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黒幕の芽生え
唯一の目撃者
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「目撃者がいたの?」
クリッとした大きな瞳には希望の色が宿る。ぼくは頷き、唯一の目撃者を指差す。
「わたし?」
鬼柳ちゃんも自身を指差して、小首をかしげる。ぼくは指した指をゆっくりと近付けていく。鬼柳ちゃんの太ももの上に置かれているカバンに、目撃者は佇んでいた。
「こいつだよ」
にこやかに笑顔を振りまくウサギのぬいぐるみ。こいつだけは全てを見ていた。
「守屋くん……。さすがにこれは」
「うん、日本語が通じるのかどうか。すこし怪しいなとぼくも思っているところだ」
届く視線がにわかに鋭くなる。怒りはじめる前にひと言つけ加えておくとしよう。
「でもさ、これは誰の物だと思う?」
指でウサギのぬいぐるみをむにむにと触りながら、鬼柳ちゃんは言う。
「犯人の物なのね」
「自分からやって来たのでなければ、或いはそうかもしれないね」
ちょいとキザが過ぎただろうか。ふいっと顔を背けられてしまった。鬼柳ちゃんはぬいぐるみのキーホルダーを取り外して、顔の前でぷらぷらと揺らしてみせる。
こちらの気の持ち様だとは思うけど。にこやかに笑うウサギのはずなのに、何だか小バカにされてる気持ちになってくる。
なんの変哲もない、ウサギのぬいぐるみが付いたキーホルダー。犯人はいったいどういう理由でこれを残していったのか。
「まさか、怪盗ウサギだと言う気かな」
呆れた声が返ってくる。
「本気で言ってるの?」
「冗談だよ。本当は、ジローの家出をすこし疑ってる」
くすっと笑い、
「本当、捻くれてるね」
と言う横顔は、どこか優しげだった。
鬼柳ちゃんはぷらぷらと揺れるウサギを見ながら、囁くように呟いた。
「でもね、わたしもそんなに悪い犯人じゃないと思うの」
「ふぅん、根拠は?」
「んー、このウサちゃんかな」
ぐいっと突き出されるウサギ。なんだろう。まさか、ウサギ好きに悪い奴はいないとでも言う気だろうか。あまりに暴論だ。
でもまあ、実際の話。悪人でウサギ好きは中々いなさそうでもあった。それなら、あながち冗談ではないのかもしれない。
「たぶんね。盗む、じゃなくて。交換、のつもりだったんじゃないかな」
「交換?」
「うん。そうじゃないと、ウサギを置いていく理由がないもの」
確かに。ウサギのキーホルダーをつける分、余計な時間がどうしてもかかってしまう。余計な時間は犯行の露見に関わる。それは犯人とって命がけの行為ともいえる。
それなのに犯人はわざわざウサギを置いていった。きっと悪気があったのだろう。悪いと思うから、ウサギを置いていった。
ずいぶんと勝手な話ではあるけれども、それは交換とも呼べるのかもしれない。
「それにね。見て、このぬいぐるみ。毛羽立ってるの」
言われて指先で触れてみると、すこしゴワゴワとしているように思う。
「うん、本当だ。でも、それがどうしたと言うんだい」
「汚れて、洗濯したからこそ毛羽立った。それは大事にされてきた証なんだと思う。大事なものをね、置いていったのよ」
ふぅむ、鬼柳ちゃんはやはり優しい。
同じ物を見ているというのに、これは見解の違いなんだろう。鬼柳ちゃんはいわば身代わり、お金を忘れたときに身分証を置いていく事と同じだと考えている。
ぼくなら毛羽立ってしまったからこそ、まだ綺麗だったカメと交換していったんじゃないのかなと考えてしまう。
まいったね、認めたくはないけれども。やっぱりぼくは、少々捻くれているのかもしれなかった。ほんのちょっぴりだけど。
それにしても不思議だった。
鬼柳ちゃんにはわるいけれど、世間一般的にはカメよりもウサギの方が可愛いとされているはずだ。ウサギが欲しかったのならともかく、なぜにカメを欲しがる。
「犯行理由はなんだろうね」
「んー」
カメが必要だったのか。はたまたウサギが不必要になったのか。それとも、ほかになにか理由があったのだろうか。このウサギとジローだけがその答えを知っている。
鬼柳ちゃんもジローのことが心配なのだろう。ウサギを握りつぶす拳に力が入り、気付けばその瞳を閉じていた。推理しているらしい。すぐに瞳は開かれたけれども、ゆっくりと小首をかしげていく。
