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探偵と黒幕
後悔
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「卒業生が退場します。皆様、大きな温かい拍手でお送り下さい。A組、退場」
パチパチパチ。
手のひらが熱い。手を叩きすぎて、もう痛くなってきた。普段しなれない拍手は、やはり長時間するものじゃないなと思う。
あんまりがんばると本番は筋肉痛になってしまいそうだったので、そっと手を抜いておく。どうやら卒業式の最終リハーサルは無事に終わりを迎えれそうだった。
いや、無事かどうかはすこし疑問がのこる。滞りなくは行われなかったと言っていい。多少のトラブルを途中に挟んでいた。
マイクの音が入らなかったり、卒業証書授与の時も何かがあったんだろうと思う。校長が先生を呼び付けてなにやらを話し、渡しているフリをすることで進行された。校長もすこし怒ってるように思えた。
こんな調子で明日の本番を迎えても大丈夫なのだろうかと心配になってくる。
卒業生の退場もなんとか終わり、残された在校生たちは解散となった。バラバラに散っていく中、体育館を出て渡り廊下を歩いていく。一年生の教室、廊下の片隅で見知った顔があったので声をかける。
「やあ、一也くん」
「ああ、守屋さん。こんにちは」
片手を上げて爽やかな笑顔を返してくれるイケメンこと、鬼柳一也くん。鬼柳ちゃんの弟がそこにいた。
会うのは久しぶりだ。気の多い女性、松永結愛の事件ぶりだろうか。鬼柳ちゃんからは一也くんの話をチラホラ聞いている。
「彼女とはいまも仲良くやってるの?」
「はい、そりゃあもう。でも、もう卒業ですからね」
と肩を落とす。
寂しそうに笑う一也くんは、全てを知った上で松永先輩を受け入れたようだった。心の広い好青年だよ、まったく。
それでも先輩だけが先に卒業してしまうのは、やはり気掛かりなのだろう。何せ、あの先輩は気が多い。高校生活でも波乱を巻き起こしそうな予感がビシバシとする。気苦労は絶えることがなさそうだ。
「皆さん、がんばってるんだから。俺もがんばらないとですよね」
自らを鼓舞するように拳を握る。
「うん? そうだね。がんばろうね」
松永先輩との事かな。噂をすれば何とやら、件の先輩が向かってくるのが見えた。あちらもぼくの姿を見つけて嫌悪感をあらわにする。もはや隠そうともしていない。
いやあ、ずいぶんと嫌われたものだ。
まあ、それだけの事はしたからね。仕方ないやと肩をすくめる。後悔はしてない。一也くんと苦笑いを交わし合い、ここから早々に立ち去ることにした。
ぷすりと刺されちゃ敵わない。背中に冷ややかな視線を感じつつも、ぼくは振り返らないようにと教室へ戻った。
授業が終わってすぐ、首にマフラーをサッとだけ巻いて教室を飛び出す。いちばんはやく教室を出たはずのぼくよりも先に、駆けていくちいさな人影が見える。
おや、あれは鬼柳ちゃんか。
身軽に駆けていく彼女は、どうやら防寒着を着込んではいないようだった。まだ帰らないのだろうか。するすると三階へと上がっていく。いったいなんの用だろう。
おっと、いけない。琴音ちゃんを待たせてしまう。ぼくも最初だけは駆けるようにして小学校に向かった。
思ったよりも早く校門に着いて周りを確認してみるけれど、琴音ちゃんの姿は見当たらない。今日も卒業式の練習なのかな。
「はあ」
と息を吐き、耳を澄ませる。
ザッザッザッと土を蹴る音を聞き、パッと振り返って足元を狙う蹴り足をかわす。
「わっ」
と、バランスを崩した男子小学生の腕をガッシと掴んだ。
「やあ、佐々木くん」
余裕ぶって見せているが、内心うまくいったことに自分自身でもおどろいていた。
「なんだよ。はなせよー」
もがき、暴れる佐々木くん。ぼくはすぐに手を離した。やり過ぎはまずいからね。先生を呼ばれたりしたら面倒だ。しりもちをついた佐々木くんの隣にしゃがみ込む。
「佐々木くんに耳寄りな情報だ。琴音ちゃんは卒業後、引っ越しちゃうそうだよ」
「えっ」
素直な良いリアクションをする。
「気持ちを伝えるなら、今しかないよ」
「ええっ!?」
驚く彼をよそに、琴音ちゃんは校舎を出てこちらに向かって来ていた。佐々木くんはその姿を捉え、驚愕の表情のままで。
逃走した。
「後悔しないようにね」
と、後ろを気にしつつ走る佐々木くんに軽く手を振っておく。
琴音ちゃんは首をかしげていた。
「どうしたんですか、守屋さん」
「ううん、何でもないよ」
暇を持て余した黒幕のちょっとしたイタズラさ。冷たい風が吹いている。まだまだ寒い日が続きそうだ。それぞれの思惑を胸に秘めたまま、刻一刻と時は進んでいく。
