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8章
それぞれの思い
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「ソニア、ソニア・・・。」
弱々しく侍女の名前を呼ぶシルヴィア。
ソニアは大体予想できる主の言葉に耳を傾ける。
「どうされました?シルヴィア様。」
シルヴィアは頬は赤いのだが瞳は青みがかっている。
混乱しているといった感じだろう。ソニアはそう捉えた。
「私・・・どうしたらいいのかしら?」
漠然とした問い掛けにソニアは敢えて問い返す。
「どうしたら、とは?ご当主と何かあったのですか?」
これにシルヴィアは頬だけでなく、首まで真っ赤に染め上げる。
俯き、消え入る様な声を絞り出した。
「お部屋を・・・ね、一緒にしたい・・・って。」
「はい。」
「わ、たしは、その、お父様とお母様のお部屋が別々だったから、とても吃驚して。
恥ずかしくて、頷く事が出来なかったの。」
「そうでしょうね。」
当然だと言わんばかりにソニアは相槌を打つ。
シルヴィアは縋る様な目でソニアを見る。
ソニアの袖の裾を掴む。
「ねぇ、ソニア。私、あの時直ぐに了承した方が良かったのかしら・・・。
レイフォード様、その時は私の意見を尊重してくださったけれど、あの後少し怒っていたみたいだから。」
自分の袖の裾を掴むシルヴィアの手に手を重ねて握り込む。
そして優しく微笑む。
「あれはシルヴィア様に怒った訳では無いですよ。
シルヴィア様が街へ行った時の事について怒っているので、シルヴィア様が心配される事はありません。」
「え?」
どういう事?といった顔をしているなとソニアは思う。
(彼女は本当に自分に寄せられる気持ちに鈍い。)
「シルヴィア様が街へ行った時、花屋の店主と話をしたとご当主に伝えたでしょう?」
「ええ、したわ。とても親切にしてくれて、良い方だったわ。」
ソニアは苦笑して、シルヴィアに言い聞かせる。
「それですよ。」
「それ?」
「自分の好きな女性が他の男性を褒めた事。
ご当主は怒った、というより嫉妬したと言う方が正しいのでしょう。
シルヴィア様が花屋の店主を褒めた事が、ご当主には腹立たしかった。」
シルヴィアに分かるように丁寧に説明する。
シルヴィアも漸く理解する。
「あ・・・。そういえば、レイフォード様は御自分で嫉妬深いと仰っていたわ。」
ソニアは無言で頷く。
「でも、それはケビンとの事だけだと思っていたから、まさか花屋のテッドさんにまでとは。
ほら、ケビンを雇った経緯が特殊だったでしょう?」
シルヴィアは言いにくそうに語る。
言いたい事は分かる。
レイフォードがシルヴィアの相手として連れて来たのがケビンであり、
自分が蒔いた種にも関わらず、その仲を疑いもした。
ケビンとの距離が近いのも、自分が原因であるのに、嫉妬をするレイフォードに呆れる。
ソニアはレイフォードを擁護するつもりは更々ないが、レイフォードの嫉妬によりシルヴィアの心が傷付く事には我慢ならない。
「シルヴィア様、ご当主は自分で嫉妬深いと言っていたのですよね?
ならば、ケビン以外の全ての男性が対象になるのですよ。
全く狭量過ぎて困ったものですが。」
シルヴィアは信じられないという顔をする。
「まぁ・・・。そうだったの。
それなら、どうしたらいいのかしら?
私、男性の方とお話しない方が良いの?」
レイフォードが怒らない様にするにはどうしたらいいか、それがシルヴィアには重要だ。
「でも、ゴードンやケビンや此処のお屋敷の皆とお話しないようにする事は難しいし、
外でも話しかけられた時にお返事しないのは失礼よね?」
考え込むシルヴィア。
ソニアはシルヴィアの手を更にぎゅっと握る。
「シルヴィア様は今のままで大丈夫ですよ。
向こうが勝手に嫉妬しているだけなのですから。
生活していく上で男性と一切話をしないなんて不可能ですし、
これから社交の場に顔を出さなければならない機会が増えていくのに、
ご当主が逐一嫉妬していては、周りにも示しがつかないでしょう。
ご当主には慣れていただかないと。」
「・・・ソニア、貴女凄く悪い顔をしているわ。
流石に私でも分かるわよ?
