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珈琲

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「どちらまで行かれますか…?」
初老の男性運転手に尋ねられる。

事実として、家が近所だと知ってはいたものの、詳しい家の場所まではわからない。
起こすのはかわいそうな気もしたが、彼女の肩に触れ、少しだけ身体を揺らす。
「夏木さん…君の、住所はどこ?言える…?」

「ん…  あ、 …町… ……です~…」

運転手は、恐らく一番の近道を選んでくれたのだろう
10分もかからずに、タクシーは彼女の住むマンションに到着した。

「本当に、すみません…久我主任…こんな面倒かけてしまい…私、ダメですねほんと…」
部屋の前でやっと、正常な意識を取り戻し、彼女が俺を火照った顔で見上げる…

「いや、全然…」
思わず、俺は彼女から視線を逸らす… 
白い頬が桃色になり…目は潤んでいる…なんとなく、直視してはならない気になった…。

「家に帰るついでだから、気にしないで…お水を沢山飲んでゆっくり眠るといいよ、明日は休みだしね」
「はい…」小さくなる声…眠いのだろう…
「じゃあ俺はここで…お休み」ドアの前ですぐ彼女に背を向ける。

「あの… 久我主任… 良かったら珈琲でも…飲まれて帰りませんか?酔い覚ましに…」
背後から、そう…声を掛けられる…
珈琲…酔い覚まし…まさかとは思うが、家に上がれと言っているのか…?それは、さすがに駄目だろう…

「え…でも…こんな夜遅くに、悪い…」
そう…咄嗟に言いかける…

こんな夜に…
男が…独身女性の部屋に入るなんて絶対ダメな気がしたが、本当に馬鹿な俺… 

心の奥底で、彼女のことが前から気になっていたのかもしれない。

気付けば、答えていた。
「いい…のかな?…じゃあお言葉に甘えて少しだけ…お邪魔、しようかな…」
 

俺と彼女の、駄目な関係は…
この夜から、始まった。
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