さあ、いよいよ明日は卒業式だ。
パチパチパチ。
手のひらが熱い。手を叩きすぎて、もう痛くなってきた。普段しなれない拍手は、やはり長時間するものじゃないなと思う。
あんまりがんばると本番は筋肉痛になってしまいそうだったので、そっと手を抜いておく。どうやら卒業式の最終リハーサルは無事に終わりを迎えれそうだった。
いや、無事かどうかはすこし疑問がのこる。滞りなくは行われなかったと言っていい。多少のトラブルを途中に挟んでいた。
マイクの音が入らなかったり、卒業証書授与の時も何かがあったんだろうと思う。校長が先生を呼び付けてなにやらを話し、渡しているフリをすることで進行された。校長もすこし怒ってるように思えた。
こんな調子で明日の本番を迎えても大丈夫なのだろうかと心配になってくる。
卒業生の退場もなんとか終わり、残された在校生たちは解散となった。バラバラに散っていく中、体育館を出て渡り廊下を歩いていく。一年生の教室、廊下の片隅で見知った顔があったので声をかける。
「やあ、一也くん」
「ああ、守屋さん。こんにちは」
片手を上げて爽やかな笑顔を返してくれるイケメンこと、鬼柳一也くん。鬼柳ちゃんの弟がそこにいた。
会うのは久しぶりだ。気の多い女性、松永結愛の事件ぶりだろうか。鬼柳ちゃんからは一也くんの話をチラホラ聞いている。
「彼女とはいまも仲良くやってるの?」
「はい、そりゃあもう。でも、もう卒業ですからね」
と肩を落とす。
寂しそうに笑う一也くんは、全てを知った上で松永先輩を受け入れたようだった。心の広い好青年だよ、まったく。
それでも先輩だけが先に卒業してしまうのは、やはり気掛かりなのだろう。何せ、あの先輩は気が多い。高校生活でも波乱を巻き起こしそうな予感がビシバシとする。気苦労は絶えることがなさそうだ。
「皆さん、がんばってるんだから。俺もがんばらないとですよね」
自らを鼓舞するように拳を握る。
「うん? そうだね。がんばろうね」
松永先輩との事かな。噂をすれば何とやら、件の先輩が向かってくるのが見えた。あちらもぼくの姿を見つけて嫌悪感をあらわにする。もはや隠そうともしていない。
いやあ、ずいぶんと嫌われたものだ。
まあ、それだけの事はしたからね。仕方ないやと肩をすくめる。後悔はしてない。一也くんと苦笑いを交わし合い、ここから早々に立ち去ることにした。
ぷすりと刺されちゃ敵わない。背中に冷ややかな視線を感じつつも、ぼくは振り返らないようにと教室へ戻った。
授業が終わってすぐ、首にマフラーをサッとだけ巻いて教室を飛び出す。いちばんはやく教室を出たはずのぼくよりも先に、駆けていくちいさな人影が見える。
おや、あれは鬼柳ちゃんか。
身軽に駆けていく彼女は、どうやら防寒着を着込んではいないようだった。まだ帰らないのだろうか。するすると三階へと上がっていく。いったいなんの用だろう。
おっと、いけない。琴音ちゃんを待たせてしまう。ぼくも最初だけは駆けるようにして小学校に向かった。
思ったよりも早く校門に着いて周りを確認してみるけれど、琴音ちゃんの姿は見当たらない。今日も卒業式の練習なのかな。
「はあ」
と息を吐き、耳を澄ませる。
ザッザッザッと土を蹴る音を聞き、パッと振り返って足元を狙う蹴り足をかわす。
「わっ」
と、バランスを崩した男子小学生の腕をガッシと掴んだ。
「やあ、佐々木くん」
余裕ぶって見せているが、内心うまくいったことに自分自身でもおどろいていた。
「なんだよ。はなせよー」
もがき、暴れる佐々木くん。ぼくはすぐに手を離した。やり過ぎはまずいからね。先生を呼ばれたりしたら面倒だ。しりもちをついた佐々木くんの隣にしゃがみ込む。
「佐々木くんに耳寄りな情報だ。琴音ちゃんは卒業後、引っ越しちゃうそうだよ」
「えっ」
素直な良いリアクションをする。
「気持ちを伝えるなら、今しかないよ」
「ええっ!?」
驚く彼をよそに、琴音ちゃんは校舎を出てこちらに向かって来ていた。佐々木くんはその姿を捉え、驚愕の表情のままで。
逃走した。
「後悔しないようにね」
と、後ろを気にしつつ走る佐々木くんに軽く手を振っておく。
琴音ちゃんは首をかしげていた。
「どうしたんですか、守屋さん」
「ううん、何でもないよ」
暇を持て余した黒幕のちょっとしたイタズラさ。冷たい風が吹いている。まだまだ寒い日が続きそうだ。それぞれの思惑を胸に秘めたまま、刻一刻と時は進んでいく。
さあ、いよいよ明日は卒業式だ。
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