面白がっているでしょう?」
シルヴィアが呆れた様子でソニアを見る。
「そんな事はありません。」
淡々と話すソニアに頬を膨らませるシルヴィア。
「もう!ずっと一緒に居るのだから貴女が何を考えているのか位は分かるのよ!」
シルヴィアにそう言われて、ソニアはとても嬉しそうに笑う。
ソニアのその笑顔にシルヴィアもこれ以上何も言えなくなる。
家族だけではなく、ずっと一緒に居たのはソニアも同じ。
シルヴィアはソニアの事も言葉を介さなくても分かるのだ。
ソニアにはそれがこの上なく嬉しかった。
「まぁ、男性と話す云々は置いておいて、今は部屋を一緒にするかどうかの話ですよね?」
シルヴィアは思い出した様に口を大きく開く。
「そうだったわ!そうよ、お部屋のお話をしていたものね。
ソニア、どうしたらいいかしら?」
ソニアは笑顔のままで言う。
「シルヴィア様が心の準備が出来てないようであれば、お断りして大丈夫だったのでは?」
「そう、なのかしら?」
「シルヴィア様は自分の寝顔をご当主に見られる事に抵抗があるのでしょう?」
頬を赤くさせて、シルヴィアは頷く。
「ええ。恥ずかしいわ・・・。だって、ソニアがいつも言っているじゃない、涎が凄かったって。」
「・・・・・・・・。」
ソニアは沈黙する。
シルヴィアは異変に気付きソニアをまた見つめる。
「ソニア?嘘よね?貴女・・・。」
「シルヴィア様はいつもお綺麗なままで御就寝されていますよ。」
さらりと答えるソニアに、シルヴィアの顔が青褪めていく。
「・・・・!!ソニアったら!!何で、そんな嘘を吐くのよ!
レイフォード様に言ってしまったのよ!!
あああ!私、もうどうしましょう!!」
顔を覆い嘆くシルヴィア。
ソニアは項垂れるシルヴィアを宥めるように背中を擦る。
「お断り出来る理由になったのだから、ある意味良かったじゃないですか。」
ソニアにバッと顔を向ける。
シルヴィアの顔は憤怒の表情だ。
あ、まずいなと思ったが、時既に遅し。
見る見る内にシルヴィアの瞳に涙が溜まる。
唇が震え、瞳は深海の様に深い青。
「・・・ソニアの、・・・ソニアの、
ばかああああ!!!!」
自分の寝台へ潜り込み布団に包まる。
シルヴィアを怒らせる事が出来るのは、現時点ではソニアしか居ない。
それだけ、ソニアに心を開いていると言える。
ミシェルやタチアナはそれ故、ソニアを敵視するのだ。
とは言え、ソニアは今は布団に籠城しているシルヴィアをどうにかしなければならないと考える。
「ソニアの馬鹿!
レイフォード様に私が涎が凄いっていう印象が付いてしまったわ!
