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追憶の黒幕

(守屋)ありえない光景

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──♧03
「恵海ちゃん、ありえない光景ってなにを見たの?」

「それはですわね──」
 と言いながら、こちらを見る目はどこか笑っていた。なんだろう、ぼくの話なのだろうか。いったいなにを見られてしまったというのか。

 なんとなくいやな予感がする。

 見られたらまずいことだらけだからね、身に覚えがありすぎる。戦々恐々としながら大矢さんの話を聞くことにしたけれど、身体はいつでも逃げれるように準備をしておこう。

「先週の日曜日のことですわ。コンビニで立ち読みをしていますと、見慣れた人影がやって来ましたの。守屋さんでしたわ。そこで、わたくしはとっさに身を隠しましたの」

 なんでだよ。

 鬼柳ちゃんは、
「それで、それで?」
 と、愉快そうに話を促す。

「隠れながら様子をうかがいますと、お弁当と、なにかの缶詰めを買ってコンビニを後にしましたの。鼻歌まじりにご機嫌の様子でしたわ」

 それは別にいいだろう。

「あやしいわね」
 と小さな探偵は訝しむ。

 あやしいだろうか。さては楽しんでるな、鬼柳ちゃん。その言葉に大矢さんの声も嬉しそうに弾む。

「ですわ、ですわ。ですから、コッソリ、あとをつけましたの」

 何をしている、何を。

「探偵みたいで、とても楽しかったですわ」

 そこには同意する。しかしそうだったんだね。気付かなかったけれどあの日、ぼくは見られていたのか。

 探偵に憧れのある大矢さんは、『らしい行動』を取れた事がよほど嬉しかったのだろう。瞳は輝きを帯び、生き生きとした表情で語った。

「わたくし、始めて尾行というものをいたしましたわ。いつバレるのかと、とてもスリリングでしてよ。守屋さんはコンビニ袋を引っさげてトボトボと、それはもう、トボトボと歩いていきましたの」

 そんなにトボトボとしていたろうか。突然ビシッと指をさされ、得意気な顔で言われた。

「お気づきになりまして?」

「なりませんとも」

「ホーッホッホッホ」

 ご機嫌に高笑いしているが、尾行を警戒している中学生なんて、そうそういないのではないだろうか。

「それで、守屋くんはどこへ向かっていたの?」

 はたと高笑いをやめ、
「駅に向かって歩いていましたの」
 と答えている。

「あやしいわね」

「鬼柳ちゃん、さすがにそれはあやしくないよ」

 どうやらそれは冗談だったようで、あははと屈託なく笑っていた。まったく、困ったものだね。

 コホン、と咳ばらいをひとつ。気を取り直して大矢さんは言う。

「『電車に乗るならまずいですわ』とお財布とにらめっこをしていましたら、守屋さんはふらっと駅前の駐輪場に入っていきましたの」

「ああ、あの無料スペースの……」

 中空に立地を思い描いたのか、視線が上を向いた鬼柳ちゃんにつられて、ぼくもぼんやりと眺める。

「あそこをすこし抜けた所、陰になってる場所に守屋さんは腰掛けましたの。そして缶詰めを開けて、地面に置くと──」

 ひと呼吸ついて、
「にゃあ」
 と可愛らしく鳴いた。

「にゃあ?」

 鬼柳ちゃんも鳴いた。

「ネコさんですの。何処からともなく集まってきましたネコさんに、エサをあげてらしたのです」

 ポカンと口を開け、驚いた表情で鬼柳ちゃんが言う。

「それは、………あやしいわね」

 冗談ではなく、今度は本気で言っているようだった。

「ね? ありえない光景ですわよね」

 言いたい放題だった。

 休みの日にぼくが何をしていようと自由ではないか。尾行され、あまつさえ行動にダメ出しされるとは、ね。己の正当性を主張するために、ぼくは立ち上がった。

「知らなかったのかい? ぼくはネコも愛する博愛主義者だったのだよ」

「言い方が嘘っぽいわ」
 と鬼柳ちゃん。

「もう主義が変わったんですの?」
 が大矢さん。

 ぎゃふん。

 大きな瞳を大きく開き、
「それで、守屋くんはそこで何をしてたの?」
 と訊いてくる。

 じっと見つめられても返す言葉に困ってしまうね。

「ネコにエサをやっていたんだよ」

 納得しかねる鬼柳ちゃんに再び、この言葉を贈る。

「ありえない事を省いていって、最後に残った事がどれだけ信じられなくても、それが真実なんだよ」

 しかし、小さな探偵はホームズの言葉すら疑っているようだった。
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