ああ、もう

コロンパン

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私は何て愚かなのでしょう。

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「で、殿下・・・。」

漸く絞り出した声。
その声も届いていないのか、殿下の表情は険しく。
私はそのお顔で、私の今置かれている状況を把握しました。

『殿下はふしだらな女性が嫌い』

まさに今、王太子殿下と二人。
私は何て事を。

「何をしているのかと聞いている。」

「わ、私は・・・。」

上手く言葉が出て来ない。

『殿下は頭の悪い女性が嫌い』

ああ、どうしよう。
声が出ない。
殿下にお答えしなければいけないのに。

手が冷たくなっていくのが分かります。


「アイリーン嬢が一人で居る所に俺が勝手に来ただけだよ。
そんなに威嚇するなよ、ユーク。」

「兄上には聞いていない。俺はアイリーンに聞いている。それに威嚇などしていない。」

王太子殿下が口添えして下さったけれど、殿下は私からの答えを待っています。

「威嚇してるだろう。見ろ、アイリーン嬢が委縮して震えているじゃあないか。」

私の肩に王太子殿下の手が添えられようとした時、私はビクリと体が震えました。

「ッ!!アイリーンに触れるなっ!!!」

殿下の咆哮に私は反射的に瞳を閉じてしまいました。
殿下がお怒りになるのも無理はありません。

殿下はふしだらな女性がお嫌いなのですから。
王太子殿下と二人だけなのは、王太子殿下に幾ら他意がなくても、殿下にとっては許されない事なのです。

「わ、私が書物に読み耽り、恥ずかしくも涙が零れ落ちそうになった所を、王太子殿下がお気を遣って下さり、
このハンカチを下賜されたのです。」

「涙・・・だと?貴女の涙を、兄上が?」

弱みを見せた事を恥じ、私は俯きました。
殿下の声が更に低く重く聞こえます。

「そうだよ。本当に偶然通りかかったらアイリーン嬢が居て、今にも泣き出しそうだったから、
これはマズいと思って、人避けも兼ねて座っただけだ。」

「・・・・・・。」

殿下は口を閉ざされました。
謝罪しようと殿下を見上げました。
けれど、言葉がまた出なくなりました。
殿下は私を憎々し気に睨み、その謝罪すら受け取られる事は無いと感じたからです。

最早、私は殿下を煩わせるだけなのです。

上げた顔をまた下げ、足元を見つめます。

「・・・コーデリア嬢の誘いを断り、書物庫に行ったと聞いて此処に来てみれば・・・。
貴女は兄上と居るなんてな。」

「・・・申し訳、ございません・・・。」

やっと出た謝罪の言葉も、殿下の顔を見る事が出来ずに、地に消えて行く。

「しかも涙だと?」

「・・・・。」

私は返す言葉もありませんでした。
ですが、これ以上彼に嫌われたくない、手を強く握り込めます。
間を置いて、その私の心を汲んで下さったのか、

「・・・ユーク。アイリーン嬢は何も悪くないのに、その様な態度を取るのは感心しないな。
アイリーン嬢、弟に代わって君を怖がらせた事を詫びたい。」

王太子殿下の静かな声が私の顔をまるで前を見据えよと促される様でした。
私はその声に導かれるまま、姿勢を正し、殿下をしっかりと見つめます。
そして、視線を王太子殿下に向けて、腰を折ります。

「いいえ、王太子殿下。私が軽率だったのです。
書物庫と言えど、誰も居ない場で男性と二人きりで居た事実は覆る事はありません。
お心遣い本当に感謝致します。」

直ぐ様、殿下へ向き直り、殿下に向けても腰を深く折りました。

「殿下。殿下のご気分を害した行い、誠に申し訳ございませんでした。
今後、このような事が無い様、気を引き締める所存でございます。」

今後、があるのか、私には分かりません。
殿下のお怒りを少しでも晴らしたい。
ただ、それだけでした。

曲がりなりにも私は殿下の婚約者なのだから。
私の評価は殿下にも影響を及ぼす。

「・・・・・貴女は、何故、そんなにも俺の事を・・・・。」

殿下の言葉尻が小さく最後まで聞き取る事が出来ませんでした。
ですが、私はまた殿下を悩ませてしまったのでしょう。

小説の王子様の様に。
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