もう!もう!もう!」
頭を掻きながらソニアは寝台へ近寄り、
布団の塊の近くへ腰掛ける。
そして、その布団の塊に手を当てる。
「シルヴィア様。」
「ソニアの馬鹿!」
「はい、申し訳ありません。ですが、シルヴィア様がご当主と部屋を一緒にするお心構えが無いと感じたので、
勝手ながら口を挟んでしまいました。そう言えばシルヴィア様がご当主に断ると思ったのですが、余計な事でしたね。」
「・・・・・。」
シルヴィアは答えない。
確かにそうなのだ。
レイフォードに自分の寝姿を見られるのが恥ずかしい。
ましてや寝汚いなら尚更だ。
「私としても、シルヴィア様が部屋を一緒にされるのはまだ早いかと思いました。
シルヴィア様自身、男性と夜を共にする事がどういう意味か完全に理解されていないので。」
「そ、それ位、分かるわ。お母様が教えてくれたもの。」
ソニアに小さく反論する。
「ナタリー様の仰っていた事を信じているのですか?」
ソニアに言葉に思わず布団から飛び出すシルヴィア。
「お母様の言っていた事が嘘だったの!?」
シルヴィアの勢いに押されながらも、冷静に答えるソニア。
「嘘ではありませんが、ナタリー様が仰っていたのはほんの触り程度の話ですよ。」
「え・・・。」
シルヴィアは愕然とする。
ソニアはビルフォード家が恐ろしい程、シルヴィアに性的な事柄を話すのを避けていたのは知っている。
しかし、レイフォードと夫婦になり、そういった事は一体誰が教えるのだろうかと懸念していた。
ジュードは絶対に教えない。
ノーラン、イザークは勿論、何故か知っているミシェルもそうだろう。
頼みであったナタリーでさえも、
『いいかい?シルヴィア。夫婦となると、特別な触れ合いが生じる事がある。
それは・・・・、ええと・・・・だな。
・・・・・・。
駄目だ!!どうしても言えん!!
私には言えん!!
シルヴィア、要するにあれだ!
抱き合ったり、口づけを交わしたりするものなんだ、夫婦は。
ほら、お前がよく読んでいる恋愛小説にも恋人同士が口づけをしているだろう?
そういう事だ!
夫婦になったら、沢山口づけをする。
覚えておきなさい。』
ソニアは頭を抱えた。
シルヴィアが読んでいた恋愛小説も、ノーラン達の検閲を合格した物。
口づけ以上の行為は一切無い。
(ちょっと待て。これ、私がシルヴィア様に教えないといけないのか?)
レイフォードの元へ行くのはシルヴィアと自分だけ。
確定事項だ。
どう伝えればいいか、考えている間に、レイフォードの屋敷へ着いた。
そして、レイフォードのあの振る舞い。
シルヴィアがレイフォードとそうなる事は無くなった。
レイフォードへの殺意は芽生えるのだが、ホッとしている自分もいた。
しかし、シルヴィアの魅力にレイフォードが惹かれるのも時間の問題。
案の定、レイフォードはシルヴィアの虜となる。
恐ろしいまでにシルヴィアに執着を見せるレイフォード。
シルヴィアを見つめる目には情欲に満ちていた。
何も知らないシルヴィアはレイフォードのその感情を煽るかのような振る舞いを無自覚に取る。
その欲望のままレイフォードがシルヴィアを襲ったらどうなるか。
(抱き締められただけで、記憶を飛ばすお方だぞ。
泣いてしまうよな。確実に泣く。)
ソニアが考えあぐねている横で、シルヴィアは耳を押さえて赤面する。
「ねぇ、ソニア?
じ、じゃあ、耳を、噛むのは本当に夫婦が触れ合う行為の一つなのね・・・?」
「は・・・?耳・・・。
噛まれたのですか?ご当主に?」
ソニアの一段と低くなった声に少しだけ不安に感じながらも赤い顔のまま頷く。
「あんの野郎・・・・。」
シルヴィアには聞こえない小さな声でレイフォードへ殺意を漏らす。
シルヴィアはもじもじとしながら、ソニアに問う。
「私も耳を噛んだ方が良いのかしら?
夫婦の触れ合いなら、必要よね?」
「止めた方が良いです。(シルヴィア様の身が)危ないですから。」
「そ、そんなに危険を伴う行為なの・・・?
