げに美しきその心

コロンパン

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8章

ナタリー

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煉獄の鬼神、ビルフォード伯爵。
トランスヴァニアで知らない人間は居ない程。畏怖されている男。

だが、その妻であるナタリーもジュードに負けず劣らず有名である。

彼女はかつて敵国であった国の戦姫だった。
武芸に秀でており、騎士顔負けの強さを誇った。

トランスヴァニアとの戦場で、ジュードと出会った。

あろうことか、お互いが一目惚れだった。
しかしながら敵同士の二人が易々と心を通わせる事が出来るはずもない。

戦場でのみ顔を合わせる、合わせるのは顔だけではなく、刃も合わせる訳なのだが。


「本当に、貴女の様な女性が敵国の姫だなんて、運命を呪うぞ!」

「同感だな!煉獄の鬼神がこの様に私の好みの男だったなんて、戦を仕掛けた父上を謀殺したいぐらいだ!!」

激しい剣戟の中、交わされる会話。


「なぁ、伯なんだが、まさか敵国の姫君を口説いてないか?」

「言うな!皆敢えて口に出していないのだぞ。」

「だ、だが・・・。」




「姫様、鬼神に懸想なされているのか?」

「ま、まさか!?」

「だが、鬼神を見るそれは、恋慕う者を見る目だぞ。」



両陣営の部下、臣下達は二人の様子を黙認していた。



そして、当然の事ながら、トランスヴァニアの勝利で戦は終結した。
敗戦国となったナタリーの父である王は処刑され、血縁者も籍を剥奪。
単なる貴族として生活する事を余儀なくされた。


ナタリーは寧ろ好都合だった。
自国ながら、贅の限りを尽くしていた父親を嫌悪していた。
民に還元せずに、自国を守れる筈が無い。
そんな自分を青臭いと馬鹿にする兄達を軽蔑していた。
父親は処刑。
兄達は逃げ出して捕まり、投獄された。
そして、ナタリーは男爵の地位となった。

貴族でなくても平民でも良い。
自分の力で生活しようと先立つ物を見繕っていた。
身の回り品は売り払い、さぁ、新しい生活だと意気込んだ矢先に、トランスヴァニア国から親書が届く。


『姫君を貰い受けたい男が居る。』

まさかと胸が高鳴るナタリー。
逸る気持ちを抑え、馬を走らせる。

トランスヴァニアに着き、目にしたのは自分と刃を交えた男。

「やはり貴殿であったか、私を貰い受けたいという酔狂な男は。」

自身の高揚する気持ちを隠さずに満面の笑みでジュードに笑いかける。
ジュードも瞳を深紅に変化させ、嬉しそうに笑う。

「この機を逃したら、貴女が捕まらないと感じたのでな。」

お互い周囲の目も気にせずに見つめ合う。
だが、ナタリーが視線を落とし、表情が翳る。

ジュードはどうしたのかと首を傾げる。
普段のナタリーとは全く違う弱気な口調でジュードに尋ねる。


「貴殿は・・・貴殿は良いのか?敗戦の元王族の女を娶る事は、貴殿にとって醜聞でしかないと思うのだが、問題無いのか?」


キョトンとした顔でナタリーを見るジュードは、さも当然かのようにサラリと言いのける。

「惚れた女と添い遂げる事の何処に問題が?」

呆気に取られるナタリー。
更にジュードは不敵に笑う。

「貴女こそ、鬼神の妻となる覚悟はお有りか?
怖気づいてはいまいか?」

その言葉にナタリーは小さく息を吐き、ニヤリと笑う。

「私の噂は知っているだろう?カザン国の王女は戦いに魅入られた恐ろしい女だと。
貴殿の様に美しい鬼神の妻になら喜び勇んで嫁ぐさ。」

片眉を上げて肩を竦めるジュード。

「俺の事を美しいと言う女性は貴女位なものだ。」

心底驚いた顔でナタリーは言う。

「この国の女性は見る目が無いな。」

ジュードは声を上げて笑う。
つられてナタリーも破顔する。

二人はその日の内に夫婦となった。






「君が初めて武勲を求めるから何事かと思ったら、まさか好いた女性を求めるとはねぇ~。
鬼神の惚れた女性がカザン国の戦姫とは、いやはや流石言うか何というか。」

玉座にてサリュエルがジュードを冷やかす。

「・・・・悪いか。」

ナタリーは跪いて挨拶しようとしたが、ジュードに制止されて直立のままトランスヴァニア国の王と対峙している。

大丈夫だろうかと、視線はサリュエルとジュードを行き来する。
眉間に皺を寄せるジュードはナタリーに不機嫌そうに話す。

「コイツに畏まらなくていい。敬語も要らん。」

「だ、だが・・・。」

大国の王だぞ?
その言葉が出る前にサリュエルがのんびりとした口調で言う。

「ジュードの言う通り。気にしないで?
僕の事はサリュと呼んで?」

「い、いや。流石にそれは・・・。」

引き気味にナタリーは断る。
この距離の近い男は本当に国王なのか?

