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正義の心
キレ者
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とは言ってみたもののだ。
いやさ、口には出してないけども。ふぅむ、とアゴに手を当て唸る。いくら類まれなる記憶力をその小柄な身に有し、ただいま絶賛売り出し中である、『女子中学生探偵☆鬼柳ちゃん』をもってとしてもだよ。
ない袖は振れないだろうし、本棚の上の方には手も届かないのだろう。さっき片付けてくれずに残されていた本たちは、どれもこれもが上の段のものばかりだった。
どんなに記憶力が良くたって、まだ見たことのないものは思い出せないはずだ。
おそらく鬼柳ちゃんはこれまでにミステリーの本を読み漁ってきたような過去がないのだろう。だからそれに気付けと言うのは、ちょっと酷な話だったかなとも思う。
あんなものに気が付くのは相当なミステリーマニアか、探偵に憧れるような好事家くらいなものだろうさ。
もしくはダンディズムに精通し、ひとの機微を目ざとく見抜いてしまうキレ者か。その優しさはハンバーグの味の深まりよりも深く、その思いやりはカレー味商品のラインナップよりも幅広い、そんなひとだ。
もちろん、ぼくは後者だった。
まあ、ぼくもね。あまりにも記憶の片隅過ぎたものだから、本格的に調べるまではただの違和感でしかなかったのだけども。
腑に落ちなかったからか。鬼柳ちゃんはくるくると小人の本をひっくり返しては遊んでいる。弄ばれる本をちらりと見やる。
いまは本当に便利な時代だ。
たとえ一冊からでも、個人の製本を引き受けてくれる会社があるのだから。ジョークグッズなんですよと説明したならば、それが贋作だったとしても作ってもらえた。
さすがにバーコードまで真似する事は叶わなかったけれども、ぱっと見るだけなら本物とくらべてみても遜色はない。
どれ、卵焼きのような優しさを持つといわれるぼくが気付きの切っ掛けをあたえてあげるとしようじゃないか。あれ、豚の角煮だったっけ。はて、パンケーキだったかしら、と内なる謎を秘めながらに話す。
「案外、その本はだれかが読み終わったから、こっそり廃棄していっただけかもね」
電車ではよく見かける光景だった。
「ううん。ちがうわ、守屋くん」
ちがうようである。
「だってこの本はバーコードがないんだもの。だれかがわざわざ作ってきたものよ」
「作為的なものを感じると?」
うんうんと、小きざみに何度も頷く。
「そうなの。読み終わったからといって、捨てていくとは思えない。だから変なの。何もないなんておかしいと思うのよ」
上手いこと闘志に火がついたのだろう。つぎに鬼柳ちゃんは、もう一冊のおんなじ小説を横に並べて交互に見比べはじめた。こちらはバーコードが付いている本物だ。
するとすぐに彼女は弾んだ声をあげた。やっぱり、ささいな事だとしても発見するのは興奮を憶えるものだ。わかるわかる。
「これ、登場人物の名前がちがってる」
嬉しかったのかな。本に近付けていた目を離して両手で一冊ずつ本を抑えたまま、キュッと向けてくる顔はほほ笑んでいた。
「ね?」
と嬉しそうに言ってくるけれど、まだ本を見せてもらっていないので分からない。
まあ、知ってるから。いいや。
「うん、本当だね」
と頷く。
それから詳しく小説の中身を調査していくと、登場人物の内ふたりの名前がちがっているということが判明した。
どちらも館の事件に巻き込まれてしまった被害者の名前だった。その小説のお話は犯人の復讐劇になっていて、ふたりは被害者であると同時に元加害者でもあった。
「ふぅむ、これはいったい。どういうことなんだろうね。どう思う、鬼柳ちゃんや」
でも返事はない。おや、なんだろう?
「あのう、そのう、えっとね」
ぼくの質問に鬼柳ちゃんは言葉を濁す。なにやら困ったような、照れてるような。もじもじとして、言うか言うまいかといった風に戸惑いながらも言葉をしぼり出す。
いやさ、口には出してないけども。ふぅむ、とアゴに手を当て唸る。いくら類まれなる記憶力をその小柄な身に有し、ただいま絶賛売り出し中である、『女子中学生探偵☆鬼柳ちゃん』をもってとしてもだよ。
ない袖は振れないだろうし、本棚の上の方には手も届かないのだろう。さっき片付けてくれずに残されていた本たちは、どれもこれもが上の段のものばかりだった。
どんなに記憶力が良くたって、まだ見たことのないものは思い出せないはずだ。
おそらく鬼柳ちゃんはこれまでにミステリーの本を読み漁ってきたような過去がないのだろう。だからそれに気付けと言うのは、ちょっと酷な話だったかなとも思う。
あんなものに気が付くのは相当なミステリーマニアか、探偵に憧れるような好事家くらいなものだろうさ。
もしくはダンディズムに精通し、ひとの機微を目ざとく見抜いてしまうキレ者か。その優しさはハンバーグの味の深まりよりも深く、その思いやりはカレー味商品のラインナップよりも幅広い、そんなひとだ。
もちろん、ぼくは後者だった。
まあ、ぼくもね。あまりにも記憶の片隅過ぎたものだから、本格的に調べるまではただの違和感でしかなかったのだけども。
腑に落ちなかったからか。鬼柳ちゃんはくるくると小人の本をひっくり返しては遊んでいる。弄ばれる本をちらりと見やる。
いまは本当に便利な時代だ。
たとえ一冊からでも、個人の製本を引き受けてくれる会社があるのだから。ジョークグッズなんですよと説明したならば、それが贋作だったとしても作ってもらえた。
さすがにバーコードまで真似する事は叶わなかったけれども、ぱっと見るだけなら本物とくらべてみても遜色はない。
どれ、卵焼きのような優しさを持つといわれるぼくが気付きの切っ掛けをあたえてあげるとしようじゃないか。あれ、豚の角煮だったっけ。はて、パンケーキだったかしら、と内なる謎を秘めながらに話す。
「案外、その本はだれかが読み終わったから、こっそり廃棄していっただけかもね」
電車ではよく見かける光景だった。
「ううん。ちがうわ、守屋くん」
ちがうようである。
「だってこの本はバーコードがないんだもの。だれかがわざわざ作ってきたものよ」
「作為的なものを感じると?」
うんうんと、小きざみに何度も頷く。
「そうなの。読み終わったからといって、捨てていくとは思えない。だから変なの。何もないなんておかしいと思うのよ」
上手いこと闘志に火がついたのだろう。つぎに鬼柳ちゃんは、もう一冊のおんなじ小説を横に並べて交互に見比べはじめた。こちらはバーコードが付いている本物だ。
するとすぐに彼女は弾んだ声をあげた。やっぱり、ささいな事だとしても発見するのは興奮を憶えるものだ。わかるわかる。
「これ、登場人物の名前がちがってる」
嬉しかったのかな。本に近付けていた目を離して両手で一冊ずつ本を抑えたまま、キュッと向けてくる顔はほほ笑んでいた。
「ね?」
と嬉しそうに言ってくるけれど、まだ本を見せてもらっていないので分からない。
まあ、知ってるから。いいや。
「うん、本当だね」
と頷く。
それから詳しく小説の中身を調査していくと、登場人物の内ふたりの名前がちがっているということが判明した。
どちらも館の事件に巻き込まれてしまった被害者の名前だった。その小説のお話は犯人の復讐劇になっていて、ふたりは被害者であると同時に元加害者でもあった。
「ふぅむ、これはいったい。どういうことなんだろうね。どう思う、鬼柳ちゃんや」
でも返事はない。おや、なんだろう?
「あのう、そのう、えっとね」
ぼくの質問に鬼柳ちゃんは言葉を濁す。なにやら困ったような、照れてるような。もじもじとして、言うか言うまいかといった風に戸惑いながらも言葉をしぼり出す。
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