げに美しきその心

コロンパン

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7章

忠義

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「はぁ・・・・・・。」

「おい、レイフォード。今日で何回目だ?」

ダイオンがレイフォードの溜息に苦笑する。

「あ、父上・・・。申し訳ありません。」

「構わんが、一体どうしたんだ。」

レイフォードは気まずそうに視線を彷徨わせる。
ダイオンは恐らく予想はつくが、敢えて聞いた。

「大方シルヴィアの事だろう。」

びくりと肩を震わせるレイフォード。
やはりなとダイオンも溜息を吐く。

「お前、まだ一日も経っていないぞ。
あと数日は帰れはしないのに、もうそれでは先が思いやられるな。」

「・・・・申し訳ありません。」

レイフォードは謝るしかできない。

「何に不安を感じている?」

「・・・・俺の居ない間に・・・・他の男がシルヴィアに近づいているかと思うと・・・。」

ダイオンは唖然とする。
エリオットから聞いたが、これほど重症とは。

「レイフォード、心配し過ぎだろう。」

ダイオンにそう言われるが、首を横に振りレイフォードはダイオンを見る。

「父上、シルヴィアはあんなに美しいのです。
他の男が放っておく筈がありません。
それなのに、それに気付きもせずに警戒する事もなく、彼女は誰でも受け入れる。
それが、彼女の美点でもありますが、俺は心配でならない。」

また大きく溜息を吐いて項垂れるレイフォード。
ダイオンはもう笑うしかない。

「恋の病とは、中々どうして、こうも人を変えてしまうものなのか・・・。」



なぁ、シルヴィア。
俺は君に会えないのがこんなにも辛く寂しいものとは思わなかった。
昔は顔を合わせない毎日だったのに、
今では顔を毎日合わせないと、不安で仕方がない。

シルヴィア、君は?
俺が居なくても大丈夫なのか?


平気だよな。
だって、あれほど君を放置した俺に何も不満を言う事も無く、
君は毎日を過ごしていたのだから。

君が誰かに笑いかける、君が誰かに話しかける、君が誰かに触れる全てに俺は嫉妬する。
その微笑み、その言葉、その手は全て俺の物じゃないのが許せない。
だが、君を制限する資格は俺には無い。

あんなに君を傷付けて、不実な事を繰り返し、君を省みる事は無く、俺は自分の欲だけを押し付けてばかりだ。
最低な男だ。
君に拒絶される事が怖くて、好きだと言えない。
真実を告げると君はきっと離れていく。

それが怖くて仕方がない。

シルヴィア、君が居なくなったら、俺はどうなってしまうのだろう。
きっと失う痛みに耐えられない。
狂人の様に君を探し、見つけ出し、君を連れ戻す。
永遠に永遠に君を閉じ込める。
狂ってしまった俺だから、君の涙にもきっと気が付かない。
出してくれと懇願する君の声も聞こえない。

それでも俺は君に告げる。
好きなのだと。
愛していると。

どうかどうか受け入れて。
シルヴィア。

シルヴィア。

俺は、君にまだ謝る事がある。
























「なあ、君。ケビンって言ったかな?」

後ろから呼び止められ、ケビンは立ち止まる。

「貴方は・・・?」

「ああ、済まないね。俺はファンブル侯爵家のライオネルだ。」

「あ、あの。」

侯爵家の人間が自分に何の用なのか、ケビンは警戒する。

「君、シルヴィア嬢の相手としてレイフォードに金で雇われたらしいね?」

ケビンが言葉を失う。

「レイフォードから聞いたよ。アイツ、本当に酷い奴だな。」

「い、いえ。」

どうにか言葉を振り絞るケビン。
右腕を左手で押さえながら、俯く。
お構いなしにライオネルは続ける。

「シルヴィア嬢が正式に君を雇ったそうだね?
彼女は本当に慈悲深い。
自分が酷い仕打ちに遭っていても、だ。」

「は、はい、シルヴィア様はとても素晴らしい方です。」

俯いたままのケビンの耳元にそっとライオネルは囁く。

「だよな、そんな女性に君が使用人としてあるまじき想いを抱いても仕方の無い事だ。」

「!!」

ケビンの顔が強張る。
左手に力が篭り、右腕に爪が喰い込む。

「僕は、」

「ああ!誤解しないでくれ、君を責めているつもりは無い。
彼女の様に素晴らしい女性を懸想しない男は居ないさ。」

ケビンは顔を上げライオネルを見る。
笑みを浮かべたライオネルから何の感情も読み取れない。
彼は何が言いたいのか。
ケビンは困惑する。

「ライオネル様は一体、何を、仰りたいのですか?」

一層笑みを深めてライオネルは静かに語る。

「なぁ、レイフォードがシルヴィア嬢に相応しいと思うか?
俺は今日アイツから彼女にした仕打ちを聞いた。
それよりも前にアイツはシルヴィア嬢と婚約しておきながら、
他の女と一緒に居る所も何回も見た。
それを諫めると、アイツ何て言ったと思う?」


