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黒幕のすゝめ
反則スレスレ
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和島くんはきっと狼狽えたことだろう。それは盗み聞いていたぼくでさえも、狼狽えたくらいだったからだ。あの大きな瞳がじっとりと細くなっていく様を感じる。
「和島くんはたしかに正しいよ。正しいことを言ってる。してると思うの。でもね。そうじゃない、そうじゃないのよ」
「どういう意味なんだ。鬼──」
「間違ってるわけじゃないの。でもね」
言葉で言葉を遮っている。鬼柳ちゃんはこれ以上、名を呼ばせないつもりらしい。
「正しいことがいつも望まれているというわけじゃないの。どうしてだかわかる?」
「いや」
とちいさく聞こえ、
「そうよね」
とため息が返した。
「ずっと濁らない正しさはね。同じように、相手にもそれを要求するからよ」
「良いことじゃないか。どこが悪いんだ」
と和島くんは言うけれど、ぼくにはその言葉がすこしばかり耳に痛かった。
それは運動と同じく、出来るひとの言葉だった。正しくあれるひとの言葉なんだ。ぼくの代わりに鬼柳ちゃんが口を開いた。
「多くのひとにはね、それは難しいのよ。和島くんが正しければ正しいほど、自分がどれほど正しくないのかが浮き彫りになっちゃうから。反感も買っちゃうの」
「そんなこと言われたって正しいことは良いことだろ。悪いことはいけないことだ。小学生にだってわかる話じゃないか」
相手に名字を呼ばせないという、正しくはない行動をとる鬼柳ちゃんが答える。
「正義は難しいのよ。たとえばそう、佐野くんと誰かさんは放送席を乗っ取っていたじゃない。あれはわるいことだと思う?」
「あの覆面マスクか」
急にぼくの話になり、気のせいだろうけども見られているような気がしたものだからきゅっと身を縮こまらせる。
「そんなの、悪いに決まっているだろう。あんなことして良いわけがないだろう」
「うん、わたしもそう思う。誰かさん達は反省するべきだと思うの」
人知れず鬼柳ちゃんに叱られてしまう。シュンとしてへこんだ。ぼくがここに潜んでいるとも知らずに言いたい放題である。いや、知っているのだろうかと訝しむ。
「でもあれが、和島くん。あなたを守るためだったとしたらどう? わるいこと?」
「俺を、守る?」
「ピラミッドは崩れなかったじゃないの。阻止したの。佐野くんは反感を買った和島くんを守ろうとしてあんな事をしたのよ」
真相を見抜くあの瞳で刺したのだろう。
「それでもいけないことだと思う?」
という問いに和島くんは沈黙した。
佐野くんはあの時、やろうと思えば復讐することもできた。ぼくはすでに録音した犯行予告を佐野くんに渡している。マイクを前にしていた佐野くんはあの音声を流すだけで彼らを破滅へと追いやれたはずだ。
でもそうはしなかった。
これからどうするかはぼくの手の及ぶところじゃない。当事者同士で決めればいいことだと思う。切り札は佐野くんの手の中に。そしてそのことを彼らも知っている。
わるいことにはならないだろう。
「……じゃあ、佐野くんは俺のためにわるいことをしたって言うのか?」
すこし上擦った声がする。
「たぶん、ね。ううん、それに良いことかもしれないよ? もうケガ人を出したくなかったんじゃないのかな。優しいよね」
思い悩む深い息がつかれる。それを受けて鬼柳ちゃんはひとり言のように呟いた。
「誰かさんの悪知恵が、だいぶ入っていたような気もするけどね」
ぼくも思わず上擦る。探偵にはすべてがお見通しのようだった。やるじゃないか。佐野くんも、和島くんも、ぼくも。みんなコーナーポストへと追い詰められていく。大技で一網打尽にするつもりだろうか。
己が正義が揺らぎ、もはらふらふらと前後不覚に陥ってしまった和島くんが訊く。
「あいつらどうしてそんな事したんだ?」
