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黒幕のすゝめ

シングルマッチ

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 入場行進を披露して、開会式へ。

 しどろもどろだったぼくの宣誓とはちがってしっかりとした選手宣誓が成される。校長の挨拶も終わり自分の席へと戻ると、息をつく暇もなく第一種目がはじまった。

 さすがスポーツマンシップを誓っただけのことはある。みんな正々堂々と不穏な空気を微塵も感じさせず、徒競走に各種リレーとプログラムは順調に消化されていく。

 プログラムに合わせ、元から残りすくないぼくの体力も順調に目減りしていった。応援するのにも体力がいるというのだから困ったものだ。ぼくは体力を温存しておかなきゃいけないというのに参ったなあ。

「赤勝て、白勝て」
 と色ごとの対抗試合は接戦をきわめる。

 どちらのチームも譲りあう様子はなく、追い越しては追い越し返されと盛りあがりのあるすばらしい試合運びをみせていた。たとえ最低点だったとはいえど、ぼくだってクラスに貢献した身である。鼻が高い。

 肩身はちょいとばかし狭いけど。

「いやあ、相手も中々にやるものだね」

 うんうん、と相手の実力を素直に認めた上でたたえる。ふふふ、相手がわるかったなと思い込むことで自己ケアも忘れない。そうこうしている内にも体育祭はスムーズに進んでいき、午前の種目はあとふたつを残すのみとなった。

 先生にメイクや仮装を施してから競う、クラス対抗でのリレーがはじまる。まずは女子たちが心の赴くままに先生へとイタズラをして、先生は扮装した格好のままで女子たちとグラウンドをぐるり練り歩く。

 そうしてから男子たちと合流してリレーの真剣勝負という流れだ。女子はもう離れた場所にあつまり、先生をどうしてやろうかとわるい顔をしながら待機していた。リレーに出る男子もドタバタと準備しだす。

 さて、とぼくも立ち上がった。

「あれ、どこ行くんだ?」
 という友の声には、
「ん、ちょっとトイレ」
 とごまかしておく。

 ポンポンとポケットを叩き、ハンカチの有無をよく確認してからトイレに向かう。生徒会によるマイクのアナウンスがトイレにまで聞こえてくるおかげで、プログラムの進行具合までもがバッチリとわかった。

 用を済ませ、トイレをあとにする。すれ違った生徒はぼくの姿を二度見していた。コソコソと隠れて移動し、その時を待つ。先生のメイクアップが済み、アナウンスがそれぞれのクラスを紹介していく。

「続きましてB組です。小久保先生の仮装は、──ああ、ちょっと。何なんですか」
 と不穏なアナウンスが流れる。

 今だ、ぼくはグラウンドに駆けていく。アナウンス席も落ち着きを取り戻した。

「ウィー。実況席は乗っ取った。さてここからは私、佐野が実況を努めさせて頂きます。さあ、入ってまいりました。B組担任が扮するは、デストロイ・コ・クボ。ゆっくりとコ・クボが降臨してまいります」

 佐野くんの流暢なアナウンスに、ワッと会場が湧いた。コ・クボも片腕を振りあげてノリノリで闊歩していく。まるでピエロのようなメイクをされたレスラーのまわりで、女子たちも笑いながらついていく。

「真紅のマントにトラを模したコスチューム。堂々としています。じつに野生──、ああーっと、ここで突然の乱入者、現る。覆面です。覆面レスラー現る。白と黒の」

 佐野くんの実況を耳に挟みながらも必死になって駆けていく。ひいひいと言う覆面の下は、それはまあ弱々しかった。借りたコスチュームもちょっぴりと恥ずかしい。

 なんとかコ・クボの前までたどり着き、一応構えはしてみるけれども体力の限界はすぐそこだった。観客となにも聞かされていなかった女子たちは大いに笑う、笑う。

 そこからはあまり覚えちゃいない。されるがままに技をかけられるわ、上に乗られるわで気付けばぼくはKO負けしていた。関節技が痛かったのは覚えている。決め手はコブラツイストという技だったらしい。

「昔、よく練習したものだよ」
 とコ・クボは後に語るらしいけれども、それをぼくが耳にすることはなかった。

 燃えつきたよ。まっしろだ……。
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