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見ていたのは
コンビプレー
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つるりと滑る音が聞こえたかどうか。
根本先輩は怒りを顕にしたまま口を開いた。想いのままを吐きだすその行為は、攻撃的ですごく勢いのあるものなんだろう。ただその分すこしばかり、理性の網の目をすり抜けやすくなってくるというものだ。
「ふざけんなよ。お前は、──あいつに。高橋に渡したっていうのかよ。そんなことあっていいと思ってんのかよ。くそっ!」
攻撃的になったその分よけいに怖くなるものだから、諸刃の剣でもあったりする。こっちに敵意はないんだよと身を縮こませてみせる。
しかし怖い思いを我慢した、その分の価値ならあったのかもしれない。いまたしかに高橋と口走った。それはぼくのクラスメイトである、高橋杏奈のことだろうか。
明るくて、健康的で。さすがにクラスのマドンナだとまでは言わないけれど、愛嬌があって気持ちの良い娘だった。いったい先輩とはどういった関係なんだろう。
そしてもうひとつ──。
とても気になる口振りをしていたじゃないか。はて、先輩が言う所の『あってはいけないこと』とはなにを指して言った言葉なんだろう。なにをしっているのだろう。
「先輩は、根本先輩は見たのね」
鬼柳ちゃんに名を呼ばれ、先輩は眉をひそめて警戒の色を濃くする。まさか名前を知られているとは思わなかったみたいだ。
「ラブレターの送り主がだれなのか知っているのね?」
先輩は交互にぼくらの姿を眺め、ハン、と息をつく。きっとどちらの名前も知らなかったのだろう。自分だけが名前を知られているという不利な状況を理解したのか、逃げる気はもう失せたようだった。
口をひん曲げて、だれもいない壁に視線を逃がす。そして、ふてぶてしく言った。
「お前らは知らねーから、こんな余計なことすんだよ。邪魔すんじゃねえ」
不思議なことを言う。それはまるでぼくらに非があるような物言いだった。ちらりと視線を動かすと鬼柳ちゃんと目があい、お互いの顔を見あう。同意見のようだ。
「だれがラブレターを出したかだって?」
とまったく可笑しそうにもなく空笑い、
「お前も今日、会ってただろうが」
と吐き捨てる。
先輩はたしかにぼくを睨みつけながら言っていた、と思う。ぼくが今日会っているだって? パッと頭には浮かばず。はて、クラスのだれかだろうかと物思いに耽る。
でも、話はそこまでだった。もうすこしで送り主がわかったというのに、突然のおおきな声にぼくらの会話は邪魔をされた。
「お前ら、授業中になにしてるんだ!」
あるいはぼくが、ふき飛んだからかもしれない。きっとドタバタと追いかけっこをして騒ぎすぎたのだろう。隣のクラスで授業をしていた先生が騒ぎに気付き、教室から顔を出してぼくらを注意してきたのだ。
どうしよう。
「とりあえずここは逃げるとするかい?」
と鬼柳ちゃんをふり返ってみるも、その姿はすでにこつぜんと消えていた。
相も変わらず、すばしっこいことだ。
ここで先生に、根本先輩を捕らえてもらった方が話が早いのかもしれないなと向き直ると、先輩の姿もとっくに消えていた。
息のあったコンビプレーにぼくらは惑わされるばかりだ。ぼくらは。ぼくら……。あれ? 連帯感も仲間意識も、そんなものまるであったものじゃない。気付いた時には、ぼくが取り残されているだけだ。
あっ、ずるい。置いていかれちゃった。もしくは生け贄なのかもしれない。こんなおとり役はね、さすがに聞いちゃいない。
ガチャガチャと音を立て先生がドアを開けようとする音が聞こえてくる。まずい。
ぼくも逃走をはかろうと走りだすけど、お尻が痛いせいかうまく走れず、ヒョコヒョコと変な走り方になってしまっている。
「こら、廊下を走るな」
