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探偵見習い

爆弾発言

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 鬼柳ちゃんのその大きな瞳は、右へ左へキョロキョロと動いている。いったいなにをそんなに見ているのだろうか。その瞳はある一点に集中しているようだった。

 中原先輩の持つカメラが揺れるのと同じスピードで動くさまは、猫がネコジャラシを狙っているときと同じものをぼくに感じさせる。ニャア、と飛びかかりやしないだろうかとハラハラと心配しちゃうね。

 ニャアとは言わなかったけれど、
「先輩は練習を撮影してるんですよね」
 と言った。

「ああ、そうだ」
 
 答える先輩はどこか気もそぞろである。飛びかかられるのを恐れている、わけではなかった。恐れているのはべつのことだ。肩の震えはいまだに止まる様子がない。

 猫、じゃないや。鬼柳ちゃんはカメラを指さしながら、レンズをのぞき込む。

「いままでの練習の様子も、その中に撮ってあるんですか?」
 
 どうやらそのカメラに興味津々のご様子だった。ふぅん。慧眼、慧眼。これは中々に良い所に注目するじゃないか。此度の謎のキーポイントはまさに、それなんだよ。

 小さくピョコピョコとのぞき込む鬼柳ちゃんに、中原先輩も小さく息をつく。すこしは肩の力も抜けたのかもしれなかった。

「ああ、これか。この中にはまだ何も録画はれてないよ。いつもの物が。その……、見つからなくてね。これは代用品なんだ」

「そうなんですか」

 肩を落とす。練習風景を見たかったのだろうか。すると鬼柳ちゃんの大きな瞳がきょろりと動き、急にこちらを向いた。

「ねえ、守屋くんは知ってる? このピアノの怪談話はね。最近くわしくなったの」

 ああ、うん。知っているというか。ぼくが追加したんだ。とは言えるわけもなく。
 
 腕を組んで首をかしげて、
「くわしくなったって、どういうこと?」
 と名相槌で返しておこうか。

 まるで記憶を探るかのようにひと差し指でトントンと額を叩きながら、鬼柳ちゃんはくわしくその説明をしはじめる。

「以前はね、ただ月光が聞こえてくるだけだったの。それがね。ニ回目の演奏で呪われちゃって。三回目の演奏では体調を崩すの。四回目ではね。死んじゃうんだって」

 ふんふんと頷きながら聞いていると、ずっこけそうになった。ぼくの知らない噂が追加されているじゃないか。あんなにも可愛らしかった噂に尾が生え、ひれも生え、まるでキメラと化してしまっている。

 ああ、こんな風になっちゃって。なんて姿になってしまったんだい。と嘆くものの噂なんてものは、まあ、元々そんなものだったかと思いなおす。

 気付けば鬼柳ちゃんが、すぐ目の前まできていた。眼をらんらんと輝かせている。

「これで守屋くんは、一回目と三回目の演奏を聞いたわけだけど。どうなのかな? 呪われてる? 体調は崩れてきたの?」

 なんだ優しいじゃないか。ぼくが呪われていないかどうかと、身を案じてくれているんだね。

 ……すこし笑顔なのが気になるけども。

「大丈夫。……だと思います」

「そう」

 すこし淋しげに下を向いたあと、鬼柳ちゃんは静かにそっと両の瞳を閉じた。そういえば前もそんなことをしてた気がする。彼女の考える時の癖なのかもしれない。
  
 パッと目を見開き、鬼柳ちゃんは言う。

「先輩、友達いないですよね?」

 思わぬ爆弾発言だった。ぼくはパカリと開いた口が塞がらない。中原先輩も突然の発言に驚いているようだ。鬼柳ちゃんは、あっと声を出してペコリと頭を下げた。

「ごめんなさい。あの……、その……。考え出すと盛り上がっちゃう性質たちでして。先輩はすこし……、お友達がすくなめ……、ですよね?」

 あまり変わってなくないかな、それ。

 これこそ、鬼柳ちゃんがあまり推理に乗り気じゃない理由なのかもしれなかった。先輩の顔色を恐る恐るうかがうと目が合いドキリとするも力なく首を振ってみせる。

「そうだな。多いとは言えない。練習でひとりになることが多いな」

 どうやらそんなに怒ってもいないようだ。内心、ホッとしながらぼくは訊く。

「その推理の根拠は何なんだい?」

 鬼柳ちゃんは胸を張って言った。

「女の勘よ。いい、守屋くん。美人はね、良く妬まれるの。私もそれで困ってるの」

 言い切ったよ。すごいな、この娘。
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