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四十八、宵闇
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何もない日曜日。夕方、ふと、気まぐれに散歩に出かけた。行き先も時間も決めず、気の向くままに足を運ぶ。
少し高台にある公園に行き着いた時には、もう日も隠れ、辺りも暗くなり始めていた。帰路に向かう子供たちとすれ違いながら、公園の中を横切る。街を見下ろす形で配置されたベンチの端に腰をおろし、一息。当然のように人はおらず、先程までの揺れていたのであろうブランコがキィと軋む音が小さく響く。
傍から見たら、不審者に見えるかもしれない。そんな一抹の不安はあったが、昨日に比べてまた少し暖かくなった風は肌に心地よく、緋色から、紫、濃紺へと移り変わる空の下でポツリポツリと灯りが灯り始める様子は、なんだか心が暖まる。
そろそろ帰ろうかと思い始めたところで、ベンチの反対の端にに人が座っていたことに気づき、驚いた。いつ来たのだろう。
宵闇とも呼ばれる仄暗さの中では、ベンチの端と端という距離でも遠過ぎる。姿はよく見えず、ただ、大きな人だな、と思った。
「…こんばんは…?」
無言で去るのもどうかと思い、そっと声をかけると、向こうも初めてこちらに気づいたようで、ピクリと体が動いた。
「…嗚呼、今晩は」
何処かふわりとした声が耳に届く。
高いような、低いような、不思議な音だった。その声が、さらに先を紡ぐ。
「先客がいるとは、気づきませんで」
ゆらゆらと影が揺れる。どうやら笑っているようだ。
「いやぁ、ちょっと散歩に来たんです。」
浮かしかけていた腰をもう一度ベンチにおろした。二人して静かに街を見下ろす。
「…この街も、随分と人が増えましたな」
「そう、なんですか?来たばかりなんで、よく、知らないんです。」
遠くから越してきたばかりだと伝えると、また少し笑った。少し、時代がかった喋り口調は、相手の歳を思わせた。
「昔は、よく、うちに裏『町』から子供が来たもんでね、」
「子供が?」
「そうそう、自分で来たくせに、迷って泣くもんだから、よく、町まで送ったっけ」
くつくつと懐かしそうに影が揺れる。
目が、ゆっくりと暗闇に慣れ始めていた。
ポツポツと、昔話に相槌をうつ。
「最近は、めっきり来ないねぇ…」
少し寂しそうな溜息。その頃には、もう大分視界も開けていた。
目の前で奇妙な生き物が肩を落としている。
鹿、狐、狸、猪…、他にも様々な動物を捏ねて、混ぜ合わせたようなソレは、繋ぎ目や窪みに土が溜まり、そこから小さな茂みを生やしていた。体が揺れるたびに細い葉がゆらゆらと揺れている。各頭部についた瞳はところどころ白く濁っており、残った瞳は、その奥に深い歴史を刻んでいた。
「…子供、好きなんですか?」
夢でも見ているような心地で、不思議と恐怖を感じない。逆に、妙に穏やかな気分だった。
「子供はねぇ…、好きだねぇ…」
何か考えるような仕草をして、また言葉を繋ぐ。
「子供はねぇ…、」
ちゃぁんと、守ってあげないといけないよ。
柔らかい響きが、胸の奥に響いた。もう真っ暗になった公園は、少し肌寒くてもおかしくないのに、なんだかポカポカと暖かい。
その後、二、三言交わして立ち上がる。
「もう暗いので、お暇しますね。」
そう告げると、ちょっと寂しそうに相手も立ち上がる。
「嗚呼、気付かなかった。すまないねぇ。送ろうか?」
もう大人だからと丁重に断ると、ちょっと悩んでからそっと何かを差し出した。
「持っておいき、暗いから」
それは、ぼんやりと光る、小さなホタルブクロだった。初夏に咲くはずのその花は、そっと茎を持つと、ゆらゆらと提灯のように揺れた。
「またおいで」
相手が動く度、サワサワと草の葉が鳴る。
「私から見れば、みぃんな子供だよ」
優しい声を背に受けながら、ゆっくりと街の灯りに向かって歩き出した。
少し高台にある公園に行き着いた時には、もう日も隠れ、辺りも暗くなり始めていた。帰路に向かう子供たちとすれ違いながら、公園の中を横切る。街を見下ろす形で配置されたベンチの端に腰をおろし、一息。当然のように人はおらず、先程までの揺れていたのであろうブランコがキィと軋む音が小さく響く。
傍から見たら、不審者に見えるかもしれない。そんな一抹の不安はあったが、昨日に比べてまた少し暖かくなった風は肌に心地よく、緋色から、紫、濃紺へと移り変わる空の下でポツリポツリと灯りが灯り始める様子は、なんだか心が暖まる。
そろそろ帰ろうかと思い始めたところで、ベンチの反対の端にに人が座っていたことに気づき、驚いた。いつ来たのだろう。
宵闇とも呼ばれる仄暗さの中では、ベンチの端と端という距離でも遠過ぎる。姿はよく見えず、ただ、大きな人だな、と思った。
「…こんばんは…?」
無言で去るのもどうかと思い、そっと声をかけると、向こうも初めてこちらに気づいたようで、ピクリと体が動いた。
「…嗚呼、今晩は」
何処かふわりとした声が耳に届く。
高いような、低いような、不思議な音だった。その声が、さらに先を紡ぐ。
「先客がいるとは、気づきませんで」
ゆらゆらと影が揺れる。どうやら笑っているようだ。
「いやぁ、ちょっと散歩に来たんです。」
浮かしかけていた腰をもう一度ベンチにおろした。二人して静かに街を見下ろす。
「…この街も、随分と人が増えましたな」
「そう、なんですか?来たばかりなんで、よく、知らないんです。」
遠くから越してきたばかりだと伝えると、また少し笑った。少し、時代がかった喋り口調は、相手の歳を思わせた。
「昔は、よく、うちに裏『町』から子供が来たもんでね、」
「子供が?」
「そうそう、自分で来たくせに、迷って泣くもんだから、よく、町まで送ったっけ」
くつくつと懐かしそうに影が揺れる。
目が、ゆっくりと暗闇に慣れ始めていた。
ポツポツと、昔話に相槌をうつ。
「最近は、めっきり来ないねぇ…」
少し寂しそうな溜息。その頃には、もう大分視界も開けていた。
目の前で奇妙な生き物が肩を落としている。
鹿、狐、狸、猪…、他にも様々な動物を捏ねて、混ぜ合わせたようなソレは、繋ぎ目や窪みに土が溜まり、そこから小さな茂みを生やしていた。体が揺れるたびに細い葉がゆらゆらと揺れている。各頭部についた瞳はところどころ白く濁っており、残った瞳は、その奥に深い歴史を刻んでいた。
「…子供、好きなんですか?」
夢でも見ているような心地で、不思議と恐怖を感じない。逆に、妙に穏やかな気分だった。
「子供はねぇ…、好きだねぇ…」
何か考えるような仕草をして、また言葉を繋ぐ。
「子供はねぇ…、」
ちゃぁんと、守ってあげないといけないよ。
柔らかい響きが、胸の奥に響いた。もう真っ暗になった公園は、少し肌寒くてもおかしくないのに、なんだかポカポカと暖かい。
その後、二、三言交わして立ち上がる。
「もう暗いので、お暇しますね。」
そう告げると、ちょっと寂しそうに相手も立ち上がる。
「嗚呼、気付かなかった。すまないねぇ。送ろうか?」
もう大人だからと丁重に断ると、ちょっと悩んでからそっと何かを差し出した。
「持っておいき、暗いから」
それは、ぼんやりと光る、小さなホタルブクロだった。初夏に咲くはずのその花は、そっと茎を持つと、ゆらゆらと提灯のように揺れた。
「またおいで」
相手が動く度、サワサワと草の葉が鳴る。
「私から見れば、みぃんな子供だよ」
優しい声を背に受けながら、ゆっくりと街の灯りに向かって歩き出した。
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