私にはまだ難しいという事なのね。
分かったわ、練習してからにするわ。」
ソニアが被せる様にシルヴィアの問いを否定する。
ソニアの真剣な顔に見当違いだが、シルヴィアは納得する。
「レイフォード様がこれから少しずつ教えて下さるって言っていたし、
お話もお出掛けも沢山出来るわ。
そうすれば、お部屋が一緒でも恥ずかしくなくなるわよね?」
シルヴィアはレイフォードと交わした約束を思い出し、頬を緩める。
膝の上に置かれたシルヴィアの手を優しく握る。
「私も及ばずながら助力致します。」
(というか、アイツに任せるのが不安でしかないからな。)
ソニアに微笑むシルヴィア。
「ありがとう、ソニア・・・。」
「まぁ、その前にご当主にシルヴィア様の誤解を解かないといけませんね。」
意地悪く笑うソニアにハッとするシルヴィア。
「そうだったわ!私ソニアに怒っていたのに!」
「申し訳ございません。私が責任を持ってご報告致しますよ。」
「もういいわ。
考えてみたら、最初からレイフォード様には変な所を見られてばかりだし、
今更増えた所で、変わらないわ。」
息を吐き落ち込むシルヴィアに苦笑するソニア。
(自己評価が一段と低くなってしまったのは、アイツのせいだな。)
心の中で毒づくソニア。
「シルヴィア様、嬉しいお知らせがありますよ。」
話を変えてシルヴィアの気持ちを上げようと、ソニアは穏やかに話す。
「テーゼに確認しましたが、シルヴィア様のお作りになっている物を伝えると、是非とも頂きたいそうですよ。」
ソニアの言葉で満面の笑みを浮かべるシルヴィア。
「本当!?良かった・・・!!皆に確認せずに勝手に作っているから、要らないと言われたらどうしようかと思っていたの。」
「シルヴィア様の御作りになる物を要らないという人間はこの屋敷に居ませんよ。」
「そうだったら、良いけれど。レイフォード様も貰ってくれるかしら?」
寝台をトンと降りて、クローゼットの方へ跳ねる様に歩くシルヴィア。
クローゼットの中をゴソゴソと漁っている。
「ご当主は渇望していると思いますけれどね。」
ソニアの呟きは探し物をしているシルヴィアには聞こえなかった。
「そうと決まれば、早速作りましょう!!
沢山、沢山作らないとね。」
「テーゼも言っていましたが、無理のない程度になさいませ。
根詰め過ぎて倒れないように気をつけてくださいよ。」
ソニアに振り返り、とても嬉しそうに笑う。
「大丈夫よ!!ああ、これから楽しみな事が沢山あるわね!」
手に持つ物を愛おしく撫で、幸せそうに笑う。
本当に此処へ来て良かった、心から思うシルヴィアだった。
弱々しく侍女の名前を呼ぶシルヴィア。
ソニアは大体予想できる主の言葉に耳を傾ける。
「どうされました?シルヴィア様。」
シルヴィアは頬は赤いのだが瞳は青みがかっている。
混乱しているといった感じだろう。ソニアはそう捉えた。
「私・・・どうしたらいいのかしら?」
漠然とした問い掛けにソニアは敢えて問い返す。
「どうしたら、とは?ご当主と何かあったのですか?」
これにシルヴィアは頬だけでなく、首まで真っ赤に染め上げる。
俯き、消え入る様な声を絞り出した。
「お部屋を・・・ね、一緒にしたい・・・って。」
「はい。」
「わ、たしは、その、お父様とお母様のお部屋が別々だったから、とても吃驚して。
恥ずかしくて、頷く事が出来なかったの。」
「そうでしょうね。」
当然だと言わんばかりにソニアは相槌を打つ。
シルヴィアは縋る様な目でソニアを見る。
ソニアの袖の裾を掴む。
「ねぇ、ソニア。私、あの時直ぐに了承した方が良かったのかしら・・・。
レイフォード様、その時は私の意見を尊重してくださったけれど、あの後少し怒っていたみたいだから。」
自分の袖の裾を掴むシルヴィアの手に手を重ねて握り込む。
そして優しく微笑む。
「あれはシルヴィア様に怒った訳では無いですよ。
シルヴィア様が街へ行った時の事について怒っているので、シルヴィア様が心配される事はありません。」
「え?」
どういう事?といった顔をしているなとソニアは思う。
(彼女は本当に自分に寄せられる気持ちに鈍い。)
「シルヴィア様が街へ行った時、花屋の店主と話をしたとご当主に伝えたでしょう?」
「ええ、したわ。とても親切にしてくれて、良い方だったわ。」
ソニアは苦笑して、シルヴィアに言い聞かせる。
「それですよ。」
「それ?」
「自分の好きな女性が他の男性を褒めた事。
ご当主は怒った、というより嫉妬したと言う方が正しいのでしょう。
シルヴィア様が花屋の店主を褒めた事が、ご当主には腹立たしかった。」
シルヴィアに分かるように丁寧に説明する。
シルヴィアも漸く理解する。
「あ・・・。そういえば、レイフォード様は御自分で嫉妬深いと仰っていたわ。」
ソニアは無言で頷く。
「でも、それはケビンとの事だけだと思っていたから、まさか花屋のテッドさんにまでとは。
ほら、ケビンを雇った経緯が特殊だったでしょう?」
シルヴィアは言いにくそうに語る。
言いたい事は分かる。
レイフォードがシルヴィアの相手として連れて来たのがケビンであり、
自分が蒔いた種にも関わらず、その仲を疑いもした。
ケビンとの距離が近いのも、自分が原因であるのに、嫉妬をするレイフォードに呆れる。
ソニアはレイフォードを擁護するつもりは更々ないが、レイフォードの嫉妬によりシルヴィアの心が傷付く事には我慢ならない。
「シルヴィア様、ご当主は自分で嫉妬深いと言っていたのですよね?
