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追憶の黒幕
(守屋)今度こそは
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──♧23
「忘れるはずないじゃないか」
とは言えるわけもないので、むっつりとする事で返答としておこう。
遠巻きにチャイムの音色が聞こえてくる。いつのまにか授業のおわる時刻になっていたみたいだね。楽しそうにはしゃぐ、小学生の声も届きはじめてきたよ。
わずかばかりの休憩時間でも遊び倒してやろうと、いそいで外に繰り出してきたのだろうか。元気だな。
その弾む声にかき消されてしまうくらいの小さな声で、古越さんはつぶやく。たとえ聞こえなくても構わない、と思ったのかもしれないね。
「もうあんな顔、見たくないんだ」
自分の罪をかぶらせたばかりに、悲劇は起きてしまったからね。本来ならあの言葉は古越さんに。いや、彼女にだったら、もともとその言葉は使われなかったかもしれないね。
「だから、邪魔しないで」
きろりと目を剥くその姿に、かつての泣いてばかりだった、あの日の少女の姿を重ねみる。そうか、強くなったんだね。
弟を守れるほどに。
古越さんの生徒会長としての評判も、ぼくは訊いてきていた。優しさと厳しさを備え持ち、どうやら周りからの信頼も厚いようだった。
肝心かなめの確認をひとには任せずに、かならず自分ですると訊き、文化祭のトラウマなんだろうなとは思う所だけどもね。彼女もまた、裏切りに臆病になっているのだろう。
三年間で培ってきた信頼と信用を古越さんはすべて投げ打ち、犠牲にした。そうまでして、彼女はいったいなにをしようとしたのだろうか。
「邪魔ってのは、悠斗くんを守ることのかい?」
言葉を切る。
視線が合う。
言葉を繋ぐ。
「それとも、復讐の事かい?」
返事はなく、口もとだけで薄く笑っていた。それは今日はじめてみせる、古越さんの笑顔だった。
弟を守りたかったのも、嘘ではないのだろう。きっと真実だろうね。でも、他にもなにか方法はあった気がするんだよ。不慣れな黒幕にならったせいかもしれないけれど、それはすこし不自然だとも言えるよね。
暗く、重くのしかかってきただろう、心への傷。
弟への懺悔なのかもしれない。優等生の姉がすべてを投げ打てば、『お姉ちゃんじゃなくてよかった』と言った親のメンツは、いったいどうなるのだろうか。きっとそれは、潰れてしまうのかもしれないね。
古越さんがなにを優先したのかは知りようがない。それは彼女だけの秘密だろうね。ただ、ひとつの物事にかけられた想いは、ひとつとは限らないのかもしれない。
そう思うんだ。
沈黙が下りるぼくらの耳には、愉快そうにはしゃいでいる小学生の声だけが響いていた。
沈黙なら、古越さんが破った。
「アンタ、結局なにしにきたの?」
「なにって」
なんだろう?
言われて戸惑う。はて、なにをしにきたんだったかな。
「確認だよ」
とにへらと笑う。
癇に障ったのだろうか。片眉だけを器用に吊り上げ、言う。
「守屋、なんか変わった? アンタそんな奴だったっけ?」
「自分がどんな奴なのか、とはね。むずかしい事を言うじゃないか。それは、その、哲学なのかな」
微笑みと『ともに』贈る軽口は、何なく撥ねつけられてしまった。
古越さんはもう話すことはないとばかりに、まるで話は終わったというように、ギーコギーコとブランコを漕ぎ始める。
にべもしゃしゃりもない、ね。
もうこちらを見ようともしない古越さんを背に、公園をあとにした。別れの挨拶はしなかった。きっと返ってはこないだろうからね。
なんか変わった、か。
自分がどんな奴なのか、それは哲学じゃなくてもむずかしいものだよ。変わったような、変わっていないような。
さて、どうなのだろうかね。
いまのぼくが変わってみえるのなら、それはきっと、鬼柳ちゃんの影響が大きいのだろう。彼女はぼくにとって、特別なひとだから、さ。
でも、変わるキッカケということならば、古越さんもそうなんだけどね。わざわざ言うこともないかな。
なにをしにきたの、ときみは訊いたね。
確認を取りにきたんだよ。やっぱり、どうやらぼくにも責任があるようだね。大丈夫さ、今度はうまくできるはずだよ。
でも、本当はさ。ただ、謎を解きにきたんだよね。だってさ──。
だれも謎を解こうともしないなんてさ、そんなの、とてもつまらないじゃないか。
「忘れるはずないじゃないか」
とは言えるわけもないので、むっつりとする事で返答としておこう。
遠巻きにチャイムの音色が聞こえてくる。いつのまにか授業のおわる時刻になっていたみたいだね。楽しそうにはしゃぐ、小学生の声も届きはじめてきたよ。
わずかばかりの休憩時間でも遊び倒してやろうと、いそいで外に繰り出してきたのだろうか。元気だな。
その弾む声にかき消されてしまうくらいの小さな声で、古越さんはつぶやく。たとえ聞こえなくても構わない、と思ったのかもしれないね。
「もうあんな顔、見たくないんだ」
自分の罪をかぶらせたばかりに、悲劇は起きてしまったからね。本来ならあの言葉は古越さんに。いや、彼女にだったら、もともとその言葉は使われなかったかもしれないね。
「だから、邪魔しないで」
きろりと目を剥くその姿に、かつての泣いてばかりだった、あの日の少女の姿を重ねみる。そうか、強くなったんだね。
弟を守れるほどに。
古越さんの生徒会長としての評判も、ぼくは訊いてきていた。優しさと厳しさを備え持ち、どうやら周りからの信頼も厚いようだった。
肝心かなめの確認をひとには任せずに、かならず自分ですると訊き、文化祭のトラウマなんだろうなとは思う所だけどもね。彼女もまた、裏切りに臆病になっているのだろう。
三年間で培ってきた信頼と信用を古越さんはすべて投げ打ち、犠牲にした。そうまでして、彼女はいったいなにをしようとしたのだろうか。
「邪魔ってのは、悠斗くんを守ることのかい?」
言葉を切る。
視線が合う。
言葉を繋ぐ。
「それとも、復讐の事かい?」
返事はなく、口もとだけで薄く笑っていた。それは今日はじめてみせる、古越さんの笑顔だった。
弟を守りたかったのも、嘘ではないのだろう。きっと真実だろうね。でも、他にもなにか方法はあった気がするんだよ。不慣れな黒幕にならったせいかもしれないけれど、それはすこし不自然だとも言えるよね。
暗く、重くのしかかってきただろう、心への傷。
弟への懺悔なのかもしれない。優等生の姉がすべてを投げ打てば、『お姉ちゃんじゃなくてよかった』と言った親のメンツは、いったいどうなるのだろうか。きっとそれは、潰れてしまうのかもしれないね。
古越さんがなにを優先したのかは知りようがない。それは彼女だけの秘密だろうね。ただ、ひとつの物事にかけられた想いは、ひとつとは限らないのかもしれない。
そう思うんだ。
沈黙が下りるぼくらの耳には、愉快そうにはしゃいでいる小学生の声だけが響いていた。
沈黙なら、古越さんが破った。
「アンタ、結局なにしにきたの?」
「なにって」
なんだろう?
言われて戸惑う。はて、なにをしにきたんだったかな。
「確認だよ」
とにへらと笑う。
癇に障ったのだろうか。片眉だけを器用に吊り上げ、言う。
「守屋、なんか変わった? アンタそんな奴だったっけ?」
「自分がどんな奴なのか、とはね。むずかしい事を言うじゃないか。それは、その、哲学なのかな」
微笑みと『ともに』贈る軽口は、何なく撥ねつけられてしまった。
古越さんはもう話すことはないとばかりに、まるで話は終わったというように、ギーコギーコとブランコを漕ぎ始める。
にべもしゃしゃりもない、ね。
もうこちらを見ようともしない古越さんを背に、公園をあとにした。別れの挨拶はしなかった。きっと返ってはこないだろうからね。
なんか変わった、か。
自分がどんな奴なのか、それは哲学じゃなくてもむずかしいものだよ。変わったような、変わっていないような。
さて、どうなのだろうかね。
いまのぼくが変わってみえるのなら、それはきっと、鬼柳ちゃんの影響が大きいのだろう。彼女はぼくにとって、特別なひとだから、さ。
でも、変わるキッカケということならば、古越さんもそうなんだけどね。わざわざ言うこともないかな。
なにをしにきたの、ときみは訊いたね。
確認を取りにきたんだよ。やっぱり、どうやらぼくにも責任があるようだね。大丈夫さ、今度はうまくできるはずだよ。
でも、本当はさ。ただ、謎を解きにきたんだよね。だってさ──。
だれも謎を解こうともしないなんてさ、そんなの、とてもつまらないじゃないか。
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