「もり──。ううん、……誰かさんはね。失敗したからじゃないかな」
おっと危ない、鬼柳ちゃん。いくらなんでも黒幕のマスクを明かすのは反則技だ。
「和島くんはたしかに正しいよ。正しいことを言ってる。してると思うの。でもね。そうじゃない、そうじゃないのよ」
「どういう意味なんだ。鬼──」
「間違ってるわけじゃないの。でもね」
言葉で言葉を遮っている。鬼柳ちゃんはこれ以上、名を呼ばせないつもりらしい。
「正しいことがいつも望まれているというわけじゃないの。どうしてだかわかる?」
「いや」
とちいさく聞こえ、
「そうよね」
とため息が返した。
「ずっと濁らない正しさはね。同じように、相手にもそれを要求するからよ」
「良いことじゃないか。どこが悪いんだ」
と和島くんは言うけれど、ぼくにはその言葉がすこしばかり耳に痛かった。
それは運動と同じく、出来るひとの言葉だった。正しくあれるひとの言葉なんだ。ぼくの代わりに鬼柳ちゃんが口を開いた。
「多くのひとにはね、それは難しいのよ。和島くんが正しければ正しいほど、自分がどれほど正しくないのかが浮き彫りになっちゃうから。反感も買っちゃうの」
「そんなこと言われたって正しいことは良いことだろ。悪いことはいけないことだ。小学生にだってわかる話じゃないか」
相手に名字を呼ばせないという、正しくはない行動をとる鬼柳ちゃんが答える。
「正義は難しいのよ。たとえばそう、佐野くんと誰かさんは放送席を乗っ取っていたじゃない。あれはわるいことだと思う?」
「あの覆面マスクか」
急にぼくの話になり、気のせいだろうけども見られているような気がしたものだからきゅっと身を縮こまらせる。
「そんなの、悪いに決まっているだろう。あんなことして良いわけがないだろう」
「うん、わたしもそう思う。誰かさん達は反省するべきだと思うの」
人知れず鬼柳ちゃんに叱られてしまう。シュンとしてへこんだ。ぼくがここに潜んでいるとも知らずに言いたい放題である。いや、知っているのだろうかと訝しむ。
「でもあれが、和島くん。あなたを守るためだったとしたらどう? わるいこと?」
「俺を、守る?」
「ピラミッドは崩れなかったじゃないの。阻止したの。佐野くんは反感を買った和島くんを守ろうとしてあんな事をしたのよ」
真相を見抜くあの瞳で刺したのだろう。
「それでもいけないことだと思う?」
という問いに和島くんは沈黙した。
佐野くんはあの時、やろうと思えば復讐することもできた。ぼくはすでに録音した犯行予告を佐野くんに渡している。マイクを前にしていた佐野くんはあの音声を流すだけで彼らを破滅へと追いやれたはずだ。
でもそうはしなかった。
これからどうするかはぼくの手の及ぶところじゃない。当事者同士で決めればいいことだと思う。切り札は佐野くんの手の中に。そしてそのことを彼らも知っている。
わるいことにはならないだろう。
「……じゃあ、佐野くんは俺のためにわるいことをしたって言うのか?」
すこし上擦った声がする。
「たぶん、ね。ううん、それに良いことかもしれないよ? もうケガ人を出したくなかったんじゃないのかな。優しいよね」
思い悩む深い息がつかれる。それを受けて鬼柳ちゃんはひとり言のように呟いた。
「誰かさんの悪知恵が、だいぶ入っていたような気もするけどね」
ぼくも思わず上擦る。探偵にはすべてがお見通しのようだった。やるじゃないか。佐野くんも、和島くんも、ぼくも。みんなコーナーポストへと追い詰められていく。大技で一網打尽にするつもりだろうか。
己が正義が揺らぎ、もはらふらふらと前後不覚に陥ってしまった和島くんが訊く。
「あいつらどうしてそんな事したんだ?」
「もり──。ううん、……誰かさんはね。失敗したからじゃないかな」
おっと危ない、鬼柳ちゃん。いくらなんでも黒幕のマスクを明かすのは反則技だ。
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