けると、とてもやさしい甘さが口いっぱいに広がった。どういう理由かミルクティーのような味がする。少しの濁りもないのに、どこかにミルクの味がする。

 その不思議さにもう一口。オードリーは相変わらず小言を続けている。

 微かにハチミツの香りとミルクの風味。なのに朝顔で作った色水みたいに綺麗な紫色。思わず、カップの中を見つめてしまった。

 この不思議な感じ…、みなみちゃんだったらどうするのかなぁ。調べに調べたがるんだろうな。あのパパペンギンを捕まえて、分からないことが無くなるまで聞いて、実際に自分で作ってみて……。

「……」

 その底の透ける紫色の液体は、この世界に来る直前のあの夕暮れ空を思い出させる。カップの底の丸いくぼみがあの異常だった月を連想させて、最後に見たみなみちゃんの表情を映し出している。

 あんな顔を見たのは過去にたった一度だけ。もう二度と見ることがないようにって誓ったのに。だから実験には僕が付き合っていたのに。こんなことになるならいっそ全て止めさせれば良かったのかな……。

 僕がここに来ちゃって、今みなみちゃんはどうしているんだろ。昔みたいに泣いていたらどうしようかな。

「…………」
「…………」

 オードリーの声が止んでいる。

「大丈夫か?」

 とても温かい声だった。

「ついさっきとは随分違って優しいですね」
「いや……すまん。よく考えれば今のお前は不安なんだよな。それを怒ってばっかりいて…本当にすまん」

 思わず顔が綻んでしまう。あんなに僕の事疑ってたのに、こんな風に謝る必要なんて無い。そこを自分の家にまで入れてくれて、僕が本当に悪いヤツだったらどうするんだろうか。

「そんなに不安そうな顔してましたか?」
「顔というか雰囲気が少しな、暗い感じがしたんだ」
「オードリーさんは結構キレ者なんですネ、いろんな意味で」
「なんだその“いろんな”ってのは?」
「そのままの意味ですよ、あははは」
「何笑ってンだよ?!」
「ね、“キレ”者でしょ?」
「お前なぁ……、まぁいいさ。どうせ話聞いて無かったんだろ」
「何か言ってたんですか?」
「お前な……」

 つい小言は聞き流す癖が付いていて、本気で全く何も聞いてなかった。オードリーは本気で呆れた風で、でももう一度しっかり教えてくれた。

「取り敢えずガッコウへ行くことになると思うぞ、それがここの最も基本のルールだ。三十歳になるまでの間に必ず1回は入学しなきゃならん」
「学校…ですか? 戸籍もないのに行けるもんなんですか? ここの世界の住人じゃないんですよ」
「コセキ? なんだそりゃ」

 おっと、通じない言葉もあるんだな。いやもしかしたらオードリーさんが知らないだけかも。なんていうのか――――

「―――オードリーさんって、もしかしてあんまり賢い方じゃない?」
「アオイ! ついさっきそこで拾ってやった恩くらい感じてるんだろっ、俺がバカだからコセキが分からないとでも言いたいのかコノヤロー!」
「イヤ、別に。可能性としてね」

 聞けばなんでも教えてくれる彼がバカだなんて最初から思ってない。思った通りに反応してくれる事が単純に面白いだけ。
 からかいながらも、やっぱりこの世界にそういう制度はないらしいと分かった。呆れた顔をしているオードリーに、念のため戸籍がどういうものか説明して、似たようなものがないか聞いてみた。

「存在していることの証明ねぇ、近いものがガッコウに通うことだな。ここじゃ、卒業証明がないと職に就けない。親の跡継ぐのにも必ず必要だ」
「それで上手くいくもんなんですね」
「大体存在してる事に意味も理由もないだろう。それをわざわざ証明してみせることなんて必要なのか? “そこにいる”それ以外の証明なんてないだろう」

 なんていうか、オードリーは本当に純粋だ。言ってることはまさにその通りだと思う。そしてそれを何の恥じらいもなくサラリと言えてしまうところが格好いいとも思う。とても僕には真似できない。というかする気もない。僕が純粋無垢に生きて行くには不必要なものが多すぎたから、無い物ねだりはしないと決めている。

「僕のいた世界ではいろいろとあるんですよ。それで、その学校に行くにはどうしたら良いんですか?」
「おふくろが役場に勤めてるから、帰ってきたら詳しく聞いたらいい。取り敢えず、しばらくはここで暮らせ」
「では遠慮無く甘えさせていただきます」

 すくっと立ち上がって深々とお辞儀をする。もちろん計算ですが、その計算通りもちろんオードリーも立ち上がって。

 ペコリ。

 やっぱりかわいぃー、こんなに大きい体なのに丁寧に手まで添えて深々とお辞儀してくれるオードリー。フワフワのモコモコー。

 やっぱり抱きついてしまう僕だった。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

異世界でも男装標準装備~性別迷子とか普通だけど~

結城 朱煉
ファンタジー
日常から男装している木原祐樹(25歳)は 気が付くと真っ白い空間にいた 自称神という男性によると 部下によるミスが原因だった 元の世界に戻れないので 異世界に行って生きる事を決めました! 異世界に行って、自由気ままに、生きていきます ~☆~☆~☆~☆~☆ 誤字脱字など、気を付けていますが、ありましたら教えて頂けると助かります! また、感想を頂けると大喜びします 気が向いたら書き込んでやって下さい ~☆~☆~☆~☆~☆ カクヨム・小説家になろうでも公開しています もしもシリーズ作りました<異世界でも男装標準装備~もしもシリーズ~> もし、よろしければ読んであげて下さい

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...