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ベッドから起き上がり、大輔に背を向ける。
体をつなげる前に、瞬の心が限界に達してしまった。

「ごめん」

謝られる意味が分からないと顔をしかめられて、もう目を合わすこともできなかった。
大輔が嫌だったのではなく、それどころか肌から伝わる優しさが、瞬の固まった心まで溶きほぐしていくようで心地良くて居たたまれなくなる。

「正直誰でも良かったんだ、大輔はさらに都合が良かった。俺も願い聞いてんだからって誰に言うんだっていう言い訳してさ」

瞬は本来寂しがり屋で、だから自分から積極的に恋愛してきたし、それで多少痛い目を見るのはやむ無しと過ごしてきた。
それがどうして前の恋人と別れたことがそんなにも堪えたのか。
浮気されたことは原因ではあるが、切っ掛けに過ぎなかった。

瞬は結局求めるばかりの自分が虚しくなったのだ。
だからこそ、今、与えるばかりになろうとしている大輔が哀れに見え、それにつけ込んでいる自分にも嫌気がさして、強い罪悪感を感じる。

ベッドの端で少しでも大輔の視線から逃げたくて毛布に包まる瞬は、後ろからきつく抱きしめられた。

「なんでそんなこと言うんですか?」

大輔の声は穏やかな中に気遣うような色が混じっていた。決して咎めることはなく、柔らかい声。
毛布を少しずらし肩口に顎を押し付ける大輔の問いに瞬は狼狽えながら言葉を紡ぐ。

「興味ないみたいな態度だってフェイクだし」
「恋人探してたってことですか?」

瞬は言葉に詰まる。
その質問に頷けたらどんなに良かったか、そう思う瞬は荒みきった自身の心が情けなくなる。それでも考えて躊躇う前に大輔に本当の気持ちを言葉にした。

「恋人はいらない。もういい、懲りた。でも……ぬくもりは欲しかった。もうずっと。だから抱いてくれるなら、俺で良いって人なら誰でも良かったんだ」
「俺は……あげられましたか?」

瞬は震えるように小さく頷いた。
そしてすぐに振り向き、大輔に頭を下げる。

「本当にごめん、お前には何の得もないって分かってたけど、利用した。でも俺は恋人にはなれないし、これ以上無駄に期待させられない」
「もう満足したってことですか?」

質問攻めの割りにその話し方に勢いはない。
瞬は再び視線から逃れて背を向ける。
大輔はまた後ろから瞬を抱き締めていてその表情を確かめる術を瞬は持っていない。

「満足は、一応した。かなり気持ち良かった。だからこそ申し訳なくなったんだ、俺の方は結局お前が望むものをやれなかったのにさ。あれ以上のことは俺には無理だし、お前だって我慢しても見える結末は一緒だろ?」

つまりいずれ別れることになるのだから、という意味だ。
大輔だってそれは分かるはずだと瞬は確信を持っていた。無理させたって続かないと大輔自身が言っていたからだ。
けれど、大輔は頷かない。

それは瞬の身勝手な行動に怒りを持ったのだと考えた。

「許せないよな、弄ばれた様なもんだしな。恨まれるくらいの覚悟は、ぁわ!」

突然首筋に鋭い痛みが走り、何が起こったのか分からなかった瞬は咄嗟にそこに手を伸ばす前に事態を悟った。
キツく吸われている。
痛みの加減から、相当はっきりとそのマークが付くことは見なくても明らかだ。

「んっ、なんで……」

最後に一舐めして、今度は耳たぶを口に含まれる。

「ちょっ、ぅ……、どう、いう、つもりだ」
「好きなんですよ、瞬さんのことが」

二人きりの部屋で、どうしてそんな耳元で話すのだと、瞬は分かるはずの理由を分からない振りをして逃れようとする。
耳元で声を出すのは愛撫の1つだと分かっているが、それを今する理由が分からないからだ。

「それには応え応えられないって、」
「俺は精神的にもMなんで平気です、いえ、むしろ精神の方が先です」
「え?!」
「俺で良ければ、どんどん利用すればいいんです。できれば俺だけにしてくれると嬉しいですが、他に好きな人ができた場合はすぐに身を引きます」
「それじゃあ、お前は空しいだけじゃ、あっんん」

口は話すことに使うせいか、今度は胸で手を動かされる。
何も着ていないせいで、刺激はダイレクトだ。

「確かに空しさはありますが、その前に落とす自信もありますから」
「んぅ、おとす?」
「俺を好きになってください、瞬さん」
「だから、それは! ぁうあ」
「時間をかけましょう、心の方は。過去の男と俺は違います。それを証明するためにも時間は必要です」

