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見ていたのは
矢尻の行方
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根本先輩が目撃したのは偶然だろうな。
まさか朝から下駄箱を見張っているようなヒマな人間がいるだなんて、そうそう思うわけもないから。ならば、先生の狙いはそこにはなかったんだ。根本先輩に見せたいというわけじゃなかったと言うことは。
「そういう意味で言うのなら──、そう。だれでも良かったんじゃないですか?」
先生はだれが目撃者になろうとも構わなかったんだと思う。それがたとえ根本先輩でもだ。きっと重要なのはそこじゃないんだ。もし先輩がこなければ、次に登校してきたぼくが目撃者になっただけだろう。
ただそれだけの話だ。先生にとって重要なのはだれかに見られることの方だった。
「生徒の間で噂にさえなれば、それで良かったんですよね? 先生は女生徒に告白されたけれど、理性正しく断りをいれたと」
それは何のために。いや、誰のために。
訊いてラブレターにふっと目を落とす。彼女は、高橋杏奈は、だしに使われただけなのだろう。生徒と先生の禁断の恋。それだけで話題性はバッチリだろう。もうすでに噂は広まっているのかもしれない。
生徒の噂話を耳にするのは、やはり生徒の他にはいない。それを聞かせたかった相手に伝わるのもすでに時間の問題だった。
「いったいだれへのアピールなんですか? その行動を見せたい相手はどの娘ですか。だからぼくは訊いたんですよ。先生はどの女生徒と付き合っているんですか、とね」
「……なにを言っているんだ、守屋。先生はだれとも付き合ってなんか」
ほらね、認めない。
ラブレターの返却を見られた時は、ろくに確認もせずにあんなに潔く認めたのに。やっぱり本当に隠したいと思うことは、ぺらぺらと自白したりはしないものなんだ。
探偵なんて、──くだらない。
「まあ、いいですよ。それはこれからのお楽しみと言うことで。ゆっくりとね、調べてみようかなと思います」
もうそこに先生の笑顔はなかった。だから代わりにぼくがほほ笑んでおこうか。
「忘れないでくださいね。ぼくは、先生たちのことをずっと見ていますから」
先生はなにも言い返してはこなかった。ただ眉間のシワを深くするばかりである。新たに組んだその腕にはグッと力が入っているみたいだ。ピラリとラブレターを掲げてみると、ビクリと身体を震わせていた。
「帰り道なんで。このラブレターはぼくが下駄箱に入れておきますね」
職員室を後にして、下駄箱に向かいながらぼくは反省していた。差出人を探すために乱暴な方法と知りつつ、教室でラブレターを使ってしまったことをだ。高橋杏奈はあの時きっと気付いてしまったのだろう。
自分が振られた、というその事実を。
先生が生徒を傷付けるだけの話だった。そこに間接的とはいえ、偶然に巻き込まれたぼくがふたりの間に挟まる形となった。
みんなの前で彼女を傷付けてしまった。そんな高橋杏奈への罪滅ぼしのつもりだったかもしれない。つい先生にも傷を負わせたくなっちゃったよ。ダメだね、ぼくは。
深くため息をつく。
やっぱりこの謎はぼくの口には大味過ぎた。それぞれの執念がみせたこだわりのせいで、こんな歪な謎になっちゃうんだもんな。下駄箱に靴が入っていただけなのに、ずいぶんと遠くまで来ちゃったものだ。
高橋杏奈の下駄箱にラブレターを返す。そして靴を履き替えようとして、まだ手に持っていたスリッパのことを思いだした。
「ああ、また返し忘れた」
さて、いまさら職員室には戻れないぞ。どの面を下げて会いに行くというのか。それはさすがにちょっと、マヌケが過ぎる。
どうしようかなと頭を悩ませ、妙案を思いつく。そうだ、根本先輩には靴を入れられた借りがあったじゃないか。
先輩の下駄箱を探そうかな。スリッパでお返しと洒落込むのも、乙というものじゃないのかな。むふふとほくそ笑む。
