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探偵見習い

与えるもの

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 しゃがみ込んで汚れたのだろうか。鬼柳ちゃんはスカートの裾をパンパンと払う。

「わたし、解決したって伝えてくるね」
 
 はて、いったいだれにだい。と首をかしげては逡巡し。ああ、あのホラーもびっくりの叫んで逃亡した子かなと思い当たる。

 元気にしているだろうか。

 ホラー映画で真っ先に逃げる子はひどい目に遭うのが相場と決まっているけれど、無事だといいな。もっとも、もうすでにひどい目にはあったのかも知れないけど。

 いやあ、楽しかった。ぼくの謎はすっかりと解かれてしまったわけだけど。まあ、謎なんてものは解かれてこそが華というものだ。探偵役が去っていってしまう前にと思い、最大級の賛辞を贈ることにする。

「鬼柳ちゃん、名推理だったじゃないか。よっ、この名探偵。よっ、よっ」

 ぼくとしては誉めちぎったつもりだったのだけれど、鬼柳ちゃんはなぜだかキッとぼくを睨んでくる。腰に手をあてながら、文句までいってくる始末だ。

「やめて、探偵って呼ばないで」

 それはそれは、イヤそうな顔だ。

「なんでさ」

「なんだか、おじさんっぽいじゃないの」

 目が点になってしまう。

「何を言う。だから渋くていいんだよ」

 ダメだね、全然わかってない。ひょっとして推理に乗り気じゃないのって、それが理由だったりはしないだろうねと訝しむ。

 鬼柳ちゃんは最後まで納得してはくれなかった。賛同が得られず、ぼくは悲しい。ひょっとしたら彼女は彼女で、探偵なんてくだらないと思っているのかもしれない。

 でもまあ、いいさ。

 ちゃんとぼくにも収穫はあったからね。探偵をやりたがらない理由が盛り上がっちゃうからなのか、おじさんっぽいからなのかはどちらでもいいとして。

 いちど舞台に上げてしまえば、彼女はきちんと真相まで暴いてくれるようだった。探偵役をやりきってくれる性格らしいや。むふふ、とほくそ笑み。記憶に刻んだ。

 さてと、探偵に出来るのはここまでだ。

 残念ながら。いや、残念でもないのか。ぼくはあいにく探偵じゃないのだからさ。口もとに不敵な笑みを浮かべながら、音楽室に残された中原先輩へと近付いていく。

 ベートーベンは少女に月の光を与えた。

 なぜそうしたのだろうかと考えてみた。ベートーベンはその少女のことを羨やんだのではないか、とぼくは思った。

 音楽が音を楽しむことだとするのなら、その少女以上に音楽を楽しめるひとなんていやしないのだから。目の見えない少女にとって音は世界のすべてだったのだから。

 自分よりも音楽を楽しむその姿に、ベートーベンはただ憧れたんじゃないのかな。だからこそ少女には月の光りを与えた。尊敬と憧れと、ほんのすこしの嫉妬と共に。

 ぼくもそうかもしれないな。

 中原先輩の凛とした佇まいに憧れたのだろう。周りの噂に流されることなどない、毅然とした態度を羨みもしたのだろう。

 ぼくにもなにか、先輩に与えれるものがあるだろうか。ぼくが与えれるものといったら、それこそ謎くらいなものだろうか。

「中原先輩。つぎに音楽の授業があるのはいつですか。明日の三時間目にあるんですね。そうですか、それじゃあ──」

 つぎの日の音楽の授業中。シンとみんなが静まった頃合いを見計らうようにして、どこからともなく旋律が奏でられていく。

 にわかに教室はざわめきだした。それもそのはずだろう。呪いのピアノの噂はもうとっくに学校中に広がっているのだから。

「なにか聞こえない?」

「これって、噂のあれなんじゃね」

「月光? 嘘。でもどこからよ」

 音楽室の入り口のすぐ外。ぼくはこっそりと授業を抜け出して、中からはみえないようにしゃがみ込んで月光を流していた。

 そう、これは最初に音楽室を訪れたときに聞かせてもらったのを録音したものだ。中原先輩が演奏していたのはもちろんあの曲を除いて、他にあるべくもない。

 『月光ソナタ』だ。

 しばらくざわめき、やがて音楽室のドアがガラッと勢いよく開けられた。

 げっ、鈴木先生だ。

「こらっ、何やっとる。何組の生徒だ!」

 あわてて逃げ出すぼくを教室にいたみんなは笑いながらにみていた。ちらっとみえた中原先輩を除いては──、ね。先輩にはあらかじめこう伝えておいたのだ。

「みんなの表情をよくみていて下さい。

 電話が鳴っている事を知っていた犯人だけは、可笑しくてたまらなかったろうね。

 だれが犯人なんだろうかな。音楽の関係だろうか。案外、振られたというイケメン先輩周りのひとなのかもしれない。いったい彼は、だれに振られたというのかな。

 まあ、だれでもいいや。

 四回目の月光を聞くと死んでしまうという噂だけど。五回目を聞いたらどうなっちゃうんだろうね。ぼくの蒔いた謎の種は立派に育つのだろうか。魅力的な謎に育ったならその時は又、お邪魔するとしようか。

 ああ、しまった。もう息があがりそう。ぼくは走るのが苦手だったんだよ。
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