心は、とちゃんと限定するだけあって体の攻略に猶予はない。
さっきまでしてたのだから当然体はすぐに快感の波に乗り、更なる欲求を満たしたくなる。

大輔に触られていないそこに自ら手を伸ばそうとしたところを捕まえられる。

「自分で」
「ダメです」
「……お前、本当にMか?」
「奉仕するのも一環ですよ」

言うまま大輔はその大きな手で瞬のモノを握り、刺激していく。

「あっ……、んっんっ」
「イクのは少しだけ我慢してくださいね」 

そう言って挿入するために準備を瞬に施す。
すぐに入れられても問題ないとは思いなからも、僅かでも苦痛がないようにしてもらえるのは有難いと、瞬は大輔に身を預ける。

抵抗する素振りさえしないのは、大輔の感情を受け入れたからではなく快楽に流されたからでもなかった。
少し大輔の思考が面白かったからだ。
申し訳ないと思うのは瞬の勝手で、大輔にはきっと大輔の思うところがあって抱いてしまいたいと思っている。それは快楽が目的でなければ、感情も満たすためのものでもない。
そう思うのはさっきの言葉もあるが、快楽が目的ならば瞬を組み敷くのなど大輔には簡単なことなのに、それをせず、かと言って甘い言葉を囁くでもないからだ。

あえて誤解を恐れずに言葉にするなら、瞬が考えるほどセックスは重要事項ではないのではないか。大輔にとって体を繋げることはプロセスに過ぎず結果ではないのかもしれないと瞬はふと思ったのだ。

決して不要とか無意味ってことではなく、互いを知るためのツールのような感じだ。
もしくは大輔はそれで何かを瞬に伝えようとしてるのかもしれない。だから、それを受け取るため素直に抱かれることを瞬は選んだ。
それはここまで付いてきた責任なようなものだと思ったから。

大輔の胸にしっかりと背中を預けて、自分の膝を左右に開くように持つと、脇から伸ばされた大輔の手が瞬をどのようにしているかがよく見えた。

「ぁう、……ん、そうやって、丁寧なのも、作戦?」
「そうとも言えますし、そうじゃないとも言えます」
「はは、結局どっちだよ」
「好きな人の体に触るのが好きなんですよ、それを受け入れて、尚喜ばれるならさらに幸せです」
「……信じられないくらい、きもちいぃよ」
「良かった」
「お前は痛くなくても平気なのか」
「痛みがイコール快感ではないんですよ、俺の場合は」

体内から大輔の指がいなくなり、瞬がそっと体の熱を逃がすために息を吐く間に、大輔は瞬の体を反転させ、お互い座ったままの状態で腰をゆっくり下ろさせていく。
瞬は大輔の肩に捕まり、徐々に納められていく熱を受け止めながら、その気持ちよさに体を微かに震えさせる。

それに気づいているのか、大輔はわざと目の前を通過していく瞬の胸の突起に舌を出す。

「ひゃっう」
「カワイイですね」

余裕な態度に腹立たしい思いの瞬だが抵抗らしい動きは取れない。
とにかく最後まで飲み込まない限りは上手く息をつけないのだ。

しかしどうやら大輔の上に完全に腰を下ろそうとすると、相当奥まで体が開かれることに瞬は気がついた。

「ぁあ、んん!」
「全部は少し厳しいですか?」
「……お前は、キツく、ないのか?」
「キツいくらいも気持ち良いもので」
「変態め」
「瞬さんが苦しいなら止めますよ」
「……平気」
「無理してませんか?」
「無理じゃ、ないけど、ゆっくりが、いい」
「了解です」

大輔は嬉しそうに瞬に微笑みかけた。
根っからのネコの瞬には経験がないが、今瞬がねだったことはかなり忍耐のいることだと理解している。
大輔の本能はきっとガンガン動きたいに決まっている、例えそうされても瞬は文句を言わないし、少しすれば瞬も快感を追うことはできるはずだ。

瞬の過去はそうだった。
相手に合わせて、少しの我慢をする。
付き合うことはそういうことだと思っていた。
次第にそれが少しでなくなり、始終我慢を強いられる。
でもどうすれば良かったのか、分からない。

時にワガママを言ってみれば、フラれたり。呆れられたり。より厳しい我慢の日々がやってきたりした。

耐えるしかない。
そう思って付き合ったのが、最後の男だ。
結局耐えられなかった。

大輔は違うのだろうか。
瞬は、慎重に、呼吸に合わせるように、少しずつ、でも確実に時間をかけて大輔を受け入れさせられながら、そう考えていた。

「……ふぅ、んっんあ、あ!」
「全部、入れましたね」

瞬は大輔の肩にしがみついたまま頷いた。

「慣れるまでもう少し、このままでいましょう」
「お前は……本当に、忍耐強い、な」 
「そんなことありませんよ、本当にそうなら瞬さんを抱くのはもっと待たなければならないはずです」
「……心の、待つやつか」 

