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迷惑な探偵

忙しい子

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「さあ、きょうも調査に参りますわよ」

 大矢さんは、懲りない。
 めげない。
 へこたれない。

 それを美徳と取るか、学習能力がないと取るか。うーむ、判断に悩んでしまうね。

 そしてもう、我がもの顔で三年の教室に入り浸っている。その胆力たるや、すさまじいものがあるね。まわりも慣れた物で、もう好奇の目では見なくなってきている。

「ダメよ、恵海ちゃん。危ないからね」
 と鬼柳ちゃんは言うけれど、もう大矢さんが止まらない事はみんな分かっていた。

 案の定、帰ろうかなと廊下に出ると、すぐに大矢さんに捕まった。そしてぼくは、どうやら少し油断していたみたいだ。

 大矢さんが止まらないと考えたのは、何もぼく達だけじゃなかったんだよね。捕まった途端に土師先生も現れ、ぼくと大矢さんに釘を刺していった。

「お前らほんま懲りひんな。よっしゃ、帰ったら学校に電話して来なさい。ほんまにまっすぐ帰ったか、確認や」

 そりゃないよ先生。うっかり、ぼくは巻き添えを食らってしまった。鬼柳ちゃんは幸いにも難を逃れたようだ。くそう。

「横暴ですわ、カタストロフですわ」

 両手をあげて抗議する大矢さんの声だけが、むなしく響いていた。

 そんな監視生活を二日ほど過ごした頃、
「逃走しますわ。限界ですの。ね? 先輩」
 と、あきらめの悪い声を朝から聞いた。
 
 いつものように鬼柳ちゃんが諌《いさ》めるかと思っていたら、
「恵海ちゃん。今日の放課後、唐津くんを呼んできて欲しいの」
 と言うじゃないか。

「分かりましたわ。みんなで一斉調査ですのね。ローラー作戦ですことよ」

 意気込む大矢さんに、鬼柳ちゃんは微笑みかけた。

「ううん。唐津くんを襲った犯人が分かったから、聞いて欲しいの」

「本当ですの!? さすがは、おねえさまですわ」

 おっ、出たな。おねえさま。

 大矢さんは嬉しそうに鬼柳ちゃんに抱きついた。ぎゅっとされた鬼柳ちゃんは、手をバタつかせ、つぶされてしまいそうだ。

 助けを求める目がこちらを向いた。

「大丈夫。何かあったら、犯人は大矢さんだって証言するよ」
 
 にへらと笑って見せると、鬼柳ちゃんは足をバタつかせ、ぼくを足蹴にした。

 放課後、教室はにわかに静かになった。

 ある生徒は部活に向かい、ある生徒は帰宅する。帰宅をうながされているさなか、わざわざ教室に残るぼくらは、ある意味反逆者なのかもしれないね。

 反逆者、アンチテーゼ、リベリオン。無法人達の集まりだ。ようこそアンダーワールドへ。まるで、心がワルに染まっていくようだよ。

「失礼します」

 ぼくらしかいない教室なのに、溌剌とした礼儀正しいあいさつが響いた。そうだった、唐津くんはそういう人だったよ。

 ……ワルにも礼儀は必要だよね。

 せっかく高まったワルの心は、あっという間に霧散してしまった。真面目な人間を暴走族に入れてみたら、ひょっとしたらその暴走族も解散するんじゃないだろうか。

 そもそも彼らは、なぜ暴走しているんだろうね。

「連れてきましてよ。みほみほ先輩。それでは推理ショーの開幕ですの」

「大矢。なんだ、推理ショーって。俺はそんなの聞いてないぞ」

 いったいなんと言って唐津くんを連れてきたのだろうか。暴走する気持ちは、大矢さんに聞いてみれば、或いは分かるのかもしれないね。

 ふたりにも席に着いてもらい、
「さあ、推理ショーの始まりだね」
 と、にやりとしながらぼくも言った。

 やっぱり言いたくなっちゃうよね。

 唐津くんと鬼柳ちゃんは、あきれた顔をしていたけれど、大矢さんだけはニコニコとしていた。なるほど、同好の士というものは良いものだね。

「まったく、やりにくいったら」
 と言い、鬼柳ちゃんは咳払いをひとつした。

「どこから話せばいいのかな」

 はい、と手があがった。

「消えた暴走族は幽霊だったんですの?」

「ううん」
 と鬼柳ちゃんが首を横に振ると、大矢さんの目から光が消えた。ここまで人は落胆できるものかと思う。

 そして鬼柳ちゃんが、
「本当は消えてなんてなかったのよ」
 と言うと、目をランランと輝かせている。

 なかなかに忙しい子だなあ。
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