207 / 290
追憶の黒幕
(守屋)ありえない光景
しおりを挟む
──♧03
「恵海ちゃん、ありえない光景ってなにを見たの?」
「それはですわね──」
と言いながら、こちらを見る目はどこか笑っていた。なんだろう、ぼくの話なのだろうか。いったいなにを見られてしまったというのか。
なんとなくいやな予感がする。
見られたらまずいことだらけだからね、身に覚えがありすぎる。戦々恐々としながら大矢さんの話を聞くことにしたけれど、身体はいつでも逃げれるように準備をしておこう。
「先週の日曜日のことですわ。コンビニで立ち読みをしていますと、見慣れた人影がやって来ましたの。守屋さんでしたわ。そこで、わたくしはとっさに身を隠しましたの」
なんでだよ。
鬼柳ちゃんは、
「それで、それで?」
と、愉快そうに話を促す。
「隠れながら様子をうかがいますと、お弁当と、なにかの缶詰めを買ってコンビニを後にしましたの。鼻歌まじりにご機嫌の様子でしたわ」
それは別にいいだろう。
「あやしいわね」
と小さな探偵は訝しむ。
あやしいだろうか。さては楽しんでるな、鬼柳ちゃん。その言葉に大矢さんの声も嬉しそうに弾む。
「ですわ、ですわ。ですから、コッソリ、あとをつけましたの」
何をしている、何を。
「探偵みたいで、とても楽しかったですわ」
そこには同意する。しかしそうだったんだね。気付かなかったけれどあの日、ぼくは見られていたのか。
探偵に憧れのある大矢さんは、『らしい行動』を取れた事がよほど嬉しかったのだろう。瞳は輝きを帯び、生き生きとした表情で語った。
「わたくし、始めて尾行というものをいたしましたわ。いつバレるのかと、とてもスリリングでしてよ。守屋さんはコンビニ袋を引っさげてトボトボと、それはもう、トボトボと歩いていきましたの」
そんなにトボトボとしていたろうか。突然ビシッと指をさされ、得意気な顔で言われた。
「お気づきになりまして?」
「なりませんとも」
「ホーッホッホッホ」
ご機嫌に高笑いしているが、尾行を警戒している中学生なんて、そうそういないのではないだろうか。
「それで、守屋くんはどこへ向かっていたの?」
はたと高笑いをやめ、
「駅に向かって歩いていましたの」
と答えている。
「あやしいわね」
「鬼柳ちゃん、さすがにそれはあやしくないよ」
どうやらそれは冗談だったようで、あははと屈託なく笑っていた。まったく、困ったものだね。
コホン、と咳ばらいをひとつ。気を取り直して大矢さんは言う。
「『電車に乗るならまずいですわ』とお財布とにらめっこをしていましたら、守屋さんはふらっと駅前の駐輪場に入っていきましたの」
「ああ、あの無料スペースの……」
中空に立地を思い描いたのか、視線が上を向いた鬼柳ちゃんにつられて、ぼくもぼんやりと眺める。
「あそこをすこし抜けた所、陰になってる場所に守屋さんは腰掛けましたの。そして缶詰めを開けて、地面に置くと──」
ひと呼吸ついて、
「にゃあ」
と可愛らしく鳴いた。
「にゃあ?」
鬼柳ちゃんも鳴いた。
「ネコさんですの。何処からともなく集まってきましたネコさんに、エサをあげてらしたのです」
ポカンと口を開け、驚いた表情で鬼柳ちゃんが言う。
「それは、………あやしいわね」
冗談ではなく、今度は本気で言っているようだった。
「ね? ありえない光景ですわよね」
言いたい放題だった。
休みの日にぼくが何をしていようと自由ではないか。尾行され、あまつさえ行動にダメ出しされるとは、ね。己の正当性を主張するために、ぼくは立ち上がった。
「知らなかったのかい? ぼくはネコも愛する博愛主義者だったのだよ」
「言い方が嘘っぽいわ」
と鬼柳ちゃん。
「もう主義が変わったんですの?」
が大矢さん。
ぎゃふん。
大きな瞳を大きく開き、
「それで、守屋くんはそこで何をしてたの?」
と訊いてくる。
じっと見つめられても返す言葉に困ってしまうね。
「ネコにエサをやっていたんだよ」
納得しかねる鬼柳ちゃんに再び、この言葉を贈る。
「ありえない事を省いていって、最後に残った事がどれだけ信じられなくても、それが真実なんだよ」
しかし、小さな探偵はホームズの言葉すら疑っているようだった。
「恵海ちゃん、ありえない光景ってなにを見たの?」
「それはですわね──」
と言いながら、こちらを見る目はどこか笑っていた。なんだろう、ぼくの話なのだろうか。いったいなにを見られてしまったというのか。
