げに美しきその心

コロンパン

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5章

発覚

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レイフォードはシルヴィアを見送った後、控室の三人掛けのソファに身を投げ、横たわる。

「はぁ・・・。」

あのまま告げても良かったのだが、シルヴィアの顔色がどんどん青くなっていったので、
体調が悪くなったのかと思い、彼女の言う通り屋敷へ帰る事を了承した。

父上は恐らく、ジュード伯と居るだろうから、シルヴィアが帰る事も分かるだろう。

自分は少し間を置いて戻ろう、そう思った。
直ぐには帰らないだろう。見送るだけでもしよう。





頃合いを図り、レイフォードは大広間に戻る。

ジュードとダイオンを見つけた。
シルヴィアを探し見渡すが、見つからない。

まさか、貴族の男達に捕まっているのではないか、
焦るレイフォードは速足でダイオンの元へと急いだ。



「父上、急に席を外してしまい、申し訳ございません。」

ダイオンはニヤリと笑い、レイフォードの肩に手を置く。

「構わんさ、あれには俺たちも驚いた。
シルヴィアは全く予想を上回る行動を取るからな。
話は済んだのか?」


少し気恥ずかしい思いをしながら、レイフォードは無言で頷く。

横に居たジュードが訝し気に尋ねる。

「シルヴィアはどうした?」

「・・・え・・?」

レイフォードはジュードの瞳に気圧されながら、口を開く。

「閣下と共に先に失礼すると言い、私より先に部屋を退室しましたので、
もうこちらに戻っていると思い、見送りに参ったのですが、
・・・・お会いになられていませんか?」


ジュードの瞳の色が焔の様に濃く赤く変化する。

「・・・いや、来ていない。」



三人は互いの顔を見合わせ、固まる。


ダイオンが神妙な声で、静かに話す。

「控室から、この広間までは一直線だ。
道を外れ何処かへ行く事も考えにくい。」

「じ、じゃあ、彼女は何処に・・・。」

レイフォードは深く後悔する。
広間まで、付き添うべきだった。
自分の見知った屋敷で、尚且つ一本道の廊下で
何かが起きるとは思いもしなかったのだ。


「あの子は、人が良い。
恐らくは、道の途中で誰かに声を掛けられて、そのまま連れ出されたのだろう。
そうやって昔からよく攫われていたからな。」


攫われた?
レイフォードの胸がどくりと嫌な音を立てるのが聞こえた。
ダイオンの顔を見ると、ジュードの言葉に賛同するように、
険しく厳しい顔であった。

胸が早鐘を打つ。
汗が頬を伝う。

あんな短時間でどうやって、忽然と姿を消した?
何処に居る?
誰がシルヴィアを連れ出す?

考えが纏まらない。
すっかり混乱したレイフォードを余所に、
ジュードが不敵な笑みを浮かべる。


「ふっ。まだこの国にシルヴィアを攫おうとする命知らずの馬鹿者が居たとはな。」

濃い焔の瞳が徐々に赤黒く変色する。
その場の空気が変わる。
熱波の様な息苦しさが、部屋全体を襲う。

貴族達は恐れ戦き、身動き一つ出来ずにただジュードを見るだけ。
口を開けば、自分の身が一瞬で燃え散るように感じる。


「ダイオン、悪いが俺はこれで失礼する。
ノーランに知らせねばならぬのでな。」

ジュードは瞳はそのままの色で、扉の一点を見据えたまま視線を外さず、ダイオンに話す。


「ああ、分かっているさ。問題ない。」

(どこの誰かは知らんが、明日にはそいつは生きていないだろう。)

「それと、馬を貸してくれ。兎に角足の速い、体が丈夫な馬が良い。」

「・・・分かった。用意しよう。」

ジュードが外へと向かおうとするのを、レイフォードが呼び止める。

「お、俺も、いや、私も共に行きます!!」

ジュードは冷たく言い捨てる。

「要らん。足手纏いなだけだ。」

レイフォードが食い下がる。

「・・・そうだとしても、お願いします!
彼女は、シルヴィアは俺の妻なのです!」

「・・・遅れたとしても、俺はお前に合わせる事は無い。
それでいいなら、付いてくるが良い。」

そう、言いジュードは歩き出す。

「は、はい!」

部屋を出る前に、アルデバラン家の執事が、
扉を破らんばかりの勢いで、飛び込んで来る。

そして、脇目も振らず、ダイオンの所へ走り寄る。

「ダイオン様!
ドアマンが書置きを発見し、こちらに届きました。
シルヴィア様の事で・・・」

ジュードとレイフォードは一旦引き返し、ダイオンに届けられた書置きを、
食い入るように眺める。







書置きの差出人を見た瞬間、



レイフォードは頭が真っ白になった。

















ふ、と意識が浮上する。
シルヴィアは目を開け、身を起こす。

周りを見渡しても、自分の記憶にない場所である事が分かる。



「ああ、やってしまったわ・・・。
ここ数年、攫われる事も少なくなったから、油断していたわね。」

自分の両手首をきつく縛る縄を見て、溜息を吐く。

「私、どれぐらい意識を失ってたのかしら?」

部屋には窓が無い。
朝なのか夜なのか全く分からない。

「はぁ、どうしましょう。
皆に何て言ったらいいのか・・。」


途方に暮れるシルヴィア。
自分の命の心配よりも、帰った後のソニアの説教の方が恐ろしい。

説教というよりも、何故か正座をさせられ、ただずっと無言で
何を言われるまでもなく、自分を見ているだけなのだが。

それが叱責されるよりも怖い。
戦々恐々としていると、扉の開く音がする。

先程までの恐怖を意識の隅へ追いやり、扉の方へ目を向ける。

現れたのは、やはり全く記憶に無い女性であった。


女性は真っ赤な唇を大きく吊り上げる。


「あらぁ、起きたのぉ?
気分はどう?
って良くないわよねぇ。
ごめんなさいねえ。
手っ取り早く連れて来るのには、
やっぱり眠り薬が一番だからねぇ。」

クスクスと笑いながら悪びれなく謝る女性を見つめるシルヴィア。

父と同じ位の年齢だろうか、
赤い紅が目を引くが、
良く見たら、目尻に皺が刻まれている。

それを隠すように、白粉を厚く塗り
首との肌の色がアンバランスだ。
良く見たらだが。

だが、過去は美しかったのであろう。
その名残が大きな瞳とすらりと通った鼻筋で想像できた。

シルヴィアがずっと黙っていたのを、
恐怖で話せないと考えたようで、
女性は面白くて仕方がないとゲラゲラと笑い出す。

「あはははっ!
恐いわよね!そりゃそうだわ。
いきなり見知らぬ場所に連れて来られたら、
誰だって、恐いに決まってるわ。
でも、大丈夫よ。
向こうが言うことを聞いてくれたら、
あんたに危害は加えないから。」

「向こう・・・?」

シルヴィアは尋ねる。
その言葉に反応した女性は、口角を更に吊り上げにたりと笑う。


「ねぇ、あんた。レイフォードの妻って聞いたんだけど、本当?」

「・・・・はい・・・。」

まだ今はですが。という言葉が出そうになったのを、寸前で止めた。
諦めが悪いな、とシルヴィアは少し自嘲したが、
女性は気付かずに、話を続ける。


「アタシさ、母親なのよねえ。」

「母親?」

「そ。母親。」


シルヴィアはぞくりと背筋が凍る。
ああ、だって面影があるじゃない。
彼と血を分けた肉親である事が分かる。



「アタシ、レイフォードの母親なのよ。」









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