大輔はあやすように瞬の背中を優しく叩く。
寝かしつけられるような振動だ。
まさかこのまま眠るわけはないが、気持ち良いことには違いない。

「さっきのさぁ、痛いが気持ち良いんじゃないって、どういう意味?」

瞬は大輔の肩に頭を預けて、少しぼんやりとした声で聞いた。
手を休めることなく少しの考える間の後、大輔は緩く体を揺らし始めながら口を開いた。

「俺は支配されたいんだと思います」
「っ、ん ……支配?」

抱き締められ僅かな快感が瞬を包むが、思考が飛ぶほどではない瞬は身を委ねながらも答えを欲する。

「王が必ずしも武に優れているとは限らないと思いませんか? 知略に優れていれば家臣を集めて国を治められる」 
「……急に話が飛んだな、中世の話? それとも戦国か幕末? もしくは異世界だな。それがお前の性癖と関係あるのか?」

まさか瞬が異世界小説の様だと前に思ったことを知っているのかと眉をひそめたが、どうやら大輔はそういう事ではなかった。

「そうですね、生きてる時空が違えば俺はもっと楽に生きられたかもしれません。俺のこの体と力は自分のために使うものではないと思ってるんです」
「だったら、SPとか警察官とか、他人のために生かせる仕事あるだろ」
「誰でもいいわけじゃないんです、俺が認めた人に使ってもらって初めて意味がある」
「……難しいけど、無理じゃない、だろ? ……恋愛に絡めるから、ややこしい」
「現代では恋愛に絡めるしか俺の気持ちを満たす方法はないんですよ、そしてそれができるのは瞬さんしかいません」
「は?! あぅ、あ、ぅん、ん」
「少し動きますね」
「……動く、っ前に、言え!」
「はい」

また嬉そうに笑う大輔に呆れるしかない瞬は、身に起こる快感をやり過ごす。

「瞬さん、俺の好きは重たいかもしれません。だけど、瞬さんを苦しめては意味がないですから、そこは正直に言ってくれた方が嬉しいです」
「もっと、分かり、やすく」
「俺は、さっき瞬さんに縛られてる間中幸せで仕方ありませんでした。それは、瞬さんが俺の言ってることを信用してくれていると分かったからです」
「信用、したのは、お前の方」
「いいえ、これだけ体格差があって、あれだけある意味危険な道具を見せられて、瞬さんは俺を疑いませんでしたね? あの道具を自分に使われるかもしれないって」
「……俺って、……相当、お人好し?」
「抱かれたい気持ちがあったとしても、警戒心はもう少しあった方が良いかもしれませんね。自暴自棄なのかもしれないとは思ってましたが、俺が相手じゃなかったらと、かなり心配になりました」
「……うん」
 
そう言う他なかった。
体にまで傷を負う危機だったと今更ながらに思い、気持ちが萎え体も萎える。

「だから瞬さんは俺を選んで楽になって下さい。自棄になっても俺相手なら大丈夫ですから。俺を痛めつけるのは遊びの一つだと思えば大丈夫ですから」
「いや、それが問題だろ……」
「瞬さん才能ありますよ」
「……そんな、才能、いらない」

大輔はよしよしと宥めるように瞬の背中を撫でる。

「瞬さんにあるのは被虐性ではなく、好奇心ですね。痛めつけたいわけじゃなくて知らないことに興味がある」
「……それはまあ、あるかも」
「慣れてない手付きがまた」
「……慣れたら用なしってことだろ」
「慣れるほどやってくれたなら、俺はもっと興奮すると思います、身も心も束縛されたがりなんですよ」
「…………変態」
「その代わりと言ってはなんですが、瞬さんも満足させますから」 

その言葉を切っ掛けに会話らしい会話は途切れた。
そしてその宣言通りにまともに考える事もできないほど抱かれ、瞬はすべてを大輔に任せるしかないほどに乱れた。
タチのくせにMで、それなのに俺を潰れるほどに抱くって……。
いじめられたいタチだっているの知ってるけど、最終的に俺を散々責めてたてて主導権を完全を握ってるのはいいのか?

良いらしい。
俺も別に抱かれるときは気持ちいいことに集中したいし、善くしてくれるなら有り難いから、大輔がいいなら問題ないんだけれども。

「俺がもっと権力者とかだったら良かったのにな」

翌朝、というかもう昼も近い時間に飯を作ってもらってゆっくり食べていた。



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