なんとなくいやな予感がする。
見られたらまずいことだらけだからね、身に覚えがありすぎる。戦々恐々としながら大矢さんの話を聞くことにしたけれど、身体はいつでも逃げれるように準備をしておこう。
「先週の日曜日のことですわ。コンビニで立ち読みをしていますと、見慣れた人影がやって来ましたの。守屋さんでしたわ。そこで、わたくしはとっさに身を隠しましたの」
なんでだよ。
鬼柳ちゃんは、
「それで、それで?」
と、愉快そうに話を促す。
「隠れながら様子をうかがいますと、お弁当と、なにかの缶詰めを買ってコンビニを後にしましたの。鼻歌まじりにご機嫌の様子でしたわ」
それは別にいいだろう。
「あやしいわね」
と小さな探偵は訝しむ。
あやしいだろうか。さては楽しんでるな、鬼柳ちゃん。その言葉に大矢さんの声も嬉しそうに弾む。
「ですわ、ですわ。ですから、コッソリ、あとをつけましたの」
何をしている、何を。
「探偵みたいで、とても楽しかったですわ」
そこには同意する。しかしそうだったんだね。気付かなかったけれどあの日、ぼくは見られていたのか。
探偵に憧れのある大矢さんは、『らしい行動』を取れた事がよほど嬉しかったのだろう。瞳は輝きを帯び、生き生きとした表情で語った。
「わたくし、始めて尾行というものをいたしましたわ。いつバレるのかと、とてもスリリングでしてよ。守屋さんはコンビニ袋を引っさげてトボトボと、それはもう、トボトボと歩いていきましたの」
そんなにトボトボとしていたろうか。突然ビシッと指をさされ、得意気な顔で言われた。
「お気づきになりまして?」
「なりませんとも」
「ホーッホッホッホ」
ご機嫌に高笑いしているが、尾行を警戒している中学生なんて、そうそういないのではないだろうか。
「それで、守屋くんはどこへ向かっていたの?」
はたと高笑いをやめ、
「駅に向かって歩いていましたの」
と答えている。
「あやしいわね」
「鬼柳ちゃん、さすがにそれはあやしくないよ」
どうやらそれは冗談だったようで、あははと屈託なく笑っていた。まったく、困ったものだね。
コホン、と咳ばらいをひとつ。気を取り直して大矢さんは言う。
「『電車に乗るならまずいですわ』とお財布とにらめっこをしていましたら、守屋さんはふらっと駅前の駐輪場に入っていきましたの」
「ああ、あの無料スペースの……」
中空に立地を思い描いたのか、視線が上を向いた鬼柳ちゃんにつられて、ぼくもぼんやりと眺める。
「あそこをすこし抜けた所、陰になってる場所に守屋さんは腰掛けましたの。そして缶詰めを開けて、地面に置くと──」
ひと呼吸ついて、
「にゃあ」
と可愛らしく鳴いた。
「にゃあ?」
鬼柳ちゃんも鳴いた。
「ネコさんですの。何処からともなく集まってきましたネコさんに、エサをあげてらしたのです」
ポカンと口を開け、驚いた表情で鬼柳ちゃんが言う。
「それは、………あやしいわね」
冗談ではなく、今度は本気で言っているようだった。
「ね? ありえない光景ですわよね」
言いたい放題だった。
休みの日にぼくが何をしていようと自由ではないか。尾行され、あまつさえ行動にダメ出しされるとは、ね。己の正当性を主張するために、ぼくは立ち上がった。
「知らなかったのかい? ぼくはネコも愛する博愛主義者だったのだよ」
「言い方が嘘っぽいわ」
と鬼柳ちゃん。
「もう主義が変わったんですの?」
が大矢さん。
ぎゃふん。
大きな瞳を大きく開き、
「それで、守屋くんはそこで何をしてたの?」
と訊いてくる。
じっと見つめられても返す言葉に困ってしまうね。
「ネコにエサをやっていたんだよ」
納得しかねる鬼柳ちゃんに再び、この言葉を贈る。
「ありえない事を省いていって、最後に残った事がどれだけ信じられなくても、それが真実なんだよ」
しかし、小さな探偵はホームズの言葉すら疑っているようだった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
「学校でトイレは1日2回まで」という校則がある女子校の話
赤髪命
大衆娯楽
とある地方の私立女子校、御清水学園には、ある変わった校則があった。
「校内のトイレを使うには、毎朝各個人に2枚ずつ配られるコインを使用しなければならない」
そんな校則の中で生活する少女たちの、おしがまと助け合いの物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる