ある女の苦悩

もえこ

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夫婦

残像

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既に夜の9時を過ぎていた…。

なんとなく最近真っ直ぐに家に帰るのが嫌で、今朝はつい、妻に嘘をついてしまった。
仕事で遅くなりそうだと…

本当は残業もそれほど予定しておらず、特に誰かと約束もしていない。

「今日も、ここにするか…」

俺は最近発見して気にいっている小料理屋に、ゆっくりと足を踏み入れた。
値段が手ごろで美味い店…

今月はもう、これで4度目だ。

普段はテーブルに座るが、今日は週末だからか店内が客でにぎわっていたため、一人、カウンターに座った。

「いらっしゃいませ、何にしましょう…?」

いつものおやじが、俺に笑いかける。

週に一度のペースで来ているから、そろそろ顔を覚えられたのかもしれないと、ふと思う…。

「あの…今日の…日替わり定食を」

「はい、しばらくお待ちを~ 日替わり定食、一つ!…」

俺ににこやかに笑いかけ、おやじがここからは暖簾で見えないが、キッチンの方に声をかける。

「はい…」女の…か細い声が、奥から聞こえた。

夫婦だろうか…  

俺はほとほと、考える…
家庭でも職場でも、夫や妻が近くにいる環境…
夫婦でともに経営している会社や、自営業の飲食店…

俺には絶対に考えられない… 
多分、耐えられない…

夫婦はあくまで、程よい距離感がいいと思うのだが、世間は割とそうでもないことも多い…。

世間で言う、おしどり夫婦… 
夫婦で仲良くレストランを経営などはざらにある話だが、俺にはあり得ない話…

「あなた、用意できました。」すぐ近くで、女の声がした。

定食だから、提供が早いのかもしれない…
ほどなくして、四角の大きな盆を抱えた白く華奢な手がまず目の端に映り…俺は女の顔を見る…。

「… … … 」

思わずぎくりとして、言葉を失った。

少し垂れ目ではあるが…色気のある目元…睫毛の影が肌に映るほどに、長い…
小さな、桃色の唇…
 
細く、頼りなげな白い腕が、そんな重そうな盆を持って大丈夫かと、見ていてなんとなく不安になるほどだ… 
全体に華奢な身体つき…
顔は伏せているものの、一目で美人だとわかった。

「お客さん、お待たせしました~!」店主が女から盆を受け取り、俺の前に置く…。

「…ああ、ありがとう、ございます… 」現実に、引き戻される…。

女は、ぺこりとこちらに無言で頭を下げて、奥に引っ込んでいく…。
肩幅が狭い… 白いうなじの後れ毛がなんとも、艶めかしい…。

妻とは… 少なくとも、今の妻とはまるで違う… 
全身から、色香が漂っている女…   

妻が、もしも…ああであれば、
あるいは俺も… 男として、機能するのかもしれない…

俺はその女が消えて行った残像を追うかのように奥を見つめつつ、ハッとする…。

初対面の女に、何を想像をしている…? 
無意識ではあったが、不躾に見つめ過ぎたかもしれない…

「いただきます…」
俺は反省の気持ちで自分自身を戒めつつ、箸を手にした。







 



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