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みえない変化

こだわり派の男

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 寺本先生は大きな声をだす。

「材料はすべて学校で準備します。が、家庭科係にはすこし手伝いをお願いします。そうですね。係のひとは当日の朝、三十分はやく家庭科室にあつまってください」

 はあい、とやや不満そうな声があがる。

 おっと危ない。家庭科係じゃなくてよかったと、ぼくはほっと胸をなでおろした。朝の三十分はとても貴重なものだ。拘束されるのは御免被りたいところである。

 その点、ぼくの担当する図書係は気楽なものだった。ただ座ってればいいだけだ。面倒事に巻き込まれる恐れもないだろう。

 その後も先生は注意事項をあげていたけれど、先生の話だろうが、念仏だろうが、もう耳に入ってきやしない。ぼくの興味はとある一点へと集中していたのだから。

 せっかくの合同授業なんだから、黒幕としては黙っておけるはずもない。何もするだなんてのは少々、酷というものだろう。

 なにかを仕掛けてやりたいな。さてと、どう料理してくれようかなと来週が待ち遠しくてたまらなくなってきたじゃないか。差し当たっての問題はひとつだけだった。

 はて、来週までにキューティクルなヒゲは生えてきてくれるのかな?

 それからあっという間に数日が経った。

 残念ながらキューティクルなヒゲは望むべくもなかった。まあ、それはべつにいいんだけども。それよりも困ったことにヒゲはおろか、まだ謎すら用意できていない。

 期限はもう、すぐそこまで差し迫ってきているというのに。謎がなんにも思いつかないのだから困ったものだ。今までぼくはなにをしていたというのか。

 謎を考える分の時間をまるっと予告状作りの練習に費やしてきていた。練習の甲斐あってか、なかなかの物が作れるようになってきていると思う。

 自画自賛しておこう。

 ぼくの目の前には手のひらサイズの予告状がある。今度はノートの切れはしなんかじゃなくて、ちゃんとしたカードで作ったものだ。本当は飛ばして壁につきささるのが理想なんだけど、練習は実らなかった。

 それでも中々にしっかりした作りをしていると思う。枠は豪華絢爛に、金色の植物のようなものがうねりを伴って縁取る。この謎なデザインがじつに気に入った。

 いかにもミステリアスといった趣きだ。その金色の縁取りの中には、漆黒の文字をあしらえてある。綴られている文面はシンプルでいて、かつ大胆不敵に。

『近日中、貴方の○○を頂きに参上いたします 怪盗T』としておいた。

 ぼくはこう見えてもこだわり派だから。納得のいく文面とデザインを選ぼうと優に数日もかけてしまった。でも、この惚れ惚れとする仕上がりにはとても満足だ。

 おや、と首をかしげる。

 そんなことをしているから謎がおろそかになっているんじゃ、と思わなくもない。

 きっと気のせいだろう。

 あとは何を頂くのかを考えるだけなんだけど。どうするかな。ちなみに怪盗TのTは、とりあえずのTでとくに意味はない。

 ううん、と唸っていると、
「ご飯よー」
 と母さんの呼ぶ声がする。

 予告状をみられるわけにはいかない。机の引き出しにそっと隠して食卓へ向かう。すると、醤油の焼ける芳しい香りがほわほわと漂ってきた。思わずよだれが出る。

 今日の晩ごはんはしょうが焼きだった。ほかにもおかずは並んでいるけれど、しょうが焼きだけでご飯三杯は食べれちゃう。小躍りするくらいに嬉しいご飯のお供だ。

 みんなで食卓を囲み、モリモリとほお張りながら、ふとした拍子に訊いてみる。

「ハンバーグってどうやって作るの?」

 ひょっとしたら、調理の手順を知ったら謎が思い浮かぶかもと考えてみた。ぼくは料理ができないので訊くしかない。しかし母さんには不思議な顔をされてしまった。

 調理実習で作る旨を伝えると、
「ふぅん」
 と頷いてから教えてくれた。
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