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迷惑な探偵

消えてもなお

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 それから数日が経ち、学校では妙な噂が流れはじめた。その内こうなるだろうなとは思っていたけどね。予想よりもすこし早いな。

 そしてポンコツ探偵は今日も元気よく、ぼくらの前に現れた。

「みほみほ先輩。まあ一応、先輩も。もう噂はお聞きになられまして?」

 もののついでに呼ばれたのは気になるけれど、大人なぼくは大人しく答える。

「なんの噂だい」

「あら。先輩はまだ、お聞きになっていらっしゃらないんですのね。ホホホホ」

 大矢さんは事ある毎にマウントを取ってくるようになった。どうやらぼくは、ライバル認定されてしまったようだね。

 この間の推理勝負が、こんな結果になってしまうとは思わなかったな。しかたなく助けを求め、鬼柳ちゃんに視線を送った。

「なんの噂なの?」
 と問う鬼柳ちゃんには、マウントを取らずに説明し始めるようだった。ぼくはそれをとなりでこっそりと盗み聞く形となる。

 まったく、困ったものだね。

「暴走族が消えましたの」

「いい事じゃないか」

「でも暴走はしてますのよ」

「そりゃあ、暴走族だからね」

 暴走しない暴走族は、いないんじゃないだろうか。交通ルールをきっちりと守る暴走族。それじゃあ、ただのバイク乗りになってしまう。

「暴走族たる為には、立派に暴走しないといけないんだろうね。ご苦労なこった。立派かどうかは、言わずもがなだけどね」

「茶化さないの。守屋くん」

 話が進まなくなるので、鬼柳ちゃんに諌《いさ》められてしまった。その様子を大矢さんは嬉しそうに見ている。まったく、いい性格してるじゃないか。

 ぼくの視線に気付いたのだろう。大矢さんはすこし気まずそうに、オホンと咳払いをした。

「要するにですわ。暴走する音は聞こえて来ますのに、その姿を見かけなくなったという事らしいんですの」

「音だけ、なのね」
 と呟く鬼柳ちゃんに、
「まあ、その音がいちばん迷惑なんだけどね」
 と補足しておく。

「たしか近隣住民から、注意するように連絡があったんだっけ?」

 先日の土師先生の言葉を思い出しながら、ぼくは言う。もちろん、ただの確認作業じゃないよ。ぼくは知った上で、印象付けのために、わざと話しているのだから。

 こういう根回しが後々に効いてくるものなんだよね。無意識は、あんがい侮れないものなんだよ。意識してないだけに、すり込まれやすいんだ。

 それは、付け入りやすいと言うのかもしれないけれどね。

「うん。先生はそう言ってたね」
 と答える鬼柳ちゃんとは対象的に、
「それでも消えたんですのー!」
 と、大矢さんはまるで駄々をこねる子供のようだった。

 大矢さんは感情表現がとてもストレートだ。素直とも言えるし、幼いとも言える。人によって好みの分かれる所だろうね。

 それでも探偵にとっては、マイナスに働くのだろうな。女の子としては……。それも人によりけりだろうか。

「消えると言ってもなあ。いいかい、大矢さん。人はそう簡単には消えない物なんだよ?」

 大人しくしていたぼくは、ここぞとばかりにマウントを取り返す。

「そうわよ」

 はて、そうわよ、とはいったい何だろうか。と訊く前に、大矢さんは矢継ぎ早にまくし立てた。

「先輩、わたくしをバカにしないで下さる? それくらい、わたくしにも分かってましてよ」

 そして大矢さんは、冴えわたる推理を披露した。事件の核心に触れる探偵のように、神妙な顔付きで言う。

「わたくし思いますの。じつは幽霊なのではないか、と」

 まさかのゴーストライダー説だった。それなら、姿を見せずに音だけ鳴っても一応納得出来ると言うものだ。だけど果たしてそうなのだろうか?

「なるほどね、暴走族の幽霊なのか」

 ぼくの口もとは思いの外緩んでいたようで、鬼柳ちゃんに肘でツンと小突かれた。おっと。いけない、いけない。

「そうですの。ですから幽霊退治に参りましょう」

 おや、幽霊退治ときたか。
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