ならば、ケビン以外の全ての男性が対象になるのですよ。
全く狭量過ぎて困ったものですが。」
シルヴィアは信じられないという顔をする。
「まぁ・・・。そうだったの。
それなら、どうしたらいいのかしら?
私、男性の方とお話しない方が良いの?」
レイフォードが怒らない様にするにはどうしたらいいか、それがシルヴィアには重要だ。
「でも、ゴードンやケビンや此処のお屋敷の皆とお話しないようにする事は難しいし、
外でも話しかけられた時にお返事しないのは失礼よね?」
考え込むシルヴィア。
ソニアはシルヴィアの手を更にぎゅっと握る。
「シルヴィア様は今のままで大丈夫ですよ。
向こうが勝手に嫉妬しているだけなのですから。
生活していく上で男性と一切話をしないなんて不可能ですし、
これから社交の場に顔を出さなければならない機会が増えていくのに、
ご当主が逐一嫉妬していては、周りにも示しがつかないでしょう。
ご当主には慣れていただかないと。」
「・・・ソニア、貴女凄く悪い顔をしているわ。
流石に私でも分かるわよ?
面白がっているでしょう?」
シルヴィアが呆れた様子でソニアを見る。
「そんな事はありません。」
淡々と話すソニアに頬を膨らませるシルヴィア。
「もう!ずっと一緒に居るのだから貴女が何を考えているのか位は分かるのよ!」
シルヴィアにそう言われて、ソニアはとても嬉しそうに笑う。
ソニアのその笑顔にシルヴィアもこれ以上何も言えなくなる。
家族だけではなく、ずっと一緒に居たのはソニアも同じ。
シルヴィアはソニアの事も言葉を介さなくても分かるのだ。
ソニアにはそれがこの上なく嬉しかった。
「まぁ、男性と話す云々は置いておいて、今は部屋を一緒にするかどうかの話ですよね?」
シルヴィアは思い出した様に口を大きく開く。
「そうだったわ!そうよ、お部屋のお話をしていたものね。
ソニア、どうしたらいいかしら?」
ソニアは笑顔のままで言う。
「シルヴィア様が心の準備が出来てないようであれば、お断りして大丈夫だったのでは?」
「そう、なのかしら?」
「シルヴィア様は自分の寝顔をご当主に見られる事に抵抗があるのでしょう?」
頬を赤くさせて、シルヴィアは頷く。
「ええ。恥ずかしいわ・・・。だって、ソニアがいつも言っているじゃない、涎が凄かったって。」
「・・・・・・・・。」
ソニアは沈黙する。
シルヴィアは異変に気付きソニアをまた見つめる。
「ソニア?嘘よね?貴女・・・。」
「シルヴィア様はいつもお綺麗なままで御就寝されていますよ。」
さらりと答えるソニアに、シルヴィアの顔が青褪めていく。
「・・・・!!ソニアったら!!何で、そんな嘘を吐くのよ!
レイフォード様に言ってしまったのよ!!