という応援の声を背に受けながら、ドタバタの逃走劇となってしまった。
さて、ぼくはうまく逃げ切れるのかな。
根本先輩は怒りを顕にしたまま口を開いた。想いのままを吐きだすその行為は、攻撃的ですごく勢いのあるものなんだろう。ただその分すこしばかり、理性の網の目をすり抜けやすくなってくるというものだ。
「ふざけんなよ。お前は、──あいつに。高橋に渡したっていうのかよ。そんなことあっていいと思ってんのかよ。くそっ!」
攻撃的になったその分よけいに怖くなるものだから、諸刃の剣でもあったりする。こっちに敵意はないんだよと身を縮こませてみせる。
しかし怖い思いを我慢した、その分の価値ならあったのかもしれない。いまたしかに高橋と口走った。それはぼくのクラスメイトである、高橋杏奈のことだろうか。
明るくて、健康的で。さすがにクラスのマドンナだとまでは言わないけれど、愛嬌があって気持ちの良い娘だった。いったい先輩とはどういった関係なんだろう。
そしてもうひとつ──。
とても気になる口振りをしていたじゃないか。はて、先輩が言う所の『あってはいけないこと』とはなにを指して言った言葉なんだろう。なにをしっているのだろう。
「先輩は、根本先輩は見たのね」
鬼柳ちゃんに名を呼ばれ、先輩は眉をひそめて警戒の色を濃くする。まさか名前を知られているとは思わなかったみたいだ。
「ラブレターの送り主がだれなのか知っているのね?」
先輩は交互にぼくらの姿を眺め、ハン、と息をつく。きっとどちらの名前も知らなかったのだろう。自分だけが名前を知られているという不利な状況を理解したのか、逃げる気はもう失せたようだった。
口をひん曲げて、だれもいない壁に視線を逃がす。そして、ふてぶてしく言った。
「お前らは知らねーから、こんな余計なことすんだよ。邪魔すんじゃねえ」
不思議なことを言う。それはまるでぼくらに非があるような物言いだった。ちらりと視線を動かすと鬼柳ちゃんと目があい、お互いの顔を見あう。同意見のようだ。
「だれがラブレターを出したかだって?」
とまったく可笑しそうにもなく空笑い、
「お前も今日、会ってただろうが」
と吐き捨てる。
先輩はたしかにぼくを睨みつけながら言っていた、と思う。ぼくが今日会っているだって? パッと頭には浮かばず。はて、クラスのだれかだろうかと物思いに耽る。
でも、話はそこまでだった。もうすこしで送り主がわかったというのに、突然のおおきな声にぼくらの会話は邪魔をされた。
「お前ら、授業中になにしてるんだ!」
あるいはぼくが、ふき飛んだからかもしれない。きっとドタバタと追いかけっこをして騒ぎすぎたのだろう。隣のクラスで授業をしていた先生が騒ぎに気付き、教室から顔を出してぼくらを注意してきたのだ。
どうしよう。
「とりあえずここは逃げるとするかい?」
と鬼柳ちゃんをふり返ってみるも、その姿はすでにこつぜんと消えていた。
相も変わらず、すばしっこいことだ。
ここで先生に、根本先輩を捕らえてもらった方が話が早いのかもしれないなと向き直ると、先輩の姿もとっくに消えていた。
息のあったコンビプレーにぼくらは惑わされるばかりだ。ぼくらは。ぼくら……。あれ? 連帯感も仲間意識も、そんなものまるであったものじゃない。気付いた時には、ぼくが取り残されているだけだ。
あっ、ずるい。置いていかれちゃった。もしくは生け贄なのかもしれない。こんなおとり役はね、さすがに聞いちゃいない。
ガチャガチャと音を立て先生がドアを開けようとする音が聞こえてくる。まずい。
ぼくも逃走をはかろうと走りだすけど、お尻が痛いせいかうまく走れず、ヒョコヒョコと変な走り方になってしまっている。
「こら、廊下を走るな」
という応援の声を背に受けながら、ドタバタの逃走劇となってしまった。
さて、ぼくはうまく逃げ切れるのかな。
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