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迷惑な探偵

毒にはならない

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 混ぜるな危険。

 洗剤によく書かれているのを見かけるこの文字列。中々にひとの好奇心を刺激していく。

 見かける度に混ぜたくなってしまい、密かな葛藤を繰り広げているのはぼくだけなのだろうか。ダメだと言われている事ほど、なぜだかやりたくなってしまう性分なんだよね。

 でも毒ガスが発生して危ないから、決して混ぜたりしてはいけないよ、当然だね。混ぜるなといわれるものは、それなりの理由があって言われているのだからね。その他にも混ぜちゃいけないものがある。

 ウナギと、梅干し。
 天ぷらと、スイカ。

 混ぜてはいけないと言うよりも、食べ合わせが悪いものだろうか。

 ぼくはきっと注意されなくても、これらは混ぜない気がするんだけどな。せっかく高級魚のウナギを食べているのに、梅干しを食べてしまったら、ウナギの味が消えてしまうじゃないか。

 天ぷらを食べてる最中に、スイカを食べたくならないと思うけどな。誰に言われたわけでもないのに、試したこともないのに、何故だかそう思ってしまう。

 本能なんだろうか、不思議だね。

 ぼくがどうしてこんなことを考えているのかと言うと、新学年になったこともあり、クラス替えがあったからなんだよね。

 入学式が終わり、新一年生をむかえての新学期がはじまる。桜もヒラヒラと宙を舞い、どこか華やかな雰囲気に包まれているみたいで、みんなどこか浮かれていた。

 ぼくも中学三年生になり、この学校の事実上のトップへとようやく登りつめたわけだ。感慨深い物があるね。まあ、否応なく自動的になってしまうのだけれども。

 それでも気分は大将だ。ぼくは意気揚々と廊下を闊歩《かっぽ》し、教室に貼り出されているクラス替えの名簿を確認していった。

 自分の名前をみつけたので、颯爽と教室内へ入っていく。クラス替えもこれで三度目になるからね。勝手は分かっている。実に手慣れたもので淀みない動きだった。

 名前の順に並ぶのだろうからと、自分の座席を探していく。も、も、守屋の、も。

 おや?

 ぼくの席には、他の男子生徒が座っていた。友達と話すために座っているのかとも思って様子をみたけれど、どうやらその様子もない。

 それに机には彼のカバンが掛かっているじゃないか。ははん、きっと浮かれ気分でよく確認していないんだな。自分の席を勘違いしているに違いない。

 まったく、困ったものだね。

 気分は大将のぼくは、とくに怒りもせずにゆったりと彼に近付き、優しく声をかけた。

「あのー。そこの席はたぶん、ぼくのだと思うんだけどな」

 その男子生徒は顔を上げ、
「俺の席だけど」
 と、なんだい、妙にふてぶてしいじゃないか。

「いやいや」
 と食い下がろうとしたら、その男子生徒は顎でクイッと黒板の方をしゃくった。

 何だこいつ、と思いながら示された先を見てみると、黒板にはおかしなことが書かれていた。

『男子は出席番号の後の者から、名前の順に。女子は出席番号の前の者から、名前の順に座ってください』

 ぼくは、その男子生徒に言った。

「なんで?」

「知らねえよ」
 と言われ、ぼくらは苦笑いしあった。

 気を取り直して、新たに自分の席を探しはじめた。いままでとは逆の順番になるわけだな。廊下側ではなく、窓側の席。前からひとつ、ふたつ、みっつ。

 おや。あの、ちっこいのは……。

 近付くぼくに気が付いたのだろう。ちっこいのこと、鬼柳美保がこちらをじっと見ていた。それは、それは怪訝な面持ちで。

「やあ、鬼柳ちゃん。同じクラスなんだね」

 爽やかなあいさつを交わすぼくに対して、半眼の眼差しを向けてくる。

「どうしたんだい。そんなに楽しそうな顔をしちゃってさ」

 にへらと笑うぼくに、わざと聞こえるように、鬼柳ちゃんは「うう」と唸った。

「わたしの平穏な学生生活が……」

 まあ、嬉しそうにしちゃってさ。これからの一年間が、より楽しみになってきたよね。探偵と黒幕が同じクラスだとは、神様でも思うまい。

 何たる偶然か、ちょうど席も隣同士じゃないか。これはもう何らかの陰謀。謎の匂いがしてくると言えるよね。

 嬉々として席につくぼくに鬼柳ちゃんは肩を落とし、投げやりに問いかけてきた。

「守屋くん、混ぜるな危険って知ってる?」

 何をおっしゃるウサギさん。

「混ぜても毒には、なるまいよ」

 ぼくの本能がそう言っているんだ。探偵と黒幕は混ぜても大丈夫だ、とね。
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