短編集

Rentyth

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四十三、脱皮

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ピッと皮膚が痛む。
薄い顔の表皮はどうやら冬の乾燥に大敗したようで、頬骨の上には薄氷を割ったような無数のヒビと、血漿が滲んで乾いたカサブタもどきのようなものが張り付いている。表情を大きく変えるたびにピシリとヒビが増え、表皮を小さな痛みが走っていくものだから、ただでさえ乏しい表情が皆無に近くなっていた。

鏡を覗き込むと荒れた箇所が赤く腫れているのが確認できる。保湿クリームすら沁みるようになったそれに内心頭を抱えた。そっと爪をあてると、硬化した様なカリカリとした感覚が伝わってくる。ボロボロのそこは、触覚さえどうにかなってしまったようで、何かが当たっているというなんだかぼやけた事しか感じない。

蛹というのはこんな感覚なのだろうか

そんな他愛ないことを思いつくと同時に顔をしかめる。つい最近、テレビで見た映像を思い出した。

モンシロチョウの蛹だったか。
あとは羽化するだけという状態だった。蛹の背が割れる代わりに、脇腹が内部から食い破られ、無数の別の虫が這い出ていく光景。

弱肉強食の世界では致し方ないのかもしれないが、やはり見ていていい気分ではない。自分の体内で違う生物が蠢くというのはどんな感覚なのだろうか。…知りたくもないが。

そんなことより、朝の支度をしなければ。
鏡から目を背けたところで、頬に違和感を感じた。痛くはないのだが、なにか、亀裂が走るような。
またヒビでも増えたかと再度鏡を覗き込み、首をひねった。

何かが出ている。

髪の毛のような細い一本線が、三センチほどだろうか、ひび割れの間からピンと飛び出している。最初は鏡の汚れかとも思ったが、確かに自分の頬から飛び出しているようだ。一体これが何なのか予想もつかない。そっと引き抜こうかと手を触れようとした時だった。

動いた

まるでガガンボの脚のようにカクカクと動いている。思考がついていかず、鏡を凝視したまま凍りつく。それを見計らったかのように、突如、無数のソレが、ひび割れから姿を表した。

痛みも出血もない。ただただ無数の黒い線がひび割れを押し広げ、肉を掻き分けながら外に出ようと藻掻く。その細いナニカが正常な皮膚を掠める度頬に伝わる、抜けた髪の毛が掠めたような日常的な感覚が目の前の現象の非日常を際立たせていた。

ようやく現状に思考回路が追いついた様で、恐怖が思い出したように湧き上がってくる。脳内では蛹の映像がフラッシュバックしていた。

引き抜いたほうが良いのか、それとも無理に引き抜かないほうが良いのか。それすらわからないが、確かに自分ではない生命体が自分の肉をかき分けながら外に出ようとしている。
引き攣ったような悲鳴が口から漏れる。
体内でズルズルと蠢いているソレが、何を思ったか上に向かって移動を始めた。その先にある脳が警鐘を鳴らすが無駄だったようだ。いとも容易くソレらは脳漿にたどり着き、脳の皺をなぞるように隙間を埋め始めた。クラリと意識が揺れる。
今、倒れては行けないと、まだ残る理性が、叫んでいる、のだが、
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