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羞月閉花
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彼女に出会ったのは、王宮で。
公爵が公務の際に偶々連れて来た愛娘がアイリーンだった。
『公爵が溺愛している天使の様な娘』
『その愛らしさに心を奪われ、求婚をする子息が後を絶たない』
噂話が独り歩きしているのはよくある事。
出会う前はそう思っていた。
俺には関係の無い事だ。
兄上に群がる女を見ていて辟易していた。
貴族の女はどれも同じだと思っていた。
だが、違った。
彼女は違った。
俺が王宮の中庭に兄上が座っているのを見かけ、声を掛けようと近づいて、足が止まった。
兄上は彼女、アイリーンと仲睦まじく談笑していたからだ。
兄上が他人に対して何の裏もなく笑う姿を久しく見ていなかった。
俺や両親以外でそんな笑顔を見せるなんて、一体あの子供は誰なんだ。
そこで漸く彼女に目を向けた瞬間、息をする事を忘れる程に彼女に釘付けになった。
兄上に媚びる感情など一切無い、心からの笑顔があんなに輝いて見えるなんて。
頬を紅潮させて、兄上に話しかける。
内容までは聞き取れなかったが、彼女の話に兄上が声を上げて笑う。
仲睦まじく寄り添う二人の姿に、俺は何故か焦燥感に駆られた。
あの宝石の様な空色の瞳。陽の光に反射して輝くプラチナブロンドの髪。
あんなに屈託なく笑う顔を愛らしい、自分にも向けて欲しい。
彼女はいとも簡単に俺の心を奪っていった。
俺はその足で国王である父に、アイリーンを婚約者にして欲しいと直談判をした。
その場に彼女の父親である公爵が居るのも気付かずに。
本来ならば兄上と結ぶ筈だったアイリーンとの婚約。苦い顔をしている公爵と慈愛に満ちた兄の顔。
「ユークがこんなに必死にあの子が良いって言うのだから、僕は大丈夫だよ。」
兄上の言葉に父も公爵も渋々了承した。
「あの子ね、純粋過ぎて貴族の世界で大変だろうから、ユークがちゃんと守ってあげるんだよ?」
後から兄上に言われた言葉。
あの時には分からなかった兄上の言葉、今なら痛い程に理解できた。
お互いの日程に都合を付け、漸くアイリーンと顔合わせの日がやって来た。
彼女に良い印象を持って欲しい。
あわよくば好きになって欲しい。
この日の為に誂えた装いで、彼女の待つ家に向かった。
だが、彼女は俺の浮ついた心を挫く反応だった。
『何故、貴方なの?』
そういう顔をしている様に見えた。
きっと彼女は兄上だと思っていたのだろう。
自分と婚約を結ぶのは、俺ではなく兄上だと。
彼女は俺を知らない、俺が一方的に知っているだけだ。
絶望とはこんな感情なのか。
地面が消え、すとんと底へ落ちる感覚。
彼女は兄上の方が良かったんだ。
どうしようもない気持ちで、でも今更彼女を兄上に譲る気持ちも無い。
君と婚約を結んだのは俺なんだ!
兄上じゃなく、俺を見てくれ。
心の中で彼女に向かって叫ぶ。
そうだ、婚約を結んだのだ。
これから彼女に好きになって貰えば良い。
会う時間は沢山ある。
自分の事を知ってくれればきっと、そう思った。
だが、何回顔を合わせても、アイリーンは俯くだけで何も言葉を紡がない。
兄上の前ではあんなに笑顔を見せたのに、何故俺の前では笑わない?
俺は俺で、いざ彼女の前だと緊張して何を話せば良いか分からない。
自分を知ってもらいたいのに、上手く言葉が出て来ない。
会いたいという気持ちと、会っても何も話せないのに会ってどうすると言う苛立ちに次第に会う機会が減っていった。
学園に通い出しても彼女の態度は変わらない。
義務だとばかりの挨拶をしたら、直ぐに俺から離れて行く。
俺達は婚約者だろう?
傍に居るのが当たり前じゃないのか?
