上 下
23 / 538
〜お互いの日常〜

初めての誘い

しおりを挟む
それから、二か月ほど過ぎたある日、少し驚くことがあった。
林さんが、九州に長期間の研修に行くことになったのだ。

8月から、翌年の7月まで…1年間の期間限定ではあるけれど、研修としてはかなりの長期間で、職場の中でも、かなりざわつく事態となった。

でも、どうやら当の林さんが実は長いこと希望していたシステム関連の研修らしく、彼女はいたって明るかった。

彼女の送別会が開かれた際もあっさりしていて、「1年の研修を通して自分のスキルをアップさせて、必ず、この会社に貢献したいと考えています。皆さん、お元気で…福岡に寄られることがあればお声掛けください。」
そう言って、にっこりと笑って会社を去っていった。

杉崎さんは…寂しくないのだろうか…私は真っ先に、杉崎さんの心情を思った。

突然の、遠距離恋愛…
ただ、突然とは言っても、彼らは恋人同士だから、杉崎さんはもともと彼女の希望を知っていて、覚悟していたのかもしれない…。それでもやはり、突然の別れ…寂しくはないのだろうか…。

まあ、私なんかが気にしても仕方のないことだし、私はその後も、そのことについて杉崎さんにあえて触れることは、一度もしなかった。

林さんが去って1ヵ月ほどたったある日の夕方、私が7時過ぎまで部屋で一人で残業していると、執務室のドアが静かに開く。

見ると、杉崎さんが立っていた。確か、定時に帰ったはずだけど…忘れ物かな…と不思議に思う。
「水無月さん、まだ残業…?毎日、お疲れ様だね…」優しい言葉をくれる。

「はい…でも、もうすぐ帰りますから、大丈夫です。ありがとうございます。」
明るくそう言うと、しばらくの間があり…私がどうしたのかなと彼を見つめると、突然…

「もし、もうすぐ帰るなら…良かったら、どこかで一緒にご飯でも食べてかない?…俺、まだ食べてなくって…」思いがけない彼からの食事の誘いだった…私は耳を疑う。杉崎さんから食事に誘われるのは初めてのことで…一瞬だけ、言葉を失う。

聞き間違い…では、ないだろうか…「え…っと…」私が驚いて、少し返事に手間取ると「あっ…いや、いいんだ…いきなり何、言ってんだろ俺…まだ、仕事…残ってるよね、全然気にしないで…」彼が即座に申し出を取り下げる。

私も…行きたい…本音はこうだったから…勇気を出して、こう答える。「はい、喜んで…!ご飯行きましょう。私もお腹、すいちゃいました。あと、15分ほどお時間いただければ出られると思いますので…もう少しだけ、待っててもらえますか?」

彼はニコリと微笑み、答える。「じゃあ俺、ちょっと行くとこあるから、それ片付けてここに戻るね、全然急がなくて良いから…じゃあまたあとで…」

初めての杉崎さんとの、二人だけの食事…
単なる職場の先輩ではあるけど、一回りも上の、やっぱり大人な…男性としても素敵な杉崎さんとの食事…
           
少し意識してしまう自分を抑えながら、私は残務処理に臨んだ。



















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

我慢できないっ

滴石雫
大衆娯楽
我慢できないショートなお話

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

同僚くすぐりマッサージ

セナ
大衆娯楽
これは自分の実体験です

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

処理中です...