あああ!私、もうどうしましょう!!」
顔を覆い嘆くシルヴィア。
ソニアは項垂れるシルヴィアを宥めるように背中を擦る。
「お断り出来る理由になったのだから、ある意味良かったじゃないですか。」
ソニアにバッと顔を向ける。
シルヴィアの顔は憤怒の表情だ。
あ、まずいなと思ったが、時既に遅し。
見る見る内にシルヴィアの瞳に涙が溜まる。
唇が震え、瞳は深海の様に深い青。
「・・・ソニアの、・・・ソニアの、
ばかああああ!!!!」
自分の寝台へ潜り込み布団に包まる。
シルヴィアを怒らせる事が出来るのは、現時点ではソニアしか居ない。
それだけ、ソニアに心を開いていると言える。
ミシェルやタチアナはそれ故、ソニアを敵視するのだ。
とは言え、ソニアは今は布団に籠城しているシルヴィアをどうにかしなければならないと考える。
「ソニアの馬鹿!
レイフォード様に私が涎が凄いっていう印象が付いてしまったわ!
もう!もう!もう!」
頭を掻きながらソニアは寝台へ近寄り、
布団の塊の近くへ腰掛ける。
そして、その布団の塊に手を当てる。
「シルヴィア様。」
「ソニアの馬鹿!」
「はい、申し訳ありません。ですが、シルヴィア様がご当主と部屋を一緒にするお心構えが無いと感じたので、
勝手ながら口を挟んでしまいました。そう言えばシルヴィア様がご当主に断ると思ったのですが、余計な事でしたね。」
「・・・・・。」
シルヴィアは答えない。
確かにそうなのだ。
レイフォードに自分の寝姿を見られるのが恥ずかしい。
ましてや寝汚いなら尚更だ。
「私としても、シルヴィア様が部屋を一緒にされるのはまだ早いかと思いました。
シルヴィア様自身、男性と夜を共にする事がどういう意味か完全に理解されていないので。」
「そ、それ位、分かるわ。お母様が教えてくれたもの。」
ソニアに小さく反論する。
「ナタリー様の仰っていた事を信じているのですか?」
ソニアに言葉に思わず布団から飛び出すシルヴィア。
「お母様の言っていた事が嘘だったの!?」
シルヴィアの勢いに押されながらも、冷静に答えるソニア。
「嘘ではありませんが、ナタリー様が仰っていたのはほんの触り程度の話ですよ。」
「え・・・。」
シルヴィアは愕然とする。
ソニアはビルフォード家が恐ろしい程、シルヴィアに性的な事柄を話すのを避けていたのは知っている。
しかし、レイフォードと夫婦になり、そういった事は一体誰が教えるのだろうかと懸念していた。
ジュードは絶対に教えない。
ノーラン、イザークは勿論、何故か知っているミシェルもそうだろう。
頼みであったナタリーでさえも、
『いいかい?シルヴィア。夫婦となると、特別な触れ合いが生じる事がある。
それは・・・・、ええと・・・・だな。
・・・・・・。
駄目だ!!どうしても言えん!!
私には言えん!!
シルヴィア、要するにあれだ!
抱き合ったり、口づけを交わしたりするものなんだ、夫婦は。
ほら、お前がよく読んでいる恋愛小説にも恋人同士が口づけをしているだろう?
そういう事だ!
夫婦になったら、沢山口づけをする。
覚えておきなさい。』
ソニアは頭を抱えた。
シルヴィアが読んでいた恋愛小説も、ノーラン達の検閲を合格した物。
口づけ以上の行為は一切無い。
(ちょっと待て。これ、私がシルヴィア様に教えないといけないのか?)
レイフォードの元へ行くのはシルヴィアと自分だけ。
確定事項だ。
どう伝えればいいか、考えている間に、レイフォードの屋敷へ着いた。
そして、レイフォードのあの振る舞い。
シルヴィアがレイフォードとそうなる事は無くなった。
レイフォードへの殺意は芽生えるのだが、ホッとしている自分もいた。
しかし、シルヴィアの魅力にレイフォードが惹かれるのも時間の問題。
案の定、レイフォードはシルヴィアの虜となる。
恐ろしいまでにシルヴィアに執着を見せるレイフォード。
シルヴィアを見つめる目には情欲に満ちていた。
何も知らないシルヴィアはレイフォードのその感情を煽るかのような振る舞いを無自覚に取る。
その欲望のままレイフォードがシルヴィアを襲ったらどうなるか。
(抱き締められただけで、記憶を飛ばすお方だぞ。
泣いてしまうよな。確実に泣く。)
ソニアが考えあぐねている横で、シルヴィアは耳を押さえて赤面する。
「ねぇ、ソニア?
じ、じゃあ、耳を、噛むのは本当に夫婦が触れ合う行為の一つなのね・・・?」
「は・・・?耳・・・。
噛まれたのですか?ご当主に?」
ソニアの一段と低くなった声に少しだけ不安に感じながらも赤い顔のまま頷く。
「あんの野郎・・・・。」
シルヴィアには聞こえない小さな声でレイフォードへ殺意を漏らす。
シルヴィアはもじもじとしながら、ソニアに問う。
「私も耳を噛んだ方が良いのかしら?
夫婦の触れ合いなら、必要よね?」
「止めた方が良いです。(シルヴィア様の身が)危ないですから。」
「そ、そんなに危険を伴う行為なの・・・?
私にはまだ難しいという事なのね。
分かったわ、練習してからにするわ。」
ソニアが被せる様にシルヴィアの問いを否定する。
ソニアの真剣な顔に見当違いだが、シルヴィアは納得する。
「レイフォード様がこれから少しずつ教えて下さるって言っていたし、
お話もお出掛けも沢山出来るわ。
そうすれば、お部屋が一緒でも恥ずかしくなくなるわよね?」
シルヴィアはレイフォードと交わした約束を思い出し、頬を緩める。
膝の上に置かれたシルヴィアの手を優しく握る。
「私も及ばずながら助力致します。」
(というか、アイツに任せるのが不安でしかないからな。)
ソニアに微笑むシルヴィア。
「ありがとう、ソニア・・・。」
「まぁ、その前にご当主にシルヴィア様の誤解を解かないといけませんね。」
意地悪く笑うソニアにハッとするシルヴィア。
「そうだったわ!私ソニアに怒っていたのに!」
「申し訳ございません。私が責任を持ってご報告致しますよ。」
「もういいわ。
考えてみたら、最初からレイフォード様には変な所を見られてばかりだし、
今更増えた所で、変わらないわ。」
息を吐き落ち込むシルヴィアに苦笑するソニア。
(自己評価が一段と低くなってしまったのは、アイツのせいだな。)
心の中で毒づくソニア。
「シルヴィア様、嬉しいお知らせがありますよ。」
話を変えてシルヴィアの気持ちを上げようと、ソニアは穏やかに話す。
「テーゼに確認しましたが、シルヴィア様のお作りになっている物を伝えると、是非とも頂きたいそうですよ。」
ソニアの言葉で満面の笑みを浮かべるシルヴィア。
「本当!?良かった・・・!!皆に確認せずに勝手に作っているから、要らないと言われたらどうしようかと思っていたの。」
「シルヴィア様の御作りになる物を要らないという人間はこの屋敷に居ませんよ。」
「そうだったら、良いけれど。レイフォード様も貰ってくれるかしら?」
寝台をトンと降りて、クローゼットの方へ跳ねる様に歩くシルヴィア。
クローゼットの中をゴソゴソと漁っている。
「ご当主は渇望していると思いますけれどね。」
ソニアの呟きは探し物をしているシルヴィアには聞こえなかった。
「そうと決まれば、早速作りましょう!!
沢山、沢山作らないとね。」
「テーゼも言っていましたが、無理のない程度になさいませ。
根詰め過ぎて倒れないように気をつけてくださいよ。」
ソニアに振り返り、とても嬉しそうに笑う。
「大丈夫よ!!ああ、これから楽しみな事が沢山あるわね!」
手に持つ物を愛おしく撫で、幸せそうに笑う。
本当に此処へ来て良かった、心から思うシルヴィアだった。
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今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
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