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魔王に後退は無い!!

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宿屋に到着。
晩御飯を食べて早々に私は寝床に着く。

馬車旅の体を休めるべく、目を閉じる。

ああ、明日には夫に会えるのか。
何から話そう、どういう顔をしたらいい?

取り敢えずジャンピング土下座でもしとく?
いや、土下寝?

ウッキウキの気分で中々眠れない。
でも、寝ないとドラゴンに凹されるのは困る。
テンションを下げないと。

『結愛、また吹出物出来てる。痛くない?』

スンッ。
はい、テンション下がりました。
夫は私の肌に何かしら異常が起きた時の察知能力が非常に長けていた。
自分でも気づかない吹出物、顎の白髪にいち早く気づき、黙っていれば良いのに本人に告げる。

そして、私は

『うるへぇ!一々言わなくても良いんだよ!』

と、噛みつく。
すると、悲し気な顔をする夫はこう言うのだ。

『だって、結愛の綺麗な肌に吹出物とか。』

ここで私はグッと言葉に詰まる。

『私より、自分の肌を心配すればいいのに。』

苦し紛れに言うが、決まって夫はこう締め括る。

『俺はいいの。俺の肌はもう駄目だから。
結愛の肌は綺麗なんだから、ちゃんとメンテナンスしないと。』

『駄目て・・・。頑張れよ!!』

私もこう返す。
彼は自分より私の事をいつも考えてくれた。

『あ!シミが出来てる・・・。
レーザーする?レーザーしてきていいよ?』

うるへぇ!!年取ったらシミも出来らぁ!!

いつまでも綺麗な私で居て欲しい、それが彼の願いだったが、如何せん私が自分の身なりに気を使わないものだから何かある度に言ってくる。

偶に私が美容室に行って髪の毛を整えるとご機嫌になる。

その様子を見たら、少しは気にした方が良いかなあ~。と考えるが、何せポンコツなので面倒臭さが勝ってしまい、
ズタボロ恰好をしてしまう。

だが今の私の容姿は無表情だが、とても整っている。

「ふふふ。今の私を見たらどう言うかな。」

少しの不安と少しの楽しみ。

「ああ、でもこの世界顔面偏差値高めだもんな。
アイツも少なからず見目が良くなっているのか・・・。
どうしたもんだろう。」

ぼそりと呟き、私の意識は沈んでいった。






朝、陽の光を感じた瞬間、カッと目が覚めた。

「やっぱり、年寄りなのかな?朝が早過ぎるよな。」

ストレッチをして、体を温める。
着替えを済ませ、部屋を出る。
宿の部屋は2階だった。
1階は食堂を兼ねている。

私は下に降りる。
すると、宿の女将さんが朝食の用意をしていた。

「あら、お嬢さん。おはよう。早いのね。」

肝っ玉母さんの様な出で立ちで元気な挨拶をされた。
確実にご飯美味しいだろうな、いや実際に凄く美味しかった。
お袋の味ってこういう事を言うのかな。

前世のママンも割烹料理の店を営んでいたから、凄く美味しかった。
でも、一人暮らしをして何十年も経ち、しかも転生までしてしまった私の舌の記憶は朧気で、美味しかったという事実しか残っていない。

昨日の晩御飯の時、少しだけセンチメンタルな気持ちになった。

「おはようございます。目が冴えてしまって。」

私は挨拶をして、席に着く。

「そうかい。そんな日もあるわね。」

女将さんは朗らかにそう言いながら、私のテーブルに朝食を用意してくれた。
トーストにサラダ、温かいスープ。
お腹がぐうと鳴る。

「美味しそうです。いただきます。」

手を合わせて食べ始める。
女将さんは私の動作に首を傾げるが、それを問う事無く部屋の奥へ戻って行く。

うめぇ!!パンうめぇ!!

がふがふと口に運び、あっという間に平らげる。

「うお!!ミリアムさん、早くねえか?」

私が食べ終わるタイミングで、セイさんが降りて来た。

「セイさん、おはようございます。」

「ああ、おはよう。気合、入ってるな。」

私の向かいの席に座り、セイさんは少しニヤついた顔で私に話しかける。

「そりゃあ、気合も入りますよ。
この日をどれだけ待っていたかと思うんですか。
さっさとエンペラードラゴンをぶっ飛ばして、夫と再会して、三人で帰りますよ。
そして・・・。」

「そして?」

私が止めた言葉にセイさんが反応する。

「そして、三人で賞金稼ぎ!!!
金をガッポガッポ稼いで、アリスを加えて悠々自適で優雅で堕落した生活を送るのです!!」

「は?え?」

セイさんの顔が固まる。

「なぁに、三人なら高難易度の依頼も熟せるでしょう!
荒稼ぎですよ~。ああ!楽しみです。
うえへへへへ。金があれば・・・・髪の毛も・・・。」

「髪の毛?」

しまった、髪の事は極秘事項だった。

「いえ、何でもないです。セイさん、ご飯食べたら、直ぐに行きましょう。」

「お、おお。」

セイさんもがふがふと食事を詰め込む。

そして、私達は馬車に乗り込み現場へ向かう。




「なぁ、ミリアムさん、改めて聞くが、本当に策は無いのか?」

「んえ?ええ。何回も言いますが本当に策は無いです。純粋な力でぶっ飛ばすのみです。」

セイさんの質問に素直に答える。
セイさんはぐったりと肩を落とす。

「そ、そうか。(本当に無策なのか・・・。)」

セイさんの不安も分かるが、あの脳筋の事を言えないのだが、私も脳筋なのだ。ははは。
前進あるのみ!ノーガード戦法上等。
力こそ正義なのだ。

なので、MAXまで強化した拳でエンペラードラゴンをぶっ飛ばす事しか考えていない。
多分、それで上手く行くと根拠のない自信がある。

手の平を見る。
ぐ、ぱ、ぐ、ぱと手を握ったり、開いたりする。

よし、準備万端だ。

「無策なのにすげぇ自信。」

セイさんは少し笑っている。
私もつられて笑う。

「ええ、私には一応バ神のチートが付いているので、何とかなると思います。」


そう、なんとかなる。
ケセラセラ、だ!






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