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海星

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 洋子先輩にチクチク言われたからだろうか?

 菅原さんと小紫さんは化学研究室に待機してもらっていた。

 実際問題、菅原さんのダウジングに頼る場面でもない。

 敵の本丸の位置をダウジングで知る必要はない、「本丸は自宅だ」と知っていたのだから。

 相手は先輩魔術師になる可能性が高い、それに対してこちらは半人前以下の魔術師見習い三人である。

 大宣に二人を庇いながら戦うスキルはない。

 どちらかと言うと大宣は庇われる立場だ。





 小さな一軒家の前で緊張をほぐす為の深呼吸を大宣はした。

 自分の家に入るのにどうしてこんなに緊張するんだろうか?

 父親が勤め人になったのは科学者としての道を諦めた後だから、曲がりなりにも中途採用で一軒家を建てる甲斐性と優秀さは父親にはあったという事だ。

 必死で愛する女性とその子供のためにローンを組んで、死ぬ気で働いて手に入れたこの家に子連れで転がり込んできた和美に思うところがない訳ではないが、紗季に出会えた事を考えると和美が転がり込んできた全てを呪う事は大宣には出来なかった。

 和美は徹底的に瑞江の痕跡を消した。

 それを大宣は幼心に嫉妬故の事だと思っていた。

 大輔は不自然なほどに瑞江の事を一切口にしなかった。

 失踪した母親の事を大宣には考えさせないようにしたのだろう、と大宣は考えた。

 大宣も瑞江の事を口にはしないようにした。





 大輔が魅惑チャームの術中にある事も、瑞江の事を忘れている事も大宣は知らなかった。

 今ならばわかる、和美は大宣の事が嫌いな訳ではなく、大宣がいると大輔が瑞江の事を思い出してしまう可能性があるから大宣をこの家から遠ざけようとしていたのだ。






 かつて大宣は洋子先輩に質問した。

 「魔術師の名家と野良の魔術師の違いって何ですか?」

 「『野良魔術師』って・・・。

 野良魔術師である私に良くそんな失礼な事聞けるわね。

 まあ良いわ。

 犬でも血統書付きの犬と野良犬と野良じゃないけど雑種の犬がいるでしょ?