疑念を抱くが、玉座に座っていたのだから、そうなのであろう。

ジュードがナタリーの肩を抱き、サリュエルを睨み付ける。

「彼女を困らせるな。」

「困らせてるつもりは無いよ~?君の妻になる人なのだから、仲良くしたいもの。」

「仲良くしなくて良い。」

「ええ~!?酷い!」

「うるさい。」

最初は二人の遣り取りを唖然と眺めていたが、耐えられなくなり、カラカラと笑い出す。

ジュードとサリュエルは不思議そうにナタリーを見る。

「仲が良いのだな。王と臣下な筈なのに気安い。
ふふふ。この国が豊かなのが分かる気がする。
・・・少し妬ける。」

バツが悪そうなジュードと嬉しそうなサリュエル。
相対する表情の二人を見て、更にナタリーは吹き出す。




一頻り笑った後、

「末永く宜しく頼む。陛下。」

ナタリーは手をサリュエルに差し出す。
サリュエルは僅かに目を見開いたが、直ぐに笑みを浮かべ、差し出されたナタリーの手を握る。


「ジュードの妻が君で良かった。」

心からの言葉にナタリーは胸が熱くなる。

「陛下の大切な友人を悲しませないと誓うよ。」

「それは、俺が言う言葉の様な気がするのだが・・・。」

ナタリーの勇ましい言葉に、苦笑いのジュード。
それを見て、サリュエルとナタリーは笑い合った。





「ホント、ナタリーと同じ事言うんだものな、シルヴィアちゃん。
やっぱり親子だねぇ。」

サリュエルは自分の手を眺めながら呟く。
強く握られた手の感触が未だに残っているかの様に、サリュエルは笑みを深めた。








ビルフォード家の書斎。
ジュードが執務を熟していた。

はた、とペンが止まる。
こちらへ向かってくる気配を察知し、顔を上げる。

はしたなく無い、それでいて性急な足取りで向かって来る。

ノックも無く、勢い良く開くドア。
それを咎める事の無いジュード。
そうしなかったのは、そこに立っていたのが最愛の妻、ナタリーであったからだ。

彼女の顔は満面の笑みで、興奮している様にも見えた。


「ジュード!!喜べ!!」

手には紙が握り締められており、恐らくそれにナタリーをそうさせた内容が書いてあるのだろう。
ジュードは穏やかな表情でナタリーに尋ねる。

「ナタリーをそこまで笑顔にさせる事とは、興味があるな。」

そうだろうと言わんばかりに、ニンマリと笑いながらジュードへ足早に近づき、手に持つ紙をジュードに渡す。
そして、ジュードがその書面を読む前に口を開く。


「シルヴィアが帰って来る!」

嬉しくて堪らない気持ちを全面に出すナタリー。
ジュードも書面に目を通し、瞳を暖かな色に変化させる。

「ただ・・・。」

ナタリーの顔が険しい物に変化する。

「あの忌々しい小僧も一緒に、だがな。」

「そのようだな。」

静かに相槌を打つジュードに対して、ナタリーは怒りを顕にする。

「あれだけの事をしておいて、のこのこと来れるものだ。」

愛娘がその夫に受けた酷な仕打ちに激怒しない親はほとんど居ないだろう。
ナタリーも例外ではない。

「シルヴィアが許してしまっているから、どうする事も出来ないがな。」

ナタリーは娘が泣きついてこない限りは手出しするつもりは無かった。
あくまでも当人同士の問題なのだから。
シルヴィアが自分を頼って来たのなら、その時はレイフォードを完膚なきまでに叩きのめすつもりなのだ。

怒りが収まらないナタリーに苦笑し、ジュードはレイフォードを庇うつもりではないが、

「気概は気に入っているがな。」

シルヴィアに火の粉が被らない様にやんわりと伝える。
ナタリーは信じられないという顔をしたので、きっちりと断言する。

「間違ってもシルヴィアにした事を許した訳では無い。
これに至っては、この屋敷の者全員が俺達と同じ想いだ。」

そうすればナタリーは幾分か落ち着いたのか、

「そう、だな。
・・・しかし、あの小僧もそれ位分かっていそうなものだが、何故一緒に来るなどと言ったのだ?」

ナタリーは腕を組み、考える。

「さてな、レイフォードは随分執着が強い。
シルヴィア一人で此処へ帰らせるのが、心配でならんのではないか?」

ジュードの言葉に思い出したナタリーはクツクツと愉しそうに笑う。

「そう言えば、ジュード。あの小僧に嫉妬されたのだったよな?
ふふふふ。実の父親に嫉妬するなんてな。
本当に余裕の無い。」

ジュードは途端に顔を歪ませ、不機嫌になる。

「アイツか。本当に口が軽い。」

此処には居ない王を呪う。

「そんなに怒るな。あの方が楽しい事が大好きなのはジュードの方が知っているだろう?
ほら、男前が台無しだ。」

皺が寄ったジュードの眉間を右手の人差し指で優しく撫でる。

「俺の事をそんな風に言うのはナタリーだけだ。」

複雑な心境で語るジュードに、ニッと両方の口角を上げる。

「だから言っているだろう?この国の女性は見る目が無いのだと。
それにもう私だけでは無いぞ?私達の子供達もジュードを世界一の父親だと思っている。」

何のてらいも無く言うナタリーに、ジュードはただ微笑を浮かべるだけ。
瞳だけは穏やかで暖かな炎の様な色でナタリーを見つめている。

ナタリーもそれを受けて、ジュードを愛おしく見つめる。
そしてクスリと笑い、踵を返す。

「さて、義理の息子を盛大に持て成してやらなくてはな、盛大にな。
邪魔をした、ジュード。」

ピンと背筋が伸び、颯爽と歩き部屋を退室するナタリー。
その姿を見送り、また執務に戻る。
ジュードは苦笑交じりにポツリと零す。



「俺よりも彼女を怒らせる方が恐ろしいのだぞ、レイフォード。」



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