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探偵見習い

設定と真実

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 小柄な鬼柳美保は、椅子に座ったぼくと目線がちょうどおなじ高さだ。丸みを帯びたショートボブがふわりと揺れるほどに勢いよく、ぼくの前へと詰めよってくる。

 そして大きな瞳で捉えてきた。あの時みせたものと同じく力強い光を帯びている。

「やあ、きみは」
 と、ようやく現れた鬼柳美保と爽やかなあいさつを交わそうと試みてみる。

「あの時のパンツの君じゃないか」

 ──遅かったね。

 と思うのも束の間、ぼくは蹴飛ばされていた。まったく、久々の再開だというのに随分とつれないじゃないか。相も変わらず野蛮だなあ。普段はそうでもないのにね。

 不思議なものだよ。

「そうそう、鬼柳ちゃんだったね」
 と苦笑いするぼくを、ぷりぷりとした面持ちで睨んでいる。

 でもそんな事をして、じゃれて遊んでいる暇はないんだよ。何といったって、今回の謎は制限時間があるのだから。なるべく急いだ方がいいんじゃないかなと思うよ。

 ぼくの緩んだ口もとを鬼柳ちゃんは不審そうにみつめていた。前のめりになって、より小さくなった彼女の肩越しにもうひとりの少女の姿がみえる。

 鬼柳ちゃんよりは背が高く、髪を可愛らしくひとつに結んだ少女は、ぼくの視線に気付いたのだろうか。すこしオドオドとしながらも、控えめにぺこりと頭を下げた。

 こちらもお返しにと、会釈する。

 きっとふたりいっしょに来たのだろう。その少女をあらぬ視線から守るよう、鬼柳ちゃんは少女との間に立ちはだかる。ぼくをいったいなんだと思っているのだろう。

「あのね、聞いたよ。守屋くん。音楽室の怪談を実際に聞いたんでしょ?  その時のことをくわしく教えてほしいの」

 うんうんと、満足気にうなずいてしまいそうになる。やる気になってくれたようで何よりだ。計画通りとニヤついておこう。そこにいる鬼柳ちゃんの友だちを、ニ回目の演奏の目撃者に仕立てあげたのはどうやら正解だったらしい。

 何度もつれていかれているトイレで相談でもされたのかな。断りきれなかったか。鬼柳ちゃんは理由さえあれば動けるタイプなのかもしれない。

「うん、いいよ。話そうじゃないか」

 設定と真実。ヒントに嘘。見せるべきものと、そうではないもの。ちぐはぐになっちゃったりしないように気を付けながら、説明していくとしようか。

 それじゃあ、お聞き願おうかな。徐ろに胸に手を当てて慇懃な礼をしたつもりで話をはじめようじゃないか。開演ブザーが鳴らないのだけが、ざんねんでならないよ。

「ぼくはあの日。授業が終ってから帰る前に音楽室へ向かったんだよ。目的はそう、ピアノ演奏さ。中原先輩は知ってるかい」

 鬼柳ちゃんは小首をかしげる。

「中原紗奈さんのことよね。そういえば、朝礼でも言ってたっけ。コンクールの出場が決まったのよね」

 ふぅん。面白い娘だな、と頷く。
 
 まさか、ちゃんと朝礼に集中してる生徒がいるとはね。夢にも思わなかった事だ。それにひとの名前がフルネームですぐに、パッと出てくるのも単純にすごいものだ。

 もしかして同学年だけじゃなく、全学年の名前を覚えていたりもするのだろうか。ぼくなんかは、そこにいる鬼柳ちゃんの友達の名前だって知らないというのに。

 ちらりと視線をやったら、友達の子と目があったのでニコリとしてみた。するとふたたび鬼柳ちゃんが覆い隠してしまった。

 ふぅむ、徹底してるな。苦笑い、息をついてから気を取り直す。

「そう、その中原先輩だよ。コンクールの日取りが近いらしくてね。音楽室を借りてピアノの練習をしているんだ」

「それを邪魔しに行ったの?」
 
 おどろいた顔をされる。

「とんでもない、のぞきに行ったんだよ」

 それを邪魔というのかどうかは、ぼくの預かり知る所ではないけれど。ちょっぴりするどくなった視線を気にせずに続ける。

「でもその日は運悪く、録画機器が手もとにないらしくてね。残念ながらピアノの練習は中止になってしまったというわけさ」

「ん?」
 と鬼柳ちゃんは小首をかしげた。
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