おや、珍しい反応だ。
そして、
「……まさかね」
と呟いた。
クリッとした大きな瞳には希望の色が宿る。ぼくは頷き、唯一の目撃者を指差す。
「わたし?」
鬼柳ちゃんも自身を指差して、小首をかしげる。ぼくは指した指をゆっくりと近付けていく。鬼柳ちゃんの太ももの上に置かれているカバンに、目撃者は佇んでいた。
「こいつだよ」
にこやかに笑顔を振りまくウサギのぬいぐるみ。こいつだけは全てを見ていた。
「守屋くん……。さすがにこれは」
「うん、日本語が通じるのかどうか。すこし怪しいなとぼくも思っているところだ」
届く視線がにわかに鋭くなる。怒りはじめる前にひと言つけ加えておくとしよう。
「でもさ、これは誰の物だと思う?」
指でウサギのぬいぐるみをむにむにと触りながら、鬼柳ちゃんは言う。
「犯人の物なのね」
「自分からやって来たのでなければ、或いはそうかもしれないね」
ちょいとキザが過ぎただろうか。ふいっと顔を背けられてしまった。鬼柳ちゃんはぬいぐるみのキーホルダーを取り外して、顔の前でぷらぷらと揺らしてみせる。
こちらの気の持ち様だとは思うけど。にこやかに笑うウサギのはずなのに、何だか小バカにされてる気持ちになってくる。
なんの変哲もない、ウサギのぬいぐるみが付いたキーホルダー。犯人はいったいどういう理由でこれを残していったのか。
「まさか、怪盗ウサギだと言う気かな」
呆れた声が返ってくる。
「本気で言ってるの?」
「冗談だよ。本当は、ジローの家出をすこし疑ってる」
くすっと笑い、
「本当、捻くれてるね」
と言う横顔は、どこか優しげだった。
鬼柳ちゃんはぷらぷらと揺れるウサギを見ながら、囁くように呟いた。
「でもね、わたしもそんなに悪い犯人じゃないと思うの」
「ふぅん、根拠は?」
「んー、このウサちゃんかな」
ぐいっと突き出されるウサギ。なんだろう。まさか、ウサギ好きに悪い奴はいないとでも言う気だろうか。あまりに暴論だ。
でもまあ、実際の話。悪人でウサギ好きは中々いなさそうでもあった。それなら、あながち冗談ではないのかもしれない。
「たぶんね。盗む、じゃなくて。交換、のつもりだったんじゃないかな」
「交換?」
「うん。そうじゃないと、ウサギを置いていく理由がないもの」
確かに。ウサギのキーホルダーをつける分、余計な時間がどうしてもかかってしまう。余計な時間は犯行の露見に関わる。それは犯人とって命がけの行為ともいえる。
それなのに犯人はわざわざウサギを置いていった。きっと悪気があったのだろう。悪いと思うから、ウサギを置いていった。
ずいぶんと勝手な話ではあるけれども、それは交換とも呼べるのかもしれない。
「それにね。見て、このぬいぐるみ。毛羽立ってるの」
言われて指先で触れてみると、すこしゴワゴワとしているように思う。
「うん、本当だ。でも、それがどうしたと言うんだい」
「汚れて、洗濯したからこそ毛羽立った。それは大事にされてきた証なんだと思う。大事なものをね、置いていったのよ」
ふぅむ、鬼柳ちゃんはやはり優しい。
同じ物を見ているというのに、これは見解の違いなんだろう。鬼柳ちゃんはいわば身代わり、お金を忘れたときに身分証を置いていく事と同じだと考えている。
ぼくなら毛羽立ってしまったからこそ、まだ綺麗だったカメと交換していったんじゃないのかなと考えてしまう。
まいったね、認めたくはないけれども。やっぱりぼくは、少々捻くれているのかもしれなかった。ほんのちょっぴりだけど。
それにしても不思議だった。
鬼柳ちゃんにはわるいけれど、世間一般的にはカメよりもウサギの方が可愛いとされているはずだ。ウサギが欲しかったのならともかく、なぜにカメを欲しがる。
「犯行理由はなんだろうね」
「んー」
カメが必要だったのか。はたまたウサギが不必要になったのか。それとも、ほかになにか理由があったのだろうか。このウサギとジローだけがその答えを知っている。
鬼柳ちゃんもジローのことが心配なのだろう。ウサギを握りつぶす拳に力が入り、気付けばその瞳を閉じていた。推理しているらしい。すぐに瞳は開かれたけれども、ゆっくりと小首をかしげていく。
おや、珍しい反応だ。
そして、
「……まさかね」
と呟いた。
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