上 下
27 / 290
探偵見習い

推理開始

しおりを挟む
 鬼柳ちゃんはカクリと小首をかしげた。そして身を乗りだしては、その大きな瞳をすこし近付けてくる。

「先輩は、練習風景を録画してるの?」

「うん、そうみたいだね。動きのチェックをするのに使ったりするらしいよ。いつもはひとりで練習してるみたいだったから、きっと必要になってくるんだろうね」

「ふーん、そうなの。守屋くんが邪魔しないときはひとりで練習してるのね」

 ひとり、うんうんと頷いている。

 なかなかに感情表現豊かな動きをするものじゃないか。まあ、それが探偵に必要だとは思わないけども。むしろ、もっとドッシリと構えて不敵に笑ってほしいものだ。

 代わりにとばかり、ぼくがほほ笑むことで帳尻を合わせておく。

「そういう理由で先輩は去っていったよ。ぼくも帰ろうかなとは思ったんだけどね。せっかくはるばる音楽室まで来たから、色々と室内を見回ってから帰宅したんだ」

「守屋くんは暇なの?」

 ハハ、と苦笑。

「ただ、帰ってきてからびっくりしたよ。ぼくも驚いた。なんと、音楽室にカバンを忘れて来ちゃったんだからね」

「わあ」
 と大きく口を開けておどろいた後、首をかしげてから出てきた言葉は、
「守屋くんはドジなの?」
 だった。

 鬼柳ちゃんめ、なかなかに辛辣なことを言ってくれるものだ。理由付けなんだよ、理由付け。本当に忘れたわけじゃないさ。ぼくはドジなんかじゃないんだ。たぶん。

「もう時刻は夕方になっていたのかな。取りに行くのは明日でもいいかなとも思ったんだけどね。そうもいかなかったんだ」

「どうして?」

 まるっとした瞳が興味津々に覗き込む。

「鞄の中に大事な物が入っていたからね。結局、取りに向かうことにしたんだ」

 ふーんと唸り、
「なにがはいってたの?」
 と訊いてくる。

 おや、それも訊いてくるのかい。

 はたと考え、
「男には夢と希望の詰まった、女には悪夢と失望が詰まったものさ」
 と答えてみる。

「ああ……」

 うなだれるような声と共に、その瞳からはスッと光が消えた。いったいなにを想像しちゃったのだろう。あとでこっそりと聞いてみようかなと思う。すこし楽しみだ。

 蹴飛ばされなきゃいいけど。

「学校についた頃にはもう、辺りもすっかり暗くなっていてね。校門はまだ開いていたけども、校舎の入り口はざんねんながら閉まっていたんだ」

「あきらめた──、訳ないよね?」

 うん、と力強くうなずいておいた。その時間をねらってぼくは訪れたのだから。

「簡単にあきらめたりするもんか。ぼくはなんとしても、カバンの中身を先生にみられるわけにはいかなかったんだからね」

 おや、大きな瞳がいつの間にかジト目に変わっているぞ。そこには触れず、話をつづけていく。

「職員室に光が灯っているのはみえていたからね。外から訪ねていったんだよ。そうして事情を話してから、先生といっしょに音楽室へ向かうことにしたんだ」

 そこでぼくは良いことを思いつき、怪談話っぽくトーンを低くして語りはじめる。

「そういうのは良いから」
 とバッサリ切られてしまった。

 ちぇ。なんだい、つれないね。

「もうほとんどの教室の電気が落とされている中を、薄暗くなった廊下を歩くんだ。懐中電灯を片手に持ってね」

 手振りで辺りを照らしてみせる。

「音に気付いたのは井上先生だったかな。前を歩いていた先生が、『なにか聞こえてこないか』って言うんだよ」

 まるでピアノを弾くかのように、両の手の指を動かしてみせる。

「音楽室に近付くにつれて、ハッキリと聞こえてきた。ピアノの演奏がね」

 すこし離れた所にいる鬼柳ちゃんの友だちが、ひっそりと肩を抱くのを目の端で捉えていた。彼女も思い出してきたのかな。

「先輩に聴かせてもらったばかりだったからね。ぼくにはそれだとすぐに分かった。あれはまちがいなく、『月光』だったよ」

 オチ、だとばかりにぼくは声を潜める。今度は止められはしなかった。

「先生が音楽室のドアを開けるまで演奏はつづいていたんだ。そして、中には誰もいなかった。電気すらついてなかったよ」
しおりを挟む

処理中です...