 魔術師も同じよ。

 親が魔術師だったから魔術師になったヤツは『雑種の魔術師』と呼ばれるの。

 私みたいな、ひょんな事から一般人だったのに魔術師を目指す事になる魔術師の事を『野良魔術師』って言うわ」洋子先輩は質問に答えた。

 「『血統書付きの魔術師』と『雑種の魔術師』の違いって何ですか?」大宣は質問した。

    「血に術式を刻まれた魔術師の事を『血統書付きの魔術師』って言う事が多いわね。

    血に術式を刻むという事は「子孫に魔術を引き継ぐ」という事なの。

    また完成していない術式を刻む事も多くて「数千年、何十代にも渡って刻まれた術式を研究する」なんて事もあるわ。

    『血に術式が刻まれている事』と『親が魔術師であること』は関係ない場合も多いわ。

    例えば小紫さん、親は魔術師ではなかったけれど曾祖母が魔術師で小紫さんの血に術式を刻んでいたの。

    血の繋りさえあれば、血に術式を刻む事は可能なの。

    魔術師としての適正がない者にも術式は刻む事が出来るわ。

    そういった場合術式は眠りにつき、その子供に引き継がれる。

    その子供にも適正がなかった場合、またその子供に引き継がれる。

    なので小紫さんみたいに突然魔術師として目覚めるケースも少数ではあるけれど、ない訳じゃないの。

    でもね、菅原さんみたいに身内に魔術師がいても血に刻まれる術式がない場合もある・・・というかそんな場合がほとんどなの」と洋子先輩。

     「俺の場合はどうなんですか?」大宣は質問する。

    「それが本当にわからないのよね。

    あなたのお母さんは魔術師で血に術式が刻まれているのかも知れない・・・

    でも全くその片鱗すらないのよね。

    魔術師の子供でも魔術師の適正が低い、全くない事もあるわ。

    でも大宣君みたいに魔術師の子供でありながら高い魔術師適正を示したド素人で、血に術式が刻まれた形跡がない・・・というケースを私は知らないわ。

    ホラ、歌舞伎役者と同じで適正は低くても子供の頃から修行してきた者はある程度魔術師としては形になってるものなの。

 でも大宣君には子供の頃からの訓練の形跡もない。

 持っている能力は『じゃんけん負け知らず』という役に立たない能力だけ。

 私が出した結論は『佐々木家には偶然魔術師の子供に高い魔術師適正のある子供が生まれたけど、それはあくまで単なる偶然で子供の頃からの魔術の修行もしていないし血に術式も刻まれていない』という事ね」洋子先輩はそう結論付けた。






 大宣は紗季に電話をした。

 「久しぶりに家に帰ろうと思う」大宣は紗季に言った。

 紗季は喜んで「今ならお母さんはいないよ」と大宣に言った。

 紗季は大宣と和美が相性が悪い事を知っているのだ。

    紗季とゆっくりと話をするのなら和美がいない時の方が良い。

    和美は大宣と紗季が接触する事を善しとはしなかった。

    和美は働いていないはずだ。

    「はずだ」と言ったのは、大宣は和美が何をしていたか知らないからだ。

    主婦であるはずの和美は家にいない事が多かった。

    主婦業を放棄している和美に大輔が何も言わないのは「大輔が和美にベタ惚れだから」だと大宣は思っており「言うだけ無駄だ」と思っていた。

    タネを知ってしまえば操られている者が操っている者に注意などする訳がない。

    大宣は「父親を操られていた憤り」より「父親が母親の事を裏切ったり、忘れたりした訳ではない」という安堵感のほうを強く感じていた。

    それほどまでに大宣にとって「父親が母親を裏切った」というショックは子供心に強かったのだ。





    久しぶり帰ってきた自宅には紗季が待っていた。

    紗季は「大ちゃんは何か重要な用事があって帰ってきたんだな」と肌で感じながらも取り敢えず大宣の帰宅を喜んだ。

    「大ちゃん、お帰りなさい!」紗季はそれだけ言うと様子が豹変し襲いかかってきた。

    油断していた。

    和美は魔術師だ。

    魔術師は利用出来る全ての物事を利用する、それがたとえ愛娘でも。

    それは葵ちゃんを利用した早坂教授で痛いほど見に染みていたはずだった。

    心のどこかに「母親は愛する娘は利用する訳がない。

    早坂教授は葵ちゃんに対する愛情がないから利用出来たんだ」と一般人の常識を持ち込んでいた。

    忘れていた、和美は魔術師で紗季は魔術師の娘なのだ。

    和美を弁護する訳ではないが、魔術師が敵の魔術師を殺す時、一族郎党皆殺しにするのが普通だ。

    相手を恨む者を残さないためだ。

    恨みは連鎖し仇伐ちを互いに繰り返す事になる。

    なので家族を護る手段として家族にも戦う方法を授ける意味で魔術をかける事も少なくない。




    和美は大宣が化学研究室に入った情報を掴んだ。

    いずれ大宣が何らかの真実に辿り着き、本当の事を確かめるために自宅へ戻ってくるだろう、と和美は思っていた。

    そうなった時和美は大宣と戦わねばならない。

    大宣がどれだけ強大な力を得たとしても和美が大宣を確実に倒せる方法が2つある。

     一つは「大宣と大輔を戦わせる事」もう一つは「紗季と大宣を戦わせる事」だ。

    しかし大輔は魔術の効きが悪い。

    大輔は和美の身体は求めないし、大宣に対して親子の情を捨てきれてはいない。

    大輔に前もって瑞江が何らかの魔術をかけた可能性は捨てきれないし、いざ大宣と戦わせても大宣を殺せない可能性も低くない。

    ならば紗季に大宣を殺させよう・・・と和美は思った。

    大宣が自宅に戻ってきた時、紗季にかけている洗脳が発動し大宣を攻撃するように仕組もう。

    和美は紗季が大宣に襲いかかるキーワードを設定していた。

    そのキーワードを紗季が口にした時、紗季は大宣に襲いかかる。

    そのキーワードとは・・・

    「大ちゃん、お帰りなさい」  
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