「・・・・・。」

『俺はシルヴィアと言う女と好きで婚約した訳では無い。』

『そんなに気になるのなら、好きにしていいぞ。
但し、公にならない程度にな。』


ケビンは大きく目を見開く。
まさか自分以外にもレイフォードはそんな事を言っていたとは。
しかも自分の友人にまで。

「そ、そんな事・・・。」

「吃驚したよ。よくもそんな酷い事を言えるものだなと。」

「だが、この間久しぶりにアイツが顔を見せたと思ったら、
今度はシルヴィア嬢に手を出すなと牽制してきた。」

ケビン自身も何回かレイフォードにそういった態度を取られた事がある。
使用人にそこまで牽制しなくても、とケビンは思った。


「今更だよな。シルヴィア嬢を傷つけておいて。
手の平を返してシルヴィア嬢は自分の物だと言うレイフォードに、正直腹が立った。
実際に彼女はレイフォードの妻。
これは事実だ。
アイツは彼女を離す事は無いだろう。
あの執着を見ればな。
じゃあ、彼女からなら?
彼女の気持ちがレイフォードから離れたのなら?」

ケビンは漸く理解した。
目の前の男も自分と同じくシルヴィアの事を恋慕しているのだ。
その瞳が黒く濁っている様にも見えた。

「僕にどうしろと?」

ケビンの問い掛けにライオネルは満面の笑みで答える。

「話が早くて助かる。
レイフォードはまだ何かを隠している様に見えるのだよ。
恐らくはそれが露呈したら、シルヴィア嬢が離れていく程の。
俺はそれが何か知りたい。
この屋敷の使用人達は仲が良いよね。
屋敷の雰囲気が良い。
彼女のおかげでもあるだろうがな。」

「使用人の方達に探りを入れろと仰るのですね。」


ライオネルは何も言わない。
只にいと笑うだけ、それが肯定でもあるかのように。

「彼女はきっと気が付く筈だ。俺の事を。
彼女は思い出せないだけだ。」

そう呟き、ライオネルは去って行った。

ケビンは、ライオネルの最後の言葉が引っ掛かる。
ライオネルは何故あんな事を言ったのか、
ライオネルと昔何かあったのだろうか。















「そうですか。で、ケビンはどうするつもりなんですか?」

ケビンの報告にソニアは淡々と語る。

「・・・ソニアさんに言っている時点でお分かりになられていると思いますが。
僕は、シルヴィア様を悲しませる様な事はしたくありません。
シルヴィア様がレイフォード様の事を好きでいられる限り、
その仲を引き裂く真似は致しません。」

はっきりと告げる。
ソニアは僅かに目を見張り、ケビンを見る。

そして、穏やかに微笑む。

「シルヴィア様に魅入られた人間はその身を犠牲にする方が多い。
一方でシルヴィア様を我が物にしようと、執心する人間もいる。
貴方が前者で良かったですよ。」

ケビンは自嘲する。

「僕は貴族が大嫌いなんです。
だから、シルヴィア様以外の人の為になんて動きたくありません。」

「ふっ。それを言うと当主の事も大嫌いになりますね。」

「そうですね。でもシルヴィア様の好きな方なので。」

「本当に何処が良いのだか、シルヴィア様は。」

「僕もそう思います。
ですが、僕はライオネル様が相応しいとも思いません。
あの人は、何だか恐ろしい。
・・・・ずっと笑顔だったんです。
レイフォード様の事を悪く言っている時も、ずっと穏やかな笑顔で。」

ケビンはライオネルの笑顔を思い出し、身を震わせる。

「まぁ、大丈夫でしょう。
何かしてきたとしても払える埃ですよ。」

ソニアは何も無い事の様に言う。
ケビンは呆気に取られ、本当に恐ろしいのは目の前に居る人間だと痛感する。

「で、でもレイフォード様の隠し事というのは。」

「ああ、それも大丈夫です。
心当たりがありますので。」

「え・・・。」

「まぁ、念の為に用心はしておきます。
ありがとうございました、ケビン。」

踵を返してソニアは去っていく。

「あの人は本当に何者なんだ・・・。」


それに答える者は誰もいなかった。

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