これでまた明日、謎が生まれるぞ。
まさか朝から下駄箱を見張っているようなヒマな人間がいるだなんて、そうそう思うわけもないから。ならば、先生の狙いはそこにはなかったんだ。根本先輩に見せたいというわけじゃなかったと言うことは。
「そういう意味で言うのなら──、そう。だれでも良かったんじゃないですか?」
先生はだれが目撃者になろうとも構わなかったんだと思う。それがたとえ根本先輩でもだ。きっと重要なのはそこじゃないんだ。もし先輩がこなければ、次に登校してきたぼくが目撃者になっただけだろう。
ただそれだけの話だ。先生にとって重要なのはだれかに見られることの方だった。
「生徒の間で噂にさえなれば、それで良かったんですよね? 先生は女生徒に告白されたけれど、理性正しく断りをいれたと」
それは何のために。いや、誰のために。
訊いてラブレターにふっと目を落とす。彼女は、高橋杏奈は、だしに使われただけなのだろう。生徒と先生の禁断の恋。それだけで話題性はバッチリだろう。もうすでに噂は広まっているのかもしれない。
生徒の噂話を耳にするのは、やはり生徒の他にはいない。それを聞かせたかった相手に伝わるのもすでに時間の問題だった。
「いったいだれへのアピールなんですか? その行動を見せたい相手はどの娘ですか。だからぼくは訊いたんですよ。先生はどの女生徒と付き合っているんですか、とね」
「……なにを言っているんだ、守屋。先生はだれとも付き合ってなんか」
ほらね、認めない。
ラブレターの返却を見られた時は、ろくに確認もせずにあんなに潔く認めたのに。やっぱり本当に隠したいと思うことは、ぺらぺらと自白したりはしないものなんだ。
探偵なんて、──くだらない。
「まあ、いいですよ。それはこれからのお楽しみと言うことで。ゆっくりとね、調べてみようかなと思います」
もうそこに先生の笑顔はなかった。だから代わりにぼくがほほ笑んでおこうか。
「忘れないでくださいね。ぼくは、先生たちのことをずっと見ていますから」
先生はなにも言い返してはこなかった。ただ眉間のシワを深くするばかりである。新たに組んだその腕にはグッと力が入っているみたいだ。ピラリとラブレターを掲げてみると、ビクリと身体を震わせていた。
「帰り道なんで。このラブレターはぼくが下駄箱に入れておきますね」
職員室を後にして、下駄箱に向かいながらぼくは反省していた。差出人を探すために乱暴な方法と知りつつ、教室でラブレターを使ってしまったことをだ。高橋杏奈はあの時きっと気付いてしまったのだろう。
自分が振られた、というその事実を。
先生が生徒を傷付けるだけの話だった。そこに間接的とはいえ、偶然に巻き込まれたぼくがふたりの間に挟まる形となった。
みんなの前で彼女を傷付けてしまった。そんな高橋杏奈への罪滅ぼしのつもりだったかもしれない。つい先生にも傷を負わせたくなっちゃったよ。ダメだね、ぼくは。
深くため息をつく。
やっぱりこの謎はぼくの口には大味過ぎた。それぞれの執念がみせたこだわりのせいで、こんな歪な謎になっちゃうんだもんな。下駄箱に靴が入っていただけなのに、ずいぶんと遠くまで来ちゃったものだ。
高橋杏奈の下駄箱にラブレターを返す。そして靴を履き替えようとして、まだ手に持っていたスリッパのことを思いだした。
「ああ、また返し忘れた」
さて、いまさら職員室には戻れないぞ。どの面を下げて会いに行くというのか。それはさすがにちょっと、マヌケが過ぎる。
どうしようかなと頭を悩ませ、妙案を思いつく。そうだ、根本先輩には靴を入れられた借りがあったじゃないか。
先輩の下駄箱を探そうかな。スリッパでお返しと洒落込むのも、乙というものじゃないのかな。むふふとほくそ笑む。
これでまた明日、謎が生まれるぞ。
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