彼女を呼び止めようにも、第二王子の身である自分に寄って来る輩を躱している内に彼女を見失う。
彼女は美しい。
成長するにつれ、体は女性らしく、誰の目から見ても魅力的な色香を放つようになった。
俺の婚約者だと周知の事実なのに、邪な視線を向ける男達を何回殺してやろうかと思ったか。
「殿下、物騒な目をしないで下さいよ。」
横に居るコーデリアに諌められる。
「アイリーンに寄る虫が居ないか見ているだけだ。」
アイリーンから視線を外す事無く答える。
「そんな遠目で見なくても、アイリーン嬢は殿下の婚約者なんだから、自分の隣に居て貰ったらいいじゃないですか。」
至極当然な意見だと思う。
だが、
「それが出来ないから、こうして見ているんだ。」
コーデリアは呆れたと言わんばかりに溜息を吐く。
分かっている。
自分でも情けないと思う。
自分の恋慕う婚約者に自分の気持ちを告げる事も出来ない。
自分では無い他の男を好きな彼女にどうして言えようか。
拒絶されるのがオチだ。
それでも彼女を手放す事はしない。
仮初めであってもいずれ彼女は自分と共になるしかないのだから。
歪んだ思いだと咎められてもいい。
俺は彼女を絶対に逃がしはしない。
公爵が公務の際に偶々連れて来た愛娘がアイリーンだった。
『公爵が溺愛している天使の様な娘』
『その愛らしさに心を奪われ、求婚をする子息が後を絶たない』
噂話が独り歩きしているのはよくある事。
出会う前はそう思っていた。
俺には関係の無い事だ。
兄上に群がる女を見ていて辟易していた。
貴族の女はどれも同じだと思っていた。
だが、違った。
彼女は違った。
俺が王宮の中庭に兄上が座っているのを見かけ、声を掛けようと近づいて、足が止まった。
兄上は彼女、アイリーンと仲睦まじく談笑していたからだ。
兄上が他人に対して何の裏もなく笑う姿を久しく見ていなかった。
俺や両親以外でそんな笑顔を見せるなんて、一体あの子供は誰なんだ。
そこで漸く彼女に目を向けた瞬間、息をする事を忘れる程に彼女に釘付けになった。
兄上に媚びる感情など一切無い、心からの笑顔があんなに輝いて見えるなんて。
頬を紅潮させて、兄上に話しかける。
内容までは聞き取れなかったが、彼女の話に兄上が声を上げて笑う。
仲睦まじく寄り添う二人の姿に、俺は何故か焦燥感に駆られた。
あの宝石の様な空色の瞳。陽の光に反射して輝くプラチナブロンドの髪。
あんなに屈託なく笑う顔を愛らしい、自分にも向けて欲しい。
彼女はいとも簡単に俺の心を奪っていった。
俺はその足で国王である父に、アイリーンを婚約者にして欲しいと直談判をした。
その場に彼女の父親である公爵が居るのも気付かずに。
本来ならば兄上と結ぶ筈だったアイリーンとの婚約。苦い顔をしている公爵と慈愛に満ちた兄の顔。
「ユークがこんなに必死にあの子が良いって言うのだから、僕は大丈夫だよ。」
兄上の言葉に父も公爵も渋々了承した。
「あの子ね、純粋過ぎて貴族の世界で大変だろうから、ユークがちゃんと守ってあげるんだよ?」
後から兄上に言われた言葉。
あの時には分からなかった兄上の言葉、今なら痛い程に理解できた。
お互いの日程に都合を付け、漸くアイリーンと顔合わせの日がやって来た。
彼女に良い印象を持って欲しい。
あわよくば好きになって欲しい。
この日の為に誂えた装いで、彼女の待つ家に向かった。
だが、彼女は俺の浮ついた心を挫く反応だった。
『何故、貴方なの?』
そういう顔をしている様に見えた。
きっと彼女は兄上だと思っていたのだろう。
自分と婚約を結ぶのは、俺ではなく兄上だと。
彼女は俺を知らない、俺が一方的に知っているだけだ。
絶望とはこんな感情なのか。
地面が消え、すとんと底へ落ちる感覚。
彼女は兄上の方が良かったんだ。
どうしようもない気持ちで、でも今更彼女を兄上に譲る気持ちも無い。
君と婚約を結んだのは俺なんだ!
兄上じゃなく、俺を見てくれ。
心の中で彼女に向かって叫ぶ。
そうだ、婚約を結んだのだ。
これから彼女に好きになって貰えば良い。
会う時間は沢山ある。
自分の事を知ってくれればきっと、そう思った。
だが、何回顔を合わせても、アイリーンは俯くだけで何も言葉を紡がない。
兄上の前ではあんなに笑顔を見せたのに、何故俺の前では笑わない?
俺は俺で、いざ彼女の前だと緊張して何を話せば良いか分からない。
自分を知ってもらいたいのに、上手く言葉が出て来ない。
会いたいという気持ちと、会っても何も話せないのに会ってどうすると言う苛立ちに次第に会う機会が減っていった。
学園に通い出しても彼女の態度は変わらない。
義務だとばかりの挨拶をしたら、直ぐに俺から離れて行く。
俺達は婚約者だろう?
傍に居るのが当たり前じゃないのか?
彼女を呼び止めようにも、第二王子の身である自分に寄って来る輩を躱している内に彼女を見失う。
彼女は美しい。
成長するにつれ、体は女性らしく、誰の目から見ても魅力的な色香を放つようになった。
俺の婚約者だと周知の事実なのに、邪な視線を向ける男達を何回殺してやろうかと思ったか。
「殿下、物騒な目をしないで下さいよ。」
横に居るコーデリアに諌められる。
「アイリーンに寄る虫が居ないか見ているだけだ。」
アイリーンから視線を外す事無く答える。
「そんな遠目で見なくても、アイリーン嬢は殿下の婚約者なんだから、自分の隣に居て貰ったらいいじゃないですか。」
至極当然な意見だと思う。
だが、
「それが出来ないから、こうして見ているんだ。」
コーデリアは呆れたと言わんばかりに溜息を吐く。
分かっている。
自分でも情けないと思う。
自分の恋慕う婚約者に自分の気持ちを告げる事も出来ない。
自分では無い他の男を好きな彼女にどうして言えようか。
拒絶されるのがオチだ。
それでも彼女を手放す事はしない。
仮初めであってもいずれ彼女は自分と共になるしかないのだから。
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