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Rentyth

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四十七、冷光

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夕日の朱が消えた頃、一歩、駅から踏み出すと、先程のにわか雨のせいか、湿った空気が足元から這い上がってくる。
桜も咲き始めたとはいえ、まだ寒い。水分を含んだ空気は冷気となって服の裾から忍び込んだ。春物のコートは充分な暖かさを保ってはくれず、かと言ってもう鞄の奥底に入れてしまったマフラーを再び引っ張り出すのもどうかと思う。数秒迷ったが、結局、諦めて家に向かうことにする。

雨が止んだとは言え、電線や信号に絡みついた雫が思い出したかのようにコートや髪を濡らす。なるべく電線の下を避けようと思っても、歩道に沿って整列した電柱からは避けられる訳もなく、最終的には早足になることさえ放棄する。傘をさそうか悩むが、雨が止んだ中で一人傘に隠れるのも気が引ける。

家に向かう、最後の坂を下っているときだった。

「 痛っ 」

パチリと肩口に痛みが走った。静電気のようなその痛みと同時に、一瞬だったが、目の端で青白い光が跳ねた。
怪訝に思い、視線を肩口から下にずらすと地面で何かが跳ねている。
体長三ミリほどのオタマジャクシのような形の青白いソレは、うっすらとできた水たまりの中でクルクルと動いている。物珍しい光景に思わず腰を屈めて観察していると、その首筋にまた小さな痛みが走る。仄白く光る冷たい雫が、首筋を伝い、水たまりに落ちると、光るオタマジャクシが二匹になった。流石にもう一度あの痛みを味わいたくはないので、一歩下がり、なんとはなしに上を見上げ、複数の意味で息を呑んだ。

電線が青白く光っている。

正確には、青白い光の点が数え切れないほど並び、それらが雫に包まれながらポタポタと地面に向かって落ちていた。まだ泣き足りないような暗く厚い雲の下で、地面で跳ねるオタマジャクシは徐々に数を増やしていく。そういえば、不思議なことに、車も人も通らない。世界が自分だけになってしまったかのような孤独感の中で、青白い光だけが泳ぎ、跳ね回っている。

(…そういえば、)

人の魂を描き表す際、火の玉という表現がなかったか。

そんな風に思えてしまうほど、活き活きと光が動き回る。
ふと気づくと、コートがじっとりと濡れている。どうやら光に魅入っている内に、泣き足りなかった分を天が再び落とし始めたようだ。やっぱり傘をさしておけばよかったかと何処か冷静な部分が肩を落とす。
そんな心情とは裏腹に、雨は段々と激しくなり、遂には道路が川と化した。
その流れの中を、光るオタマジャクシが群れになって泳いでいく。
時折足首を撫ぜて行くソレは、多少の痛みを残していくものの、害をなす、なさないなんてものではなく、ただ、流れていく。
光の奔流は時折パチリと音をたてながら途切れなく続き、よくよく見れば側溝にも細い流れができていた。もうぐしょ濡れになったコートの上で、電線から落下する光が跳ねる。

しばらくぼんやりと見ていたが、冷え切った体から、身震いという警告が出始めたため、ポツリポツリと家に向かって歩を進めた。
周囲の家はシンと静まり、雨の跳ねる音と、パチリと鳴る音が耳の奥で響く。その中で、自分の靴が水を分け、地面を擦る音は、なぜだか酷い雑音に感じた。

長い時間をかけ坂を下る。
漸く家に辿り着き、玄関に入って、鍵をかける。シンとした家の中で、先程までの音が耳鳴りのように残っている。

(夢でもみたんだろうか。)

なんとなく、そんなことを考えながら、コートを脱ごうとした時だった。

パチリ

ポケットの中で音が鳴った。
見れば、一匹だけ、例のオタマジャクシがポケットの中で跳ねている。何かの拍子に入ってしまったのだろう。
外に返してやろうか。
いや、しかし、それもなんだか味気ない。

透明なコップに水をはり、そっとポケットに近づけると、小さな光は迷わず水に飛び込んだ。そのまま、コップの中でクルクルと泳ぎ回る。
なんだか嬉しくなって、びしょ濡れのままパントリーを漁る。確か、遠い昔にメダカを買っていた時の、ボンベがあったはずだ。…あった。

ボコボコと湧き上がる酸素の間を、光が踊るように泳ぐ。
明日の朝まで、いてくれるだろうか。
多分、餌は電気か何かなのだろう。
指先をコップにつけると、小さな光がクルリと擦り寄ってきた。
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