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黒幕のすゝめ
黒幕は不調
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それからは大変だった。
駆けつけた先生たちによって佐野くんは運ばれて救急車まで出動する騒動となり、ぼくら居残りでの練習組は詳しく事情を聞かれてこっぴどく叱られる羽目となった。
叱られはしたけれど、咎められることはなかった。見通しはかなり甘かったけど、焦りと責任感から起きてしまったかなしい事故だと判断されたのだろう。もう二度と先生の目が届かない範囲での練習はしないようにと、ぼくらは散々に誓わされた。
佐野くんはピラミッド崩壊の際に腕を挟まれてしまったようで、腕の骨が折れてしまっていた。全治二ヶ月の大怪我である。ただそれ以外に怪我はなかったらしく、数日後には腕を吊った姿を学校で目にした。
このまま体育祭も組体操も中止になるかなと思ったけれど、そうはならなかった。むしろ負傷してしまった佐野くんのためにも絶対に成功させるんだと真剣味が増し、練習に熱が入ったような気もする。
ぼくらは佐野くんの見守る中、はじめて九段ピラミッドを組むことに成功した。
代わりにピラミッドのメンバーになった子は、佐野くんよりもガッチリとした体つきをしていた。その生徒の協力は大きい。ピラミッドの周りを飾り立てる倒立がすくなくなってしまうけれども致しかたない。
でも成功した理由はそれだけじゃない。
良くも悪くも、事故があってからチームは一丸となれたのだろう。ぼくもそれほどには愚痴らなくなってきたような気がしなくもない。ただそれは、佐野くんにちゃんと伝わっていたのかどうかはわからない。
きゅっと結ぶそのくちびるは悔しさなのか、それともホッとしているのだろうか。
「どっちなんだろうね」
と放課後の教室で愚痴混じりに話す。
「ふーん。そんな事があったのね」
組体操の愚痴を聞かされるのにも、すっかり板についてきた鬼柳ちゃんが応えた。大変お世話になっておりますと感謝する。
「ダメじゃないの。止めなきゃ」
無茶を言う。感謝は取り下げになった。今日は大矢さんが精神的にやられたらしくていなかったから、感謝を伝えるには絶好の日だったというのに。まことに残念だ。
とは言えども。
ぼく自身もまったく違和感を感じないわけじゃなかった。佐野くんの不調は見て取れていた。けどぼくだって不調だったし、おそらくはみんなもそうだった。
だれもがみんな限界に近かった。それを咎められても困るというものだ。
鬼柳ちゃんにはぼくがダンディでニヒルな完璧超人に見えているのだろうけれど、ぼくもそこまでではない。ある場所では、真逆の変人だという噂も立つくらいだ。
もちろんの事、そこまででもない。
「ぼくに完璧を求められてもねえ」
にへらと息をつくと、
「え、だれも求めてないけど」
とジト目をされてしまった。
それはそれで傷つくこともある。
「でも、そう。不調みたいね、守屋くん」
ジト目で細くしていた目を大きく開き、きょろりと上目遣いで見られる。
「変だと思わない?」
はて、何がだろうかと首をかしげた。
「ピラミッドの崩れ方よ。その事故の時だけはいつもと違ったそうじゃない」
「それはまあ、そうだったけどもさ」
ぼくは地面が割れたのかと思った。いままでのようにゆるりと傾いていって、耐えかねたから崩れるのとは違った気がする。
「最後の練習で、佐野くんの腕が限界を迎えちゃっただけなんじゃないかな」
鬼柳ちゃんは瞳を閉じて、頭をふった。
「佐野くんが力尽きたのならね、守屋くんの足元が崩れるわけないじゃないの。佐野くんは守屋くんの上の段にいたんだから」
「あ」
佐野くんの腕のことを知っていたから、すっかりとその影響だと思い込んでいた。ぼくの足元が崩れたのならば、佐野くんの足元も崩れたはずだ。より高い位置から。
「ね、本当に崩れただけなの?」
と開かれたその大きな瞳は、心配そうな面持ちでぼくの目をのぞき込んでいた。
駆けつけた先生たちによって佐野くんは運ばれて救急車まで出動する騒動となり、ぼくら居残りでの練習組は詳しく事情を聞かれてこっぴどく叱られる羽目となった。
叱られはしたけれど、咎められることはなかった。見通しはかなり甘かったけど、焦りと責任感から起きてしまったかなしい事故だと判断されたのだろう。もう二度と先生の目が届かない範囲での練習はしないようにと、ぼくらは散々に誓わされた。
佐野くんはピラミッド崩壊の際に腕を挟まれてしまったようで、腕の骨が折れてしまっていた。全治二ヶ月の大怪我である。ただそれ以外に怪我はなかったらしく、数日後には腕を吊った姿を学校で目にした。
このまま体育祭も組体操も中止になるかなと思ったけれど、そうはならなかった。むしろ負傷してしまった佐野くんのためにも絶対に成功させるんだと真剣味が増し、練習に熱が入ったような気もする。
ぼくらは佐野くんの見守る中、はじめて九段ピラミッドを組むことに成功した。
代わりにピラミッドのメンバーになった子は、佐野くんよりもガッチリとした体つきをしていた。その生徒の協力は大きい。ピラミッドの周りを飾り立てる倒立がすくなくなってしまうけれども致しかたない。
でも成功した理由はそれだけじゃない。
良くも悪くも、事故があってからチームは一丸となれたのだろう。ぼくもそれほどには愚痴らなくなってきたような気がしなくもない。ただそれは、佐野くんにちゃんと伝わっていたのかどうかはわからない。
きゅっと結ぶそのくちびるは悔しさなのか、それともホッとしているのだろうか。
「どっちなんだろうね」
と放課後の教室で愚痴混じりに話す。
「ふーん。そんな事があったのね」
組体操の愚痴を聞かされるのにも、すっかり板についてきた鬼柳ちゃんが応えた。大変お世話になっておりますと感謝する。
「ダメじゃないの。止めなきゃ」
無茶を言う。感謝は取り下げになった。今日は大矢さんが精神的にやられたらしくていなかったから、感謝を伝えるには絶好の日だったというのに。まことに残念だ。
とは言えども。
ぼく自身もまったく違和感を感じないわけじゃなかった。佐野くんの不調は見て取れていた。けどぼくだって不調だったし、おそらくはみんなもそうだった。
だれもがみんな限界に近かった。それを咎められても困るというものだ。
鬼柳ちゃんにはぼくがダンディでニヒルな完璧超人に見えているのだろうけれど、ぼくもそこまでではない。ある場所では、真逆の変人だという噂も立つくらいだ。
もちろんの事、そこまででもない。
「ぼくに完璧を求められてもねえ」
にへらと息をつくと、
「え、だれも求めてないけど」
とジト目をされてしまった。
それはそれで傷つくこともある。
「でも、そう。不調みたいね、守屋くん」
ジト目で細くしていた目を大きく開き、きょろりと上目遣いで見られる。
「変だと思わない?」
はて、何がだろうかと首をかしげた。
「ピラミッドの崩れ方よ。その事故の時だけはいつもと違ったそうじゃない」
「それはまあ、そうだったけどもさ」
ぼくは地面が割れたのかと思った。いままでのようにゆるりと傾いていって、耐えかねたから崩れるのとは違った気がする。
「最後の練習で、佐野くんの腕が限界を迎えちゃっただけなんじゃないかな」
鬼柳ちゃんは瞳を閉じて、頭をふった。
「佐野くんが力尽きたのならね、守屋くんの足元が崩れるわけないじゃないの。佐野くんは守屋くんの上の段にいたんだから」
「あ」
佐野くんの腕のことを知っていたから、すっかりとその影響だと思い込んでいた。ぼくの足元が崩れたのならば、佐野くんの足元も崩れたはずだ。より高い位置から。
「ね、本当に崩れただけなの?」
と開かれたその大きな瞳は、心配そうな面持ちでぼくの目をのぞき込んでいた。
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