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探偵見習い

月光

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 音楽が好きかどうか、ね。

 これは中々に難問じゃないか。好きだよと嘘をつくのは簡単だけれども、それを好むひとの前でつく嘘はすぐにばれちゃうことだろう。好きな曲はと聞かれただけで、たちまちに言葉に詰まるのが目に見える。

 そして好きじゃないとも言いにくいな。それならばとそれなりの嘘を用意しても、その場合は音楽室にやってきたべつの理由が必要になってくる。しかもその理由が、またもや嘘になってしまうにちがいない。

 嘘を嘘でぬり固める嘘つきのジレンマ。もう八方塞がりになること請け合いだ。

 言い淀んでいるぼくを目にして、中原紗奈はにやりと意地の悪そうな顔で笑った。そんな笑顔にも関わらず、魅力的に映るっていうのだから不思議なものだ。

「大方、君も怪談話を聞いてきたのだな」

 ずばり図星だった。言葉もない。

 彼女はそう言い残すと、ぼくの返事も待たずにさっさと音楽室へ戻ってしまった。そこにはさっきまでの表情は見当たらず、スンッとしてしまった顔が冷たく映る。

 その態度はまるで、もう用はなくなったと言われているようにも取れた。

 しかしながら、音楽室のドアは開け放たれたままになっている。これはぼくが入ってくると思って閉めなかったのだろうか。まだ中原紗奈に心のドアを閉めきられたわけではない、と考えてもいいのだろうか。

 ──歓迎されている?

 恐る恐るといった様子で歩みをすすめ、ひょっこりと顔を出して中を覗いてみる。ガランとした音楽室には、夜中にきょろきょろと目玉を動かすであろう歴代の音楽家達のほかには中原紗奈の姿しかみえない。

 意を決し、彼女に続いて音楽室の中へと入る。ちらと視線を寄越しはしたけれど、とくに拒絶されるわけでもなかったのでピアノの前に座る彼女の元へ近付いていく。

 ピアノの上の譜面台には楽譜が置かれていた。すばやく目を走らせてみるけれど、オタマジャクシが悠々と泳いでいるばかりでぼくにとっては暗号でしかない。

 音楽はどうにも苦手だよ。

 タイトルだけはかろうじてぼくにも理解できる。『月光』というらしい。さっき弾いていた曲だろうか。どうもクラシックは全部おなじに聞こえていけないや。

 中原紗奈は表情を失くしたままだけど、その瞳はきょろりと物珍しそうにぼくを見つめていた。なので訊いてみる。

「先輩も音楽室の怪談話を知っていたんですね」

「だれもいない部屋から、月光が聞こえてくるというやつかな」

 聞こえてくると噂される曲は月光だったのか。ぼくの知らなかった情報だ。そしてどうやら先輩はその噂話を信じていない。
 
 そうでないと呑気に音楽室でピアノを弾いてやしないだろう。すると残念なことに怪談がないという証明になってしまう。

 ああ、無念だ、おばけは出ないようだ。まあ、最初からわかっていたことだった。噂はやっぱり、噂止まりなんだ。そうか。

 ガクリと首を垂れる。

「だれもいない音楽室、──ね」

 独りごちる先輩は、そのまま感情を感じさせない面持ちでポロロンとなにかの拍子を弾き始めた。

 そして、バンと鍵盤を叩きつけ、
「私はここに居るじゃないか」
 とつぶやく。

 大きな音にちょっと驚いた。

 さらりと長い黒髪が先輩の横顔を覆い隠してしまって、いまどんな表情をしているのかは伺いしれなかった。意外にも激情家だったりするのだろうか。

 ちょっぴり怖い。

 先輩を見たときなんだか近寄り難く感じたのは、ただ美人なばかりではなかったのかも知れない。

 無言のままも、ちと気まずい。

 はて、なんと声をかけたものかな。と、ない頭をすこしばかり捻ってみる。

「あのお、ぼくも居ますけど」

「言葉の綾だよ」
 とあきれた声が返る。

 そう言って儚げに薄く笑う先輩の姿が、なぜかどこか淋しそうにみえてしまった。それならばと、ぼくはさらに捻ってみる。

「言葉の綾だというなら。その手の怪談話はまったくの不出来なんじゃないかなと、ぼくは思いますけどね」
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