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酔いはしないが酒を買って大輔の家に行った。

駅からほど近いいくつか並ぶマンションの一つに大輔の部屋はあった。
広めの1LDK。朝飲んだコーヒーのカップ、それと雑誌が数冊ソファーに、あとはハンガーにかかったシャツが鴨居にひっかけられているくらいが唯一の生活感という、なんとも綺麗な部屋だった。

「ちゃんと暮らしてるんだな」
「休みは掃除くらいしかすることがないんです」
「ふーん、俺は割と忙しい」

ソファーに許しもなく瞬は座り、買ってきたビールのプルタブをあける。
大輔はその前のテーブルの上のリモコンなどを端に寄せ、瞬のためにつまみを並べていく。

「休日は何をしているんですか」
「漫画とか小説読んだり、ゲームしたり、DVDも見るし、白鳥とか友達と呑みに行ったり、あとたまに釣りもする、他にもいろいろ」
「本当に忙しそうですね」

瞬はコクンと頷いた。

「そんなことはどうでも良くて。何する? 何したらいい?」

聞いている時点でダメだろうと思いながらも、何も思いつかないんだから仕方ないと、瞬はすっかり開き直っている。

「瞬さんはどんなイメージですか?」
「ええー、どんなって。うーん、鞭で叩いたり? ロウソク?」
「それします?」
「え、それはちょっと無理目かなぁ。なんか知識とか技術とかないと怪我させそう。大矢さんは」
「大輔です」

ヤケの極みで瞬は話し方を荒くしてるのに、当の本人は丁寧な口調と笑顔でそれ以上を促すことに、やっぱり一息分戸惑う。けれど、止まった息を強引に飲み込んで瞬は続ける。

「大輔は無知な俺がしてもいいのか?」
「いいですよ」
「潔くて、逆に恐いわ」

酒のせいでは決してない若干の寒気がくるほど瞬は引いたが、無理やり意識を外して続ける。
飲み込んだり反らしたり無闇に忙しい瞬を知ってか知らずか、大輔は常備してあった酒を瞬に勧めたり、つまみを皿に移したりと細やかに持て成しながらずっと楽しげににこやかだ。

「そう言えば、何も道具用意してなかったな。コンビニでなんか紐くらい買えばよかった」

抑揚のない、下手な役者のような話し方になった瞬の側で大輔は朗らかに言い放つ。

「ありますよ、いろいろ」
「わー、引くー。まあいいや、見せてよ」

大輔は続き間になっている寝室のクローゼットから一抱えもある白い衣装ケースのような箱を持ってきた。
瞬は目の前にやってきたそれを開ける前に聞きたいことがあった。

「ちなみにこれは全部使用済み?」
「自分で試したことがあるのが少しだけですよ。最早集めること自体が趣味みたいになってます」
「自分で使うため、ね」

瞬は思わず酒を煽っていた。
それをわけもなくそっとテーブルに置くと、箱と向き合う。
大輔でひと抱えだった箱は瞬の目の前にあると結構な大きさで、けれど中が透けない白いプラスチックでは中身をうかがい知ることは外側からでは不可能だった。

「疑ってますか?」
「疑うっていうか、自分でするぐらいなんだと思って」
「本心では好きな人に使って欲しいと思って買ってるんですよ、でも言い出せないうちに別れたりして」

瞬は聞き終わる前に箱を開けていた。
箱いっぱいというほどでは無かったが、綺麗に整頓され収められている分、上から見るだけでは全容は全く把握できず、とりあえず見えた商品解説の文字を目で追う。
どれもきちんとパッケージに入れられたままで、未使用と言われても疑わないほどきれいだった。

「どれも実物見るのは初めてだ」
「抵抗なければ手に取ってみて下さい」

瞬は唸りながら全部パッケージからは出さずに見ていった。
主に拘束具やムチの類で、あとはボンテージなんて物もあったがサイズからして相手に着せる為の物だと推測できた。さらに大輔は生粋のタチらしく、性器を模したような物は全くなかった。
そんな物をできるだけ深く考えずに探りながら、瞬は一つのものを選びだした。

「これ!」

ようやく無理やり酒で鈍らせた頭でなんとか興味が持てそうな物だったのは、真っ赤なロープ。

「縛りですか?」

大輔の訝し気な声が瞬を躊躇わせる。

「え、嫌?」
「とんでもない」

スーツの上着を脱いで、さらにはっきりとした厚い胸板の前で長い指の大きな手を振って大輔は否定する。
それを見て少しだけ安堵した瞬は選んだ理由を説明した。なにせ、全く経験がないので変な期待をさせないために。

「亀甲縛りだっけ? あれがどうやってるのか不思議だったんだよ。今はネット動画でやってそうだし、それ観ながらならできそうだろ」

それは瞬の本音だった。別にやってみたかった訳でもなければ、興味なんて全然なかったが、テレビで芸人がされてるのを観て、実に不思議に思ったのだ。
番組なので編集されて一瞬で全身に縄が回った綺麗な形に仕上がっていて、一体どうやったのかなぁーと些細な疑問。それを無理やり膨らませたのだ。

「なるほど、タブレットがあるのでそれで観ましょうか?」

大輔は素早くテーブルに準備してすぐに動画を検索し始めた。結構ある中から事務的にかつ丁寧に説明しているものを瞬が選ぶ。

「まずは一回最後まで観よう」

瞬はここにきて割と真剣だった。
おざなりにしたって大輔は怒らないかもしれないが、せめてもの誠実さを示さねばと、瞬の変な真面目さが表れていた。
まるで資格試験の勉強でもするような姿勢の瞬に対して、大輔は終始甘い雰囲気を漂わせていた。

「その前にいいですか?」
「ん?」
「ここに座りながらでもいいでしょうか?」

ここと指定されたのは、大輔の胡坐の上。

「そこに座れと?」
「後ろから抱きしめたいんです」
「……まあ別にいいけど」

瞬は失礼しますと小声で言いながら、その場所に収まる。
付き合ってもいないのに何やってるんだと思いながらも、久しくぬくもりに飢えている自覚がある瞬は今だけのまたとないチャンスだと甘い言葉に乗った。
そして思ってた以上の満足感を得ていた。

「なんかヤバイなこれ」
「良い意味のヤバイですよね?」

完全に背中が包み込まれる温かさに、瞬のお腹に回された両腕のホールド感が守られているような錯覚を呼ぶ。

けれど今は動画に集中しなければ。
瞬はそう思い、しっかり二回見終えてから大輔の足から降りて縄を捌き始めた。

「なんか、縄に下処理いるとか動画で言ってたけど、これ大丈夫か?」
「本格的にするなら荒縄炙ったりロウとか油とか染み込ませますけど、それはそれなりに滑りのいい素材でできた初心者用の物ですから大丈夫ですよ」

微笑む大輔に引き攣った笑顔を瞬は返す。

「縄にもいろいろあるんだなー、ははは~。とりあえず安全だけは考慮してやろう!」

立たせた大輔の体を前に動画を再生しては一旦停止して、手順を間違えないように丁寧に縄を這わせていく。
そうはいっても大輔は服を着たままで、瞬もきつく縛り過ぎないかを確かめるだけでイヤらしさは微塵もなく作業として進んでいく。

瞬は画面と目の前の縄だけに意識を向けていたが、ふと気がつく。

「なあ、こんなんでお前はいいのか?」
「……すみません、」

大輔の申し訳なさが表情に出ていたので、瞬は言葉を遮り縄から手を離しそうになった。

「やっぱり駄目だよな」
「いや、逆に凄く興奮していて」
「へ?」

大輔の視線が向く方へ辿ると、ズボンの前が膨らんでいるのがまざまざと見て取れた。
気付かない自分もどうかしてると瞬が思うほどはっきり反応がわかる。

「……それならいいんだけど」
「はい、続けてください」

取り合えず最後までやりきるため、せっせと大きな体を前にしゃがんだり後ろに回ったり、丁寧に縄を通して結び目を作ってなんとか歪ながらも縛り終えた。

「結構な労働だった」
「お疲れさまです」

普通は逆なのかもしれないが、息が上がっていたのは瞬の方だった。
なんせ瞬が縄を操るには大輔の厚い胴体に手を回したり、その胴を縛り上げるための長い縄をキツすぎずされど緩すぎずで引っ張り引き締めるのは神経を使う。

「縄師なんている理由がよく分かったよ」

熟練の技術のいる作業だと実感して、瞬は座り込み温くなった残りの缶ビールを煽った。
大輔も腕は後ろで縛られているが、足は自由なので瞬の横に正座で座る。

「特にこのあとのことは考えてないんだけど、普通はどうするんだ?」
「必ずしなければならないことはないですよ」
「お前の経験上でいいから」
「教えません」
「は? なんで?」
「俺は瞬さんに同じことをしてほしいとは思ってないからです」
「それじゃあこのままで終わっていいのかよ」
「はい、あっでも瞬さんを抱かせてもらえれば尚嬉しいです」

率直な言葉に瞬はむしろ安堵した。
ついてくると決めた時もちろんその覚悟もしている。けれど、自分から誘う気はないし、そういう雰囲気作りさえしたくはないと思っていた。
行為は受け入れるが、そこに感情は要らない。それが今の瞬のできる譲歩だった。
だけど、と瞬は苦笑せざるを得なかった。

「手が使えないのにか?」
「縄はもう解いてもらっていいですから」
「普通にしてくれんの?」
「もちろん」

何のために縛ったんだと思いはしたものの、抱かれる時には普通がいい瞬はその言葉に甘えた。

「風呂借りてもいい?」
「一緒に入るのは?」
「足も縛るぞ」
「願ったり叶ったりですよ」
「そうだった……。とにかく風呂ぐらい一人で入らせろ、その後は好きにしていいから」

勢いよく立ち上がり、勝手に風呂場を探し出した。

「タオル出しますから、手だけでも外してもらっていいですか?」

後ろから付いてきていた大輔が体をひねり背中を瞬に示す。

「手だけとか俺に無理だし、全部外す」

上手くやれば腕を開放しながら縛りを継続できるのだろうが、そんな技術が瞬にある訳もない。
どうか痕が残ってませんようにと願いながら瞬はロープを回収していく。
大輔にとってみれば痕が残っていたほうがむしろ嬉しいのか、と瞬の思考が混乱し始めた頃に大輔の体を縛るものはなくなった。

「ゆっくり入って下さいね」

笑顔の大輔に見送られバスルームに籠もると、最低限の準備を自分の体に施した。

腰にバスタオルを巻いた姿で出ていくと、またたく間にベッドの上に押し倒されたが、大輔はとてつもなく丁寧に瞬を抱いていく。
奉仕という感じでもなかったが、瞬の反応を確かめながら、それでいて自身も高ぶっていること隠さず、何だか凍てついた心を癒やされるような錯覚がするほど、優しく情熱を持った行為。
だからこそ、